▼ (近藤) 写真とゴリラと私
「近藤さんなら今松平のとっつぁんと出てるが」
ふーっとため息混じりに白い煙を吐くこの人は、私の夫である近藤勲の部下、土方十四郎である。
勲さんとはお見合いを通して結婚し、部下だと初めて紹介してもらった時はなんだか姑のような存在だと思ってたけど、勲さんについての相談や愚痴を話してるうちに結構打ち解けて来て、たまにこうして真選組に訪れては話を聞いてもらっている。
「あの人が居ないのを見計らってここに来たって分かってるくせに」
「なんだ、また喧嘩でもしたのか?まあ喧嘩って言ってもお前が勝手に怒ってんだろうがな」
「……よくお分かりで」
トシは私達夫婦のことはなんでもお見通しなのね、大当たりだよ。
自分で言うのもなんだけど、勲さんは私にベタ惚れで私の言うことなら何でも聞いてくれるし、勲さんが私に怒ったり不満をぶつけてくることなんてことは滅多に無いのだ。
しかし、
「これ、誰だか分かる?」
「ゲッ」
今朝、部屋を掃除していたら出てきた一枚の写真。
そこには髪をポニーテールにした綺麗な女性が写っていて、居ても立ってもいられず掃除用具もそのまんまにして屯所まで走って来たのだ。
トシの反応からして昔の女とかそんな感じなのだろうか。胸の奥のほうがモヤモヤしてくる。
「トシも知ってる人なんだ?」
「……ま、まあな。結婚するときに全部捨てるって言ってたのにあのバカゴリラ」
「やっぱり昔の女なんだ…」
「……」
「否定してよ!!!」
姉とか妹とか従姉妹とか嘘でもいいからそう言ってよおおお!!!
「…否定はしねぇが、別に近藤さんはもうその女には未練はねえよ。今のあの人にはお前しか見えてねえ。いつだってあの人は真っ直ぐだ」
「それはわかってるけども、なんでこんな綺麗な人がそばに居たのに、私なんかと…」
「言っておくが近藤さんがその女のケツ追いかけ回してただけだ。恋人とか許嫁とかそういうんじゃねェよ」
「不安なら本人に確かめてみな」とトシは優しく目を細めて言った。
トシが言うのなら…と若干不安を抱きながらも家に帰って掃除の続きをし、お夕飯の支度をしながら勲さんの帰りを待った。
「たっだいまー名前ちゃあーん!」
「おかえりなさい、勲さん」
玄関まで出迎えると、今日も疲れたよおと私を抱きしめ頬ずりをしてくる。
髭が当たってジョリジョリするけど痛気持ちいい。
「やっぱり名前ちゃんの匂いは落ち着くなあ」
ぎゅううと私を抱きしめる腕に力が入る。
私はこの人の、愛情をたっぷり注いでくれるところが好き。汗臭いけれど、この大きな体に抱かれるとと安心する。今日も無事に帰ってきてくれてありがとうって毎日心の中で感謝するのだ。
「…何かあった?」
「え、」
「いや、なんかいつもと違った気がしてな。何かあったんなら遠慮なく頼ってくれて構わんぞ!」
そんなに顔に出てたかな。
モヤモヤはするけど、昔のことなんてとやかく言わないでおこうって、今は私の旦那様なんだから気にしないでおこうって決めたのに。
「…名前ちゃん?」
心配そうに私の顔を覗き込む勲さん。
何でもない振りをしても、かえって不安にさせるだけだと思い、私は例の写真を出した。
「この写真…」
「あれっ!昔本のしおりにしてたお妙さんの写真!!なんで君が!?」
「勲さんの部屋を掃除してたら出てきて…それで、」
「懐かしいなあ…」
ふ、と目を細める勲さんの表情はとても優しく、チクッと針が刺さったように胸が痛んだ。
「…好きだったの?」
「ああ、好きだったさ」
「そ、うなんだ…」
「まあ俺の片思いだったんだがな!」
ガハハと笑うとまたすぐにさっきの優しい表情に戻り、
「でもよ、名前ちゃんに出会って、また世界の色がガラリと変わったよ。俺ァ今君と居られてとてつもなく幸せなんだ」
勲さんの硬くて大きな手が私の頬に触れると、軽くキスを落とされる。男の人特有の香ばしいにおいがした。
「もしかして、名前ちゃんヤキモチ?」
「妬いてません」
「ちょっと妬いてたよねェ?」
「いいえ、全く」
「んもぉ、そういう素直じゃないところも可愛いなあ」
「っ…」
「この写真は新八くんに頼んでお妙さんに返して貰うよ。不安にさせてすまなかった」
またぎゅっと強めに抱きしめられ、一回り、いや二回りほど大きな体に腕を回す。
勲さんはこんなにも言葉と行動で愛情表現をしてくれるのだ。何も不安に思うことなんて無い。愛おしさで胸がぎゅうぎゅうに締め付けられる。
トシは、「近藤さんはおめーが思っているよりもモテないぞ」って言っていたけど、本当かな。
こんなにもかっこいいのにね?
「勲さん、すき」
「!!!」
まあ、この人のかっこよさは私しか知らなくていい。