短編 | ナノ
▼ (斉藤) 交換日記

終さんと交換日記を始めてもうそろそろ一冊目が終わる。
もう何年も女中をしているのに、一度も声を聞いたことのない相手に片思いしてるなんて自分でもおかしいとは思う。けど、そういうところが余計に私の好奇心をくすぐるのだ。彼の事を知りたくて知りたくて仕方がない。

彼の声を聞きたいという一心で色々と試してみたが全く声を発してくれず、せめて何かをコミュニケーションを取れるものを……ってことで交換日記を思いついた。勇気を出して誘うと意外とノッてくれたのである。交換日記なんて寺子屋に通っていた時ぶりだった。

ほとんど他愛のない事ばかり書いてあるが、それでも十分幸せな気持ちになれたし、意外と丁寧な文章や語尾がZなところ、字が綺麗なところ……色々と知れた気がする。

今日も交換日記が私の部屋の前に置かれていて、心を躍らせながら開くのだ。


『〇月×日 晴れ
もうノートも残りわずかですね。
私はこのノートを使い切ったら交換日記をやめようと、少し前から思っておりましたZ
名前さんには申し訳ないのですが、このノートで交換日記は終わりにしましょう。
最後の1ページは名前さんが書いてください。
楽しみに待ってますZ
斎藤終』


え、いやいやちょっと待って。交換日記やめるってまたどうして急に。これからどうやってコミュニケーション取ればいいの!!??

私は何も考えず部屋を飛び出していた。向かう先はもちろん終さんの部屋。



「終さんっ!!!交換日記やめるってどういうことでしょうか!?」

「ZZZ……」

「起きてくださいぃい!!」



目を覚ますと私の顔を見るなりハッとしてノートを出してさらさらとペンを走らせ私に見せる。


『すみません、ちょっと厠に』


私が読んだことを確認すると終さんはお腹を抱えて急いで出ていってしまった。ポツンと終さんの部屋に取り残されてしまった私。
ふと、机の上に置いてあるノートが目に入る。私達がしてた交換日記ではない別のノートだった。

気になる。でも勝手に人の物見ちゃいけないし。でもでも気になる……!!

少しだけ、と表紙をめくると日記のようだった。好奇心旺盛な私はついペラペラと捲ってしまう。



『〇月□日
今日名前さんに交換日記に誘われた。交換日記なんて初めてだが、対面すると緊張して話せないので良い案かもしれないZ』

『〇月△日
名前さんから交換日記が回ってくるのが楽しみになっている。次は何が書いてあるんだろうとか何を書こうかと考えているのが楽しい。早く回ってこないかなZZZ…』

『〇月〇日
今日は名前さんが話しかけて来てくれたZ
勇気を出して返事をしようとするも緊張で厠へ走ってしまった』

『〇月◇日
名前さんが副長と楽しそうに話していた。あんな風に話せるようになりたいZ』

『〇月◎日
交換日記のページが残り少なくなってきた
ノートが終われば交換日記はやめて、勇気を出して名前さんと会話しようと思うZ』



「私のことばかりじゃない…」


終さんも会話したいと思ってくれていたことがとても嬉しくてつい笑みが零れる。こんなにも考えてくれていたなんて。心の奥底から温かい何かがこみ上げてくる。私はその日記帳をギュッと抱きしめた。



厠から帰ってきた終さんは日記を抱きしめてる私を見てあたふたしていたけれど、「おかえりなさい」と言うと振り絞ったような小さな小さな声で「ただいま」と言ってくれた。

それからは問いかければ声に出して短い返事をしてくれるようにはなったけれど、会話はまだ難しいみたいで厠に籠ることも多い。

ほんの少しずつだけど良い方向には向かっているはず。

いつか、この想いを伝えられたら……


top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -