枢木さま | ナノ
Truth in the bath
あと、一分程で湯船がいい具合になるはずだ。
そう思い、静雄は己の携帯のタイマー機能を停止させ、無駄に広いこの家の浴室へと足を向けた。もうもうとたちこめる湯気が全身を包む。蛇口を捻って湯を止めて手を、張った湯につけ湯加減を確認。少し温い気がするが、この家の家主は熱いのが苦手だからこのぐらいでも文句は言わないだろう。
すぐに入るつもりなのでそのまま扉を開けておき、再びリビングへと向かう。
リビングの長ソファを全て占拠している家主−臨也の肩を掴み軽く揺すりつつ声をかける。
「おい、臨也起きろ。風呂出来たぞ」
「ぅ〜ん…」
静雄の呼びかけに、臨也は一度強く目を瞑ってからゆっくりとその瞼を開ける。しかし眩しかったのか、再度目を瞑り自分の腕で光りを遮りながらもゆっくりと体を起こした。
体を座った状態にしつつも静雄が手を離すと、再びソファへと沈み込もうとする臨也に静雄は呆れながらその両腕を取ってしっかりとソファに座らせた。
「風呂出来たっつたろうが。寝んなよ。入るぞ」
「…もう、俺寝る…。このまま…寝たい…。明日、シャワー…浴び、るから…」
「ダメだ」
短い言葉で臨也の要求をあっさりと却下した静雄は臨也の腕を力を込めて引き上げた。軽い臨也の体は簡単に持ち上がり、ふらふらの状態で浴室へと導かれる。
廊下を歩きながら自分の足で少しずつ歩き始めた臨也の様子に静雄は意識が戻ったのかと安堵し、脱衣所に入ると臨也の腕を解放し、自分の脱衣を始める。
数秒後その痩身を露わにし、一人だけ浴室内に向かう静雄の耳に短い言葉が届いた。
「ん!」
ここには二人しかいないのだから必然的に発したのは臨也ということになる。後方を振り返ると、臨也が両手をこちらに向かって広げていた。
意味がわからず首を傾げる静雄に、臨也は己の望みを口にする。
「脱がして」
………まだ、寝惚けているらしい。仕方がないと諦め、臨也のシャツに手をかける。てきぱきと臨也の脱衣も完了させると、やっと浴室へと入室できた。
(…冷めちまったんじゃね?)
静雄は浴槽に蓋をせずに臨也の元へと行き、なおかつ元より今日の湯の温度は普段よりもぬるかった。案の定、先に体を流した臨也が叫んだ。
「ぬるいよ!もう!お湯入れてお湯!」
「手前がさっさと起きねぇからだろうが!」
蛇口を捻って湯をさらに足す。浴室内にはドドドという湯が注がれる音が響き、二人もそれに負けない程の大声で言い合いをしつつ、手は動かしながら体を洗う。
静雄が先に洗い終わったのか、湯を止め浴槽内へと入ると、足を伸ばしリラックスした姿勢を取る。静雄の長い足も臨也宅の風呂ならば無理に小さくさせる必要もない。くつろいだ状態の静雄の元へ今度は臨也が入ってこようとする。静雄は臨也の入るスペースを作るために、嫌々足を引っ込めようとするが、その必要はなかった。
「お、おい」
臨也は静雄の足の間をわざわざ選んで入ってきたからだ。
「ここがいいの」
完全に背中を預けた臨也に複雑な気分になりながら、静雄は黙して臨也の後頭部を見つめる。
寝起きの臨也は…本当にタチが悪い…。こうして無邪気に甘えるところも、子供のような振る舞いも、全てが可愛くてしょうがない。だからこそ、いつもの自分らしくもなく甲斐甲斐しげに世話を焼いてしまう。
可愛いと思う。こうして甘えられることは嬉しくもある。だが、それと同時に悔しさも静雄は感じているのだ。
その感情に臨也は気付いてなどいないのだろうけれど…。
「シズちゃん」
名前を呼ばれ「ん〜?」と曖昧な返事を返すと、唐突に臨也が振り返った。その表情は何故か怒っているように見える。
こんなに世話してやっているのに、怒るなんて理不尽極まりない。
「なんだよ」
自然と不機嫌そうな声になってしまった自分を自覚しつつも、己に非はないのだから改める必要もない、と訂正などせずに先を促す静雄。
臨也は一瞬躊躇った表情を見せたが、すぐに視線を鋭くさせ挑戦的なものにその種類を変えた。そのまま静雄を上目遣いで見つめながら口を開く。
「ムラムラしないの?」
「…は?」
予想外の言葉に静雄は間抜けな声を出し、臨也を見下ろす。臨也はなおも続けた。
「こんなに近くに裸の俺がいるのに、手出さないの?…俺は、すごくドキドキしてるのに…なんか…ずるいよね…。いつも、俺ばっかり、シズちゃんが好きで…さ…」
その言葉に静雄は突然大きな笑い声を上げた。
「あ、ははははは!」
静雄の声は浴室独特の効果も手伝ってか、非常に甲高く響いた。臨也は不快を露骨に滲ませたが、その表情も一瞬で変わった。静雄が臨也の顎を取り、唇を塞いだからだ。
啄むように触れては離れを繰り返す口付けに、次第に夢中になった臨也は積極的に舌を絡ませようとするが、静雄がそれに気付いたのか意地悪くも一拍の間を置き、静雄から臨也の口内に己の舌を絡ませる。
先程まで静雄の声が響いていた浴室内には、二人の舌が絡み合う濡れた音が大きく響く。二人の官能を煽るには十分であった。
「んぅ…シ、ズ…ちゃ…」
漏れる僅かな喘ぎを合図に静雄がその唇を解放した。そして、臨也に向かって笑顔を浮かべ、ゆっくりと告げる。
「俺達は本当、似た者同士だよな…」
*大変お待たせして申し訳ありません!
お互い自分の方が相手を好きだとか、静雄も臨也もとんだオトメンでした!
あんまりちゅうしてなくてすみません;枢木さま!企画ご参加ありがとうございました!リテイクはいつでもお気軽にです!