おくらさま | ナノ
俺は自分で言うのもなんだが朝が弱い。仕事が不規則であるから寝ないこと自体は割と平気だったりするのだが、半端な睡眠時間で早朝からの活動というのがとても苦手である。俺の唯一の弱点と言っても過言ではない。いや、唯一ではない…か。もう一つだけ…ある。弱点ではない。べつにそこを突かれても俺は困ったり悩んだりはしないから弱点ではなく苦手という部分に当たるのだが…今、何故だかわからないがその苦手なものにダブルパンチを食らっているわけなのである…。


策略の…?


「もう!イザ兄ったら!いつまで寝てんの!愛する可愛い妹達のモーニングコールなんて贅沢、二次元じゃないと味わえないんだからね!秋葉原いったら刺されちゃうんだからね!あ、もうこの前刺されたんだっけ?」

「…事…否…(あれは理由が違うわ)」

「そうだっけ?イザ兄が刺された事なんて幽平さんの次の舞台チケットの当選に比べたら、もう本当に心底どうでもいい事だから理由なんて忘れちゃうよね。普通に。っていうか興味ないしね」

「…興味ないなら…ほっといてくれよ…頼むから…」

朝から襲来したるは、それこそ本当に心底信じたくないが正真正銘血の繋がった双子の妹達。九瑠璃と舞流。
朝っぱらから高いキーで話続けるマシンガントーク娘は俺の体を跨いで乗っかっている。舞流は同年代の少女と比べても軽い方だとは思うが、兄である俺自身も男の割には軽い方だから結構な負荷だと感じている。…っつうか端的に言うと…重い…。
大人しそうな九瑠璃は九瑠璃で俺の頬を抓ったりつついたりと何かしらちょっかいを出してきていて、この状況で強引に再び眠りにつける程俺は無神経ではないし、何よりこの二人がそんなことを許す筈もない。

「ほら!もういいから起きてよ!」

そう言って俺の上から自身の体をどかすと、舞流は俺の腕を引き、強引にベッドから引きずり出した。
色々聞きたい事も言いたい事もあった。どうやって家に入ったのかとか、実兄が刺された事に興味ないとはお兄ちゃんは少しばかり悲しいとか。しかし、前者の犯人はおそらく波江であるし、後者に関して言えば俺もおそらく同じ程度にしか考えないので、その点はまぁいい。
それに、こいつらがこうして俺本人の元へ来る時の理由も大体は察しがついている。よって会話は簡潔にそして速やかに終わらせる事が可能なのである。俺はそれを早速実行に移す。

「んで?今日はどんなお願いなわけだ?」

そう、こうしてこいつらが俺自身の元へとやってくる時は、大抵にしてなにかしらの『お願い』という名の迷惑行為を引っ提げてやって来るのだ。そういう理由がなければ兄妹とはいえ年も離れているし、実家を出て久しい俺とこいつらは直接会うことは殆どない。

「さっすがイザ兄!話わかるぅ!」

そう言って腕に飛びつく舞流に続けて九瑠璃までもが反対の腕を取る。このベタつきぶり…嫌な予感しかしない…。

「あのねあのね!イザ兄ってね!」

「…彼…互…恋…(静雄さんと付き合い始めたのでしょう?)」

九瑠璃の言葉に体が硬直したのが自分でもわかった。なんで?

「あれ?固まっちゃった?困ったなぁ…」

困ったのは俺の方だ!たしかに、俺は最近になってあの平和島静雄とあの平和島静雄と(大事なことだから二回)恋人と呼ばれる関係になったが、それもつい二週間前の話だぞ!まだ付き合ってからこっち一度も二人きりになってない程の出来たてだというのに、なんでこいつら知ってるんだ!?そもそも俺はこの情報には人一倍気を配っていた。情報の漏洩はもちろん。万が一にも流れてしまった時のための嘘の情報を何通りもこれから考えていかなければと、そう思っていたというのに…。

「ね!ね!クル姉!私達さ!イザ兄より優秀な情報屋になれちゃうかもね!」

「兄…嫌…否…的…(兄さんの機嫌を損ねたら、目的が達成できなくなるからそんなこと言ってはだめ)」

いや、もう十分俺は機嫌損ねてるんだけど。起きた瞬間から最悪だけど。
舞流は九瑠璃の言葉に「そっか!いけないけない!」と言って俺の袖を再度強く引く。

「イザ兄!あのね!べつに私達バラしたりしないよ!ただね!」

「…願…肯…(お願い、聞いて)」

懇願する二人の表情は兄に頼み事をする女子高生のそれではなく。もはや俺が断りきれない事を確信した表情であった。それを振り切って断ることは出来る。妹達のことを信じてやるのもおもしろい賭かもしれない。だがしかし、残念な事実が一つ。

こいつらは、俺の妹なのだ。





「わはっ!幽平さんだ!本物だ!素敵すぎるよ!」

「…美…(かっこいい…)」

して、妹達の脅迫内容(あえてこう言わせてもらう)はと言うと…。

『シズちゃんの弟である羽島幽平こと平和島幽とデートがしたい』

超一級アイドルを独占したいなんて、なんて贅沢な我が儘だ。そんなの俺どころか兄であるシズちゃんにだってどうにか出来るわけもない。そうこんこんと語って聞かせたところで、『一度でいいから!たった一回それがあれば生きていけるから!』と大げさな身振り手振りと嘘泣きで数日間付きまとわれた俺が根を上げ、シズちゃんに連絡を取ったのが七日前。渋々ながら、シズちゃんが幽くんに予定を聞いて、さりげな〜く話題を振ってくれたのが六日前。そして一昨日、幽くんから返って来たのはなんとも信じ難い返答であった。

『明後日、ドラマの撮影が新宿であるんだけど、そこまで来てくれるなら一時間半の休憩時間しかないけれど街を歩くくらいなら可能だと思う』

という色よい返事だったのである。
ドラマの撮影はいつ休憩が入るかわからないので、早めに来て撮影を兄妹三人で見学していた。この後、シズちゃんも合流する予定である。しかし、シズちゃんはともかくなんで俺まで来なければならないのか。全く迷惑以外のなにものでもない。そう言って抗議の声を上げれば…

『やだ!イザ兄ったらその若さでその記憶力はまずいんじゃないの?忘れちゃいやだよ。私達のお・ね・が・い』

とまたもや脅された可哀想な立場の弱い兄は、こうして妹と共に俳優羽島幽平の素晴らしき演技を拝見しているのであった。
まぁ、新宿なら一番詳しいのは俺ってことになるし、妹達はガイド要員のつもりで連れて来たのだろう。それなりに好みそうな店もピックアップしておいたし、役目を果たし今日を乗り切ればしばらくはこいつらも大人しい筈だ。そう自身に言い聞かせていると、後方から肩を叩かれた。相手が誰かなんて振り返らずともわかる。

「久しぶりだな」

そう言って軽く手を挙げてみせるシズちゃんと会うのは本当に久しぶりだった。お互い仕事が忙しくて、電話したのだって妹のお願いとその返事を貰った時だけ。本当言うともう少し会って話したり、電話でも構わないから声を聞きたいと思うけれど、そんなこと言えるわけもない。だからおまけ多数とはいえ、今日会えることを俺は少しばかり楽しみにしていたのだが、シズちゃんの格好を見て少し肩を落とす。
バーテン服ということは、これが終わると彼は仕事に向かってしまうのだろう。
案の定、九瑠璃に俺の内心と同じ疑問をかけられ、肯定したシズちゃんはちらと俺の方を見る。何か言おうと口を開きかけた所で、舞流の歓声が邪魔をした。

「きゃぁ!クル姉!幽平さん!来た来た来たぁ!!」

「…脈…(どきどきするね)」

慣れているからなのか歓声に動じることはなく、軽く変装をした幽くんはとりあえずと言った感じでシズちゃんに声をかけた。

「兄貴、お待たせ」

「おう、悪ぃな幽。無理言っちまって」

軽くお互いの紹介を済ませた後、まずは食事だと無難に選んでおいたカフェを目指そうとするが、コートが、重い…。

「お前達…。幽くんに会いたくて俺を脅したんじゃないのかよ。早く幽くんの腕にでもなんでもひっつけばいいだろう?」

「イザ兄ったら…わからないのかな?憧れが現実に迫った時のこのどうしようもない感情!戸惑い!乙女心!」

「…恥…(恥ずかしいわ)」

恥ずかしがって俺のコートを引っ張り離れようとしない二人に大きく溜息をつく。それに対して舞流がまたうるさく突っかかり、俺が耳を塞いで…。そのようなことをしていたらふと、幽くんが笑った。

「兄妹仲、いいんですね」

その笑った顔はたしかにシズちゃんによく似ていて、少しだけ世の中の女がキャーキャー言うのもわかる気がしたのは内緒だ。
店に入ると、生憎と席は二対三に別れなければならなくて、さすがにこの時ばかりは二人とももたつきながらも幽くんと三人を希望したので、俺とシズちゃんは必然的に二人で少し離れた場所へと案内された。

「ここはカルボナーラが美味しいらしいよ」

メニューを開きながら、事前に調べた情報を口にする。するとシズちゃんは「マジか。でも明太子も食いてぇんだよな…」と難しい顔をするものだから、俺がカルボナーラを頼むから一口食べたらいいと提案した。俺としてはそこに全然他意はなく、二人いるのだから二つの味が楽しめていいじゃないかという言わば一石二鳥という素晴らしい提案だったわけだが、何故だかシズちゃんはなかなか返事をしない。
疑問に思ってメニューから顔を上げるとシズちゃんの顔は、すごく赤かった。
なんで?

「…今の会話のどこに顔赤くする要因があったわけ?」

「いや、なんか、その…恋、人…っぽい…かもしんねぇ、と…」

そのシズちゃんのセリフに俺の顔もつられて赤くなる。思えば、恋人という間柄になって初めて一緒に食事するわけで…。そう気付くとなんだか恥ずかしさが急に増してきた。メニューで顔を隠すが、多分あっちも俺の変化に気付いている。二人して黙ってしまった俺達のところへ従業員がやって来たので、少しだけ狼狽えを残しながらも注文を終了。料理がやって来てからも、俺達は特に会話を交わすことなく黙々と食事を続ける。しばらくして、ほぼ最後の一口のところでシズちゃんが言った。

「くれるんじゃなかったのか?」

「…だって…」

シズちゃんがあんなこと言うから…。
そう思ってゆっくりとフォークとスプーンを皿の上へと置いた俺に、シズちゃんは自身の皿を差し出すと、俺の皿を無理矢理自身の方向へと引いた。

「って、え?」

「俺の食っていいから。手前の寄越せよ」

強引なシズちゃんは、まるで自分の我が儘を通したいみたいな態度を取っていたけれど、わかりやすく耳が赤かった。こういうところは本当に可愛いなぁと、そうしみじみ思った俺はシズちゃんの我が儘の産物である明太子のパスタを口に含んだ。うん。こっちも美味しい。

「…お取り込み中に申し訳ないのですが…」

『え!?』

突然聞こえて来た幽くんの声に、シズちゃんと二人図ったわけでもないのに声を揃えて驚きの声を上げる。べつにやましいことをしているわけではないのだから、こんなに狼狽えることなんてなかったのだが、やっぱり身内って、こう…恥ずかしいしね。

「ど、どうした?もうそっち食い終わったのか?」

狼狽を隠しきれていないシズちゃんが幽くんに問いかける。見ると九瑠璃と舞流も幽くんの横に控えていた。シズちゃんの問いに幽くんは申し訳なさそう…なのかな?なんか若干眉が下がっているようなそうでもないようなある意味で複雑な表情を浮かべ、撮影が急に入ったからもう行かなくてはいけない事を告げ、俺に会釈をし、九瑠璃と舞流に今日は楽しかったとリップサービス(そうに決まっている。だって俳優だし)をすると、足早に全員分の伝票を持ってレジへと向かって行った。さりげなく奢るところとかは無愛想でもやっぱり業界人な感じがしたが、少しだけ複雑だな…。兄であるシズちゃんやこいつらはともかく、俺は奢られる理由もないわけだし。後でシズちゃんにお金渡しとこう。
時計を見ると、結局幽くんとのデートは五十分程度で終了してしまった。これでは妹達の中にも不満が残っているのではないか、と二人を見ればやはり舞流の方が明らかに肩を落としていた。

「あ〜あ、緊張してあんまりお話出来なかったなぁ…」

「…肯…(そうね)」

九瑠璃もつられたように俯くが、直後に舞流は「ま、いっか!」と元気よく九瑠璃の腕を取る。

「一番の目的は果たせたしね!」

そう言って、俺の方を振り返るとなにがそんなに嬉しいのか、めずらしくも純粋な笑顔でこちらを見てくる。俺が小首を傾げると、九瑠璃と舞流はリズミカルな足音を刻みながら俺の元へと距離を詰めてきた。

「ねぇ、イザ兄。楽しかった?」

「はぁ?」

「…外…彼…可…(静雄さんとデート出来たね)」

「お前達…」

「だって、イザ兄と静雄さんは外でデートなんて出来ないじゃない?だから、私達付きならそんなに怪しまれないかな?って思って」

「…兄…喜…(兄さん、喜ぶかなって)」

妹達はどうやら俺とシズちゃんのために我が儘を言い、そして束の間とはいえ俺達に普通の恋人らしいデートをさせようと今回のことを計画したらしい。たしかに、俺達は男同士で加えて天敵であったわけで、妹弟に仕方なく付き合っているという体でないとこうして外で食事なんてこともこの先経験することはなかっただろう。
少しだけ、少しだけ…妹達が可愛く見えた。
二人は「先に撮影現場に行ってるから、後から来てね!」と言うと幽くんの後を追うように早足で店を出て行く。続いて、俺とシズちゃんも店を後にした。

「手前はいつも妹のこと悪く言ってばかりだが、可愛いとこもあんじゃねぇか」

うん。俺もそう思った。これからはもう少し優しくしてやるかな。
そう答えて、一歩踏み出したところでシズちゃんの携帯が着信を告げる。通話ボタンを押したシズちゃんが微妙な敬語を使う所を見ると田中さんが相手らしい。ということはつまり、この後のシズちゃんは…

「悪ぃ、仕事だ。俺もう行くわ」

予想通りの言葉を口にしたシズちゃんに笑顔で礼を言う。

「今日は付き合わせて悪かったね」

「いや、俺も久々に幽に会えたからな」

そう言って去るシズちゃんの背中を見送る…だけは嫌だった。

「シズちゃん!」

大きな声で呼び止めた。聞きたいことがあった。後日じゃ駄目なんだ。どうしても、今聞きたいこと。

「俺と食事して…楽しかった?」

付き合い出してから初めての二人での食事。しかも外でなんて、この先ないかもしれない経験。俺は、シズちゃんの可愛い一面も見られて嬉しくて、楽しかった。今までの俺では考えられない、妹達に優しくしてやろうなんて思う程に俺の気持ちは高揚したけれど、シズちゃんはどうなのか。食事中会話が途切れた間、彼は何を考えていたのだろうか。幽くんと会えた以外に何か思ってくれたのだろうか。この先も…俺達はやって行けるだろうか。
マイナスから始まった俺達の関係は、不安定でそれに加えて付き合い出した途端に襲った擦れ違いの生活に、俺は多少なりとも不安を感じていたのかもしれない。こんな弱音を吐いてしまいそうになるくらい。答えが欲しいと思うくらいに。
シズちゃんは、ゆっくりと俺の元へと戻ってきて、唐突に俺の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。

「〜っなにすんのさ!」

「わかりきっていることを聞くな馬鹿野郎が」

照れているようで視線を合わせてくれないシズちゃんの気持ちは俺にも十分に伝わってきて…。不安になる必要なんてない、と言って貰ったような気がした。

「今日、仕事終わったら行くから」

「え?あ、うん」

「………風呂、用意しとけよ」

そう言い逃げをしたシズちゃんは、心持ち駆け足で池袋方面へと足を向けて歩いて行った。
その意味がわからない程俺は子供じゃない。一気に心音と体温の上昇を感じつつも、脳内ではどの入浴剤がいいかなんて事を考えていたのだから、結局俺も彼氏の言葉に一喜一憂してしまうただの『人間』になってしまったのだな…。などとしみじみと感じるのであった。




余談だが、その日俺達は一線を越えることは出来なかった。何故かというと…

「でねでね!幽平さんはねアスパラのパスタをね!」

「…旨…美…(おいしいって微笑む姿が格好良くて)」

たった五十分の羽島幽平との逢瀬について延々五時間も聞かされ続けたからである。
…………やっぱり、俺は妹達が苦手なままで優しくなんか出来そうもない。






*遅くなりまして申し訳ありませんでした!
あんまりお出かけ感が出せなくてすみません><
個人的にはクルマイ書くの楽しかったです!
おくらさま!企画ご参加ありがとうございました!


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