最近、ノーブル城の14代目城主には楽しみが出来た。ある特定の職人が焼いた、焼きたてのパンを食べる事も楽しみだったが……その職人に餌を与える事が今一番のブームだったりする。
だが彼女はパンやら焼き菓子を焼かせたら右に出る者は少ないので、だったら一級品の果物で釣り上げることにした。
「リュオ君……言いづらいんだけどね、」
あいが視線を右に、左に移動させながら言いづらそうにしている。手元には彼女の好きなイチゴがある。
そこには甘いコンデンスミルクがかかっていて、とても美味しそうだった。
ここはリュオの執務室。ソファの上で縮こまるあいを眺めてリュオは余裕で構えている。
「なんだよ?」
一応聞き返しはしたが、リュオはあいが言わんとしている内容を理解している。このイチゴはミルクなんかかけなくても素材の甘さだけで十分に美味しい……という内容ではないだろう。
ここ連日の事を思えば、あいがそろそろ言い出す頃合いだろう内容を考えながら彼はいつもの意地の悪い笑みを浮かべる。
きっとリュオにとって不利な内容だが、予測出来ているならばいくらでも反論出来るから無問題だからだ。
「流石に、ここ最近何か貰いっぱなしだから……胸が痛むって言うかなんて言うか……」
「別に昨日はイチゴなんて食べさせてないだろ」
「でもメロンいただいてるよ!! しかも取り寄せたってジンさんが言ってた!!」
くそ、と内心で舌打ちをする。脳裏に浮かぶのは意地の悪い自分の執事の悪い笑顔。ああ、口止めしてなかったのも悪かったが、あの性悪執事の事。
この状況が楽しくてあいにバラしたに違いない。……まぁ、取り寄せた事実を知ろうが、知るまいがあいは遠慮するだろうが。
リュオの前ではあいがイチゴを口に運びながら恐縮している。だがまだこの段階ではごり押しで誤魔化せそうだ。
「俺が食べたかったから取り寄せたけど、食いきれなかったんだよ」
「じゃあ、私以外にもあげたらいいでしょ? ジンさんとか!」
ジンにイチゴやメロンを食べさせる自分、を細かく想像してしまいリュオがとても嫌な顔をする。
男が男に……それもよりにもよってなんでジンに何かをプレゼントしなければならないのか。
「ジンにとか冗談だろ」
「でも、私ばっかりじゃ悪いよ。メイドさんとかでも良いから……」
「この城にメイドが何人いると思ってるんだよ」
う、とあいが固まる。それはそうだ。
メイドに渡すなら全員に渡さねば、貰った一部の人間を贔屓していると思われてしまう。
「面倒くさい事考えるな。今まで通りお前が処理してれば問題ないだろ」
きっぱりとリュオが言うが、あいは納得できずに唸り始めた。
考えて、考えて。あいの中で何かが閃いたようで突然表情が明るくなる。
「じゃあ、今度から果物を貰ったらお菓子にするよ! このイチゴも!」
お菓子にしたら、リュオに還元してくれるという話らしい。
それはそれで、美味しい話かもしれない。彼女の手作りを独り占めするのはとても幸せな事だろう。
だが、こうやって2人で話す時間が無くなるのはとても惜しまれる。だが、彼女の作る甘味はきっと最高に違いないのだ。
「イチゴで何を作るんだよ?」
「うーん……タルトとか、ムースとか……」
「採用」
即答するリュオにあいが驚くも、この会話は円満に終了した。その後はいつも通りリュオとあいはのんびりとした時間を過ごす。
美味いものを食べて幸せそうにするあいの顔がみたい。その一心でこんなアホな事を始めたが……次からはあいの手作り菓子が用意されるらしい。
ならば次からは何で彼女を釣り上げよう?甘味に合う紅茶だろうか?それとも珈琲……とにかく何か取り寄せよう。後、明日の果物も。
茶葉や菓子の材料になりそうな果物を取り寄せろと言われる予定のジンはこの2人を見たら、きっと笑うだろう。
そしてきっと、笑いながら言うのだ。
『この2人、これで付き合ってないんですよ。信じられます?』