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「彼氏のフリをしてくれませんか?」
私は今、万事屋銀ちゃんという、頼まれれば何でもしてくれるという何でも屋さんに来ている。以前江戸に遊びに来た時にたまたま貼り紙が目に入り、気になって来てみたのだ。
「まあまあ、とりあえず座ってお姉さん。おい新八ィ、茶ァ出してくれ」
「新八ィ、私酢こんぶ〜」
「あ、じゃあ私はとりあえず生で……!」
「いやここ居酒屋じゃないんですけどォ!!何自然な流れでビール頼んでるんですか!!」
眼鏡をかけた普通の男の子は、初対面だって言うのにツッコミを入れてくれた。
「やん、そんな激しくツッコまないで……」
「その言い方やめてください!!僕はツッコミキャラですが突っ込んだことはないんですからね!!??」
なんて鋭いツッコミ……
この眼鏡、やりおる!!!!ふざけてしまったけれど、私は結構緊張している。
「で、なんで彼氏のフリ?」
銀髪の陰毛……いや綿菓子みたいな頭の男が鼻をほじりながら気だるそうに聞く。客に対してなんだぁ、その態度は。まあいいや、私は事情を説明した。
「……つまり同棲中の彼氏がなかなか別れてくれないから、新しい男ができたって諦めてもらおうってわけね」
「そんな感じです……何回も別れ話したんです。けどその度暴力を奮われて。髪で隠してるんですがここに痣があります」
前髪を上げて額を見せる。
これは突き飛ばされてテーブルの角で強打した時の痣。彼にはお前が吹っ飛んだのが悪いと言われた。
思い出すだけでも恐ろしい。
「それ、ドラマティックバイオレンス言うネ」
チャイナ服を着た、まだ10代半ばだと思われる小柄な女の子が酢昆布をしゃぶりながら言う。
「神楽ちゃん、ドメスティックバイオレンスね、全然ドラマティックじゃないからね」
「私は毎日セクシャルハラスメントされてるネ……」
「コラ、誰がお前みたいなガキにするか!銀さんはもっとボンキュッボンが好きなの!」
「私だって2年後にはボンキュッボンになってるアル」
万事屋さんの愉快なやり取りに少し緊張が解れた。
「……でも、そんなしつこい人が新しい彼氏を紹介しただけですんなり諦めてくれるんでしょうか。DVって束縛が強い人が多いらしいですし、下手したらもっと酷いことをされたりするかもしれませんよ。どういう方法が一番良いか考えましょうか」
ツッコミ担当の眼鏡くんは結構真剣に考えてくれているようで、ずっと自分一人で悩んでいたから嬉しくて、鼻の奥が少しツーンとした。
「新しい彼氏役の男とあっついチューでも見せたら諦めてくれるネ」
「……神楽ちゃん、少し黙ろうか?」
「ちぇ」
もうあっついチューでもなんでもいいからどうにかして彼と別れたい。
男友達がいればこういう時頼れるんだろうけど、眼鏡くんの言う通り束縛が激しいせいで、親や女友達とも連絡を取らせてくれない。
私は元々お酒が好きでよく一人で飲み歩いたりもしていたけれど、彼と出会って付き合うようになってからはあまり外へ出歩くと怒られてしまう。こうやって江戸に来ていることですらバレると危ういのだ。
最初は束縛は愛だと思っていたが、今ではもう……
私は、あんな奴とは別れて、あの街から出て江戸で呑んだくれ生活を送るのが夢なんだ。
「お願いします、報酬ならこの通り」
そこそこな厚みがある封筒をテーブルに差し出した。
銀髪の男の人はさっそく中身を確認し、これは全部終わってから受け取ると言って返してきた。
「けどよ、こんなに金があるんなら部屋でも借りて逃げればいいんじゃないのか?」
「そのつもりでお金を貯めていました。けど、不動産屋で財布から身分証を出そうとした時に無いことに気がついて……彼が勘づいてどこかへ隠したんです。」
「……なかなか気持ちわりい輩だな」
「だから色々と詰んでるんです。お願いです、今すぐどうにかできませんか」
銀髪の男は後頭部をボリボリと掻きながらも、今日は他に仕事もないし未納の家賃を払わないとそろそろババアがうるさいとかなんとか言って、さっそく家まで来て貰えることになった。
銀髪の男、銀さんのスクーターの後ろに乗り、私の住んでいる街へと向かう。
「新八じゃなくて俺が新しい彼氏役で良かったのかよ」
「新八ってあの眼鏡の?あの子まだ十代ですよね?彼に何かされたら私責任取れませんし」
「お前の彼氏いくつだよ?」
「18歳」
「ハァ!?新八とそんなに変わらねーよ!お前18のガキにDVされてんのかよォ!」
「最初はね、弟みたいで可愛いなって。お金がないっていうから色々援助してあげて……昔キャバクラで稼いだお金があったので。まあそれももう底をついてきたけど」
「いやお前それ騙されてるよ!?完全に金づる失うのが怖くて別れ拒んでるよ!馬鹿なの!?」
そんな事ハッキリ言われなくてももう気づいてるんだよう……最近やっと目が覚めたんだ。
彼のために色々してあげるのが生き甲斐だった。ありがとうって抱きしめてくれるのが嬉しかった。いつか俺が稼げるようになったら結婚してタワマンで暮らそうって言ってくれたのを信じていた。
彼氏のためだけに生きてきた私の1年間返して欲しい……ううっ
なんだか付き合いたての頃を思い出して、とてつもなく悲しくなった。
銀さんの背中を借りて子どもみたいにわんわん泣いた。
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