まいこさま | ナノ
「そりゃ、私は割とオールラウンダーな腐女子だからさ、ショタっこからダンディおじ様受けまでいけちゃうし、二次元も三次元もどんと来い!な腐女子だけど、リアルなものなんてほとんどないことも分かってるから妄想で補填してるんだよ。日々そうだよ。妄想だよ。ドタチンやゆまっちにだって分かって欲しくて言ってるわけじゃないのよ。ただ聞いて欲しいだけでなにも腐男子になれとか思って言ってるわけじゃないのよ。でもさ、それはさっきも言ったけどリアルがないからであって、リアルがあったらそれは妄想を遥かに凌駕するわけよ。妄想不要なの。だからなにが言いたいかっていうと…
現実から目を背けるのはよくないとは思わない?」
現実逃避は諦めて!
狩沢の語る言葉は内容はともかくも確かに一理ある、と門田は思っていた。どんなことであろうとも現実として存在している以上、現実から目を背けるのはよくないことだし、その行為は行っても無駄なものである。だが、
「背けたことで、救われる心がここにある」
「門田さん…なんか朝やってる戦隊モノの決め台詞っぽくてイケてるっす!」
門田の狩沢に向けた解答に、隣に座る遊馬崎が大仰な仕種で同意の意を示すと、すかさず卓の向こう側に座る狩沢の反論が始まった。
「救われるってなによ救われるって。最近の子供はマセてんだからそんな台詞じゃ騙せないわよ。だいたいさ、救われるのも一時のことじゃない?今ああしてるってことは、もう本人達隠す気ないんだから。今後もずっと付き合い絶つわけ?優しいドタチンがそんな理由で離れていったら二人はどう思うのかしら?ドタチンはそんなキャラじゃないでしょ?『はははは俺はお前達が愛し合ってるならべつに構わないさ』って懐の広さは銀河級で言うのがドタチンよ?そう言わないとニセチンよ?」
「ニセチンってなんだ。もはや俺の名前が残ってないじゃないか」
「だってドタニセって変じゃない。呼びにくいし」
「そもそもドタチンという呼び方をやめろと俺は何度お前に言った?」
論旨がズレ始めている。そう感じた遊馬崎だが、それはそれでいい傾向だとあえて口を出さずにズズッ…と茶を啜る。なんにせよ、今この狭い店内において繰り広げられている『アリエナイ光景』から狩沢の意識が反らせるのであれば、どんな話でも構わない。たとえ慕っている門田がニセチンやエセチンやドタニセなどと呼ばれても、それもまた尊い犠牲だと遊馬崎は思い、自身が要らぬことを口走らぬよう黙々と目の前の鮨を消化することに決めた。
ここは露西亜寿司店内である。元より外装、内装、更には従業員。そのおおよそ全てが普通の寿司屋と比べるとアリエナイがそれらのことは常連である自分達からすればそれこそが普通なのだ。外装も内装も従業員も見慣れた光景で、普段となんら変わりない。異彩を放つのは今日来店している客である。それこそが遊馬崎と門田が目を背けて己の心を守ろうとしている変えられない『現実』であった。
あぁ…また聞こえて来た…。
「さっきから手前大トロしか食ってねぇじゃねぇか。財布に優しくねぇんだよ。タコとかイカとかもっと庶民的なもん食え」
どこかの喧嘩人形そっくりの声。
「俺が出すんだからいいじゃんべつに。シズちゃんに心配される程俺の財布は可哀想じゃないよ」
どこかの情報屋そっくりの声。
(幻聴っす!幻聴なんっす!!)
遊馬崎は頭の中で必至に否定を繰り返す。先程から何度重ねたかわからぬ否定の言葉は何度重ねても言葉以上の意味を持ってはくれなくて。この幻聴を自分はもう何度耳にしたのだろう…。あれかな、呪文とか唱えちゃおうかな。そうしたらミニスカートの妖精が『勇者ウォーカーよ…。これは試練なのです…』とか言ってくれちゃったりしないかな…。
もはや思考が完全なる夢の世界へと飛ぼうとしている遊馬崎を引き留めたのは、ここの看板従業員の威勢のよい声と店内に響いた扉の開く音だった。
「ハ〜イ!三名サマご案内よ!」
個室から顔を出し入り口の方を見れば、見知った顔が並んでいた。
「カニが食べたいです」
「杏里は本当にカニに目がないなぁ」
「僕も食べようかな。カニおいしいもんね」
制服に身を包んでいるところを見ると学校帰りに寄ったらしい。竜ヶ峰帝人、園原杏里、紀田正臣の三人は看板従業員サイモンに促され、遊馬崎達のいる座卓の方へと進んで来た。先頭を歩く正臣と目が合う。
「久しぶりだね。元気してた?」
狩沢に声をかけられ、正臣は「まぁ、ボチボチっす」と最近の若者らしい曖昧言葉で返事を返すと、軽く会釈をしてサイモンの後をついて歩く。続く帝人と杏里も「こんにちは」と挨拶をして座席へと足を進めるが、その先にあるのは…
現実だ
「サイモン!悪ぃ俺達今日そんな金なかった!帝人!杏里!マックにしようマック!さぁ、携帯クーポンを開け!」
「オォ、キダ。それはナイね!一度店ニ入ッタラ、チュウモンするのはオキャク様ノギムね」
「ってどんな強引商売だよ!」
「最低ラインは5000円ジョウシキよ」
「そこまでいくと悪徳商法!」
応酬は続く。正臣の声にはわかりやすい程の必至さがこもっているが、サイモンの強引さに勝てるとは思えない。あまり騒ぎ過ぎるのは得策ではないと思うのだ。あの人に、絡まれてしまう。
(紀田くん、早く黙って大人しく席につくっす!)
遊馬崎は心の中で正臣に懇願したが、その遊馬崎の願いは届くことはなく、ついに怖れていた事態は起こった。
「正臣くん、店内で騒いじゃだめだよ。寿司がゆっくりと堪能出来ないじゃないか」
もう誤魔化しようがない。
遊馬崎達のいる個室の襖からも見える位置まで歩いてきてしまったのだ。
折原臨也が
最初は自分と門田だけでなく狩沢だって目の錯覚だと思っていたのだ。外を歩いていたらサイモンに『今日はサーモンがシンセンよ!サイモンはいつでもシンセンね!』というよくわからないPR看板を掲げたサイモンに出くわした。門田が珍しくも断りきることが出来ずに(ちょうど腹も減っていたし)露西亜鮨の店内へと足を踏み入れた。いつも自分達は個室を使うので、サイモンもあえてカウンターかどうか聞きはせずに奥の個室へと案内する。しかし、自分達は店内に入った瞬間気付くべきだったのだ。池袋は若者の街。たしかにそうだ。違いない。色々な人間がいて然りだ。だが、カウンターの一番奥に黒髪の青年と金髪の青年が一緒にいるという事実を認識したのであれば、そこで足を止めるべきだったのだ。疑ってかかるべきだったのだ。あの二人である可能性を。
(いやいやいや、でも絶対一緒にいるなんて思わないっすもん!無理っすもん!)
むしろ一緒にいたという事実が三人の中ではイコールであの二人ではない可能性を瞬時に頭の中に導き出したのだろう。三人は他の来店客にあえて視線を寄越すような真似はせずにサイモンの後を付いて歩いた。結果として席に足を近付けるごとに聞こえて来た会話で三人の中には沈黙が訪れたのだが。
「シズちゃん、ワサビわざわざのけるんなら最初からサビ抜き頼みなよ。つかなんで俺の醤油に足すのさ!やめてよ、俺だってワサビそこまで得意なわけじゃないんだから!」
「いい歳した男がサビ抜きなんざ頼めるかよ。恥ずかしいだろうが」
「……ファミレスではデラックスいちごパフェ頼むくせに…」
「なんか言ったか?」
「べつに。あ、じゃああれだ。あ〜んとかしてあげよっか?ワサビ入りでもそれなら食べられるんじゃない?」
「…食ってもいいけど、お前明日一日ベッドと仲良しだかんな」
「食事中はそういうのはやめてよ」
………な…ん、で?これはどういう状況だ?待ってほしい。理解が追いつかない。意味がわからない。なんで、なんであの二人が一緒に飯食って…。仲良く楽しそうに…。というかベッド…?
ここまでは三人の考えは同じだったのだ。ひたすら浮かぶ疑問符。犬猿の仲の二人が一緒に仲良く隣合って鮨を食いながらじゃれている。
わからない。わからない。誰か説明してくれ。
門田と遊馬崎はそう思ったのだが、説明は不要であった。同行した女性の歓喜の叫びによってわかりたくなくとも答えは明白になってしまったのだ。
『シズイザキタコレぇぇぇ!!!』
そして場面は戻る。痛々しい回想により吐血寸前の遊馬崎はもういっそ気絶してしまいたいと言わんばかりの青ざめた表情をしている。が、現実は厳しい。実に厳しい。
「い、い、い……イザヤサンコンニチハ」
「?どうして片言なのかな?」
名指しされた正臣が、引きつった笑顔で臨也に答える姿が引き続き自身の目の前で映像として流れている。やはり気絶はさせてもらえないらしい。
臨也は帝人と杏里にも一瞥を送ると、二言三言質問を投げる。丁寧に答えているのは帝人のみで、杏里はあからさまに驚いた表情で臨也と静雄を交互にその視界に捉えている。正臣はもう会話を交わす気がないのだという意志を明確にするためか俯いた顔を上げようとしない。そのうちに、臨也はなんとこちらに視線を振ってきた。
「ドタチン達も居たんだね。いやまぁ、居たことには気付いてたんだけど、余計な詮索を無遠慮にもしてきそうなのが一名いるからこちらからわざと触れないようにしてたんだけど…」
「それはつまり話掛けたことで詮索オッケーの意味ととっていいのね!いいのよね!!」
「狩沢さんはちょっと黙るっす!」
遊馬崎が立ち上がり、狩沢の背後から彼女の口を塞ぐ。その遊馬崎の意図を汲んだからなのか、はたまた端から触れる気がなかったのか(おそらく後者だ)門田も臨也に特別『その状況』に対する質問を投げるような真似はせずに「まぁ、プライベートだしな」と言を濁してその場を収めようとしたのだが、天はそれを許さなかった。いや、天ではなく具体的に言えば
園原杏里がそれを許さなかった。
「お二人は、仲直りなさったんですか?」
「園原さん!?」
帝人が驚いた声を上げるのと正臣が杏里を振り返るのはほぼ同時。ついで臨也が一瞬だけぽかんとした表情を浮かべた後、細かく肩を振るわせながら笑い始めた。
一頻り笑った後、臨也は杏里に感心したような顔で頭を上下させると、彼女の質問に答えてやった。
「杏里ちゃん…だっけ?君もなかなか面白いね。これだけみんなが必死で回避しようとする話題に対し臆面もなくその火種を投下するなんて。空気の読めない子なのかな?それとも…」
「杏里ちゃん素敵よ!!」
「そこの欲望に塗れた女と同種?」
狩沢が遊馬崎の拘束をなんとか抜け出し、杏里を喝采する。対する杏里はなんのことだかわからないらしく、可愛らしげに小首を傾げている。ただ単に疑問に思っただけなのだろう。
池袋で敵対関係にある筈の二人がこうして仲良さげに肩を並べている姿に。
臨也が杏里の真っ直ぐな瞳に苦笑を漏らしつつ答えようとしたところで、臨也の背後から迫った影が彼の口を塞ぐ。
言わずもがな静雄である。
「おい、もう出るぞ。だから言ったんだ、露西亜鮨なんて誰に見られるか知れねぇって」
そう言った静雄は臨也の口をすぐさま解放すると、自身の財布から一万円札を取り出し会計へと向かう。そんな静雄の元へと臨也は小走りに駆けて行った。
「サイモンに見られた時点でもうアウトだって気づけずに俺の要求を呑んだシズちゃんの負けだよ。あれ?奢ってくれんの?」
「あぁ、偶にはな。代わりに帰りにコンビニでシュークリーム買ってくれよ」
「じゃあ俺コーヒー買おうっと」
臨也は機嫌良くそう言うと皆の見ている前で静雄の腕に自身のそれを絡め、店内を後にした。
店内は静寂に包まれている。誰一人言葉を発しない。このとんでもない情報をどう処理したらいいのか、誰もわからないのだ。
その空気にさすがに自身の失言に気付いたのか、杏里が申し訳なさそうに顔を伏せるが、正臣も帝人もそんな杏里を気遣う余裕すら見出せないらしい。
狩沢だけが「シュークリームで生クリームプレイは可能なのかしら?どうかしら?」などと真剣に顎に手をやり呟いていた。その声は本当に大きくなくて、むしろ小さいものだったのだけど…。
その場で呆然と立ち尽くすことしか出来ない四人の男達の鼓膜には、随分と大きく響いたのであった。
*一番謝りたいのはタイトルセンスの無さですorz
まいこさま、お待たせいたしました。リクエストありがとうございました!