短編 | ナノ
▼ (沖田)39℃

『飯、行きませんか』
カーテンも開けずに薄暗い部屋の中、携帯が震えながらメールを受信した事をお知らせするランプがチカチカと点滅した。
メールの差出人は沖田総悟くん。彼とは時々食事に行くような仲で、彼は私に気があると思う。自惚れなんかじゃなくて、明らかにそういう態度で接してくるからそうなのだと思う。

『ごめん、今それどころじゃない』
そう送信するとすぐに、何かあったのかと返事が来る。
39℃の発熱。寝たり起きたりを繰り返して、枕元に置いてあるペットボトルは空っぽ。ワンルームでの一人暮らしだ、冷蔵庫まで数歩だが身体を起こすと吐きそうになる。携帯の画面を見ているだけでも頭が痛いので『熱』とたったひと言送り、折りたたみ式のそれを閉じて再び眠りについた。



玄関のチャイムが鳴り、目が覚める。
悪夢を見ていた。世界中がぐにゃぐにゃに歪んでいて、必死で走るも思うように進まない夢。全身ぐっしょりと汗をかいていて、これはさすがに着替えないとダメなやつだ。呑気にそんな事を考えている間もチャイムは急かすように何度も鳴った。

「総悟でさァ、入りますよ」
痺れを切らしたのか、沖田くんは勝手に戸を開ける。

「……いい加減戸締りはちゃんとしてくだせぇ」
両手にコンビニの袋を提げて、自分の家かのように断りもなく上がり込んでくる。ベッドのすぐ側にあるミニテーブルに袋から出したスポーツドリンクやらゼリーやら、パウチのお粥やらを並べた。

「ちゃんと食ってやす?」
「……ううん」
「何か食べられそうですか? ゼリーとか」
「それなら食べられるかも。でも先に着替えたい」
そう言うと彼は、畳んでそのまま置いてあったスウェットを持ってきて、外出てるんで着替えたら教えてくださいと言って出ていった。汗をかいて熱も少し下がったのか、何とか動けるくらいには回復していた。
着替えて戸を開けると、沖田くんは寒そうに手に息を吐きかけていて、彼から出る白い息がなんだか神秘的なものの様に見えた。

「沖田くん、色々買ってきてくれて有難いんだけど、ここに居たら移っちゃうよ」
「大丈夫でさァ。あんたとは身体の作りが違うんで少しくらい平気です」
「そう?」

彼は再び私の部屋に入ると台所からスプーンを取ってきて、ゼリーと一緒に渡してくる。
「食べさせてあげやしょうか」
「いい、自分で食べられるから」
「ちぇっ」
桃の果肉が入ったゼリーは、腫れた喉をつるんと簡単に通っていく。美味しい。

「多少無理してでもちゃんと水分は摂ってくだせえ。んで汗とか小便とか出すもん出せばすぐ治りやす。薬も一応買ってきたんで」
「色々してくれてありがとう」
「あんたの事好きなんで」
「えっ」
「治ったら飯行きやしょう」
「うん」

食べ終わったゼリーの容器を沖田くんが片付けてくれて、それを横目に布団に入る。
え、今好きって言った? あまりにも普通にサラッと言うもんだから流してしまったけれど、好きって言われたような。面と向かって言われたのは初めてで、いつかはそういう日が来るのかもしれないとは思っていたけれど、何故今なのだ。

「いけね、戻んねえと土方さんにどやされる」
「仕事中だったんだね」
「あんたが中々連絡寄越さないから飛んで来たんでさァ。それじゃ、また会った時にでも返事聞かせてくだせぇ」
「返事って、なんの……」

靴を履こうとしていた沖田くんの動きがピタリと止まる。
こちらの方へ戻ってきたかと思えば、両頬を内側に押さえつけられてアヒルの様な口になる。

「言ったでしょう、好きだって」

沖田くんは表情ひとつ変えずに、真っ直ぐに私の目を見て好きだと言った。私は平静を保ちながらも、部屋を出ていく彼の背中をベッドの上から見送った。扉が閉まった瞬間、急にまた熱が上がってきたかのように全身が火照ってくる。
年下の男の子なんて恋愛対象外だったけれど、さっきのは正直くらっとしてしまった。多分熱のせいだ。


それから数日後、また一通のメールが届いた。
『風邪移りやした』
ほら、言わんこっちゃない。


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