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「…………っへっぶし!!」


ゆっくりとした時間が流れる午後だった。
春の柔らかい日を浴びながら、縁側で居眠りしていたら鼻がむず痒くて目が覚めた。なんて色気のないくしゃみなんだと、我ながら呆れる。
すぐ側の木に止まっていたすずめが、驚いて遠くまで飛んでいってしまった。


「名前さん、そんなところで寝てたら風邪引くよ」


山崎さんが、いくら日が当たると言っても冷えるでしょうに、と何処からかひざ掛けを持ってきてくれた。


「ありがとうございます……山崎さん、春ですよ」

「うん、春だね?」

「春と言えば?」

「ヤマザキ春のパン祭り?」

山崎さんはあんパンの袋の封を開けた。
小さくちぎって投げると、飛んで行ったすずめ達が戻ってきてあんパンに群がり、くちばしで器用に咥えて巣へと帰っていった。


「なんですかパン祭りって。春といえばお花見でしょうよ」

「……花見かあ、そろそろ満開だしね」

「万事屋のみんなも呼んでぱーっと飲みたいなあ」


山崎さんは副長の許可が降りればいいね、とあんパンにかぶりついた。



***



「万事屋との合同花見だァ?」


土方さんに交渉しに行くと、思った通りの反応だ。
眉間に皺を寄せ、考えるように目を閉じる。長考したのち、仕方ねえなと渋々了承してくれた。


「よかった!私、腕によりをかけてお弁当作りますからね!あ、マヨネーズは自分で持ってきてくださいね」

「ああ、言われなくても常に一本持ち歩いてる」


無事に許可も降りたので万事屋にも連絡を入れた。お花見の日は予定を空けておくと言っていたけど、最近とてつもなく暇そうにしているのを知っているぞ。

一方で私は楽しみで楽しみで仕方なくて、鼻歌まじりに仕事をこなす毎日だった。


お花見当日、早起きをして大量に作ったおかずを重箱に詰めていく。穴場があるらしく、昼前に皆でそこへ向かう予定だった。

しかし突然屯所中が騒がしくなり始める。
何事かと食堂の外に出ると、隊士たちが切羽詰まった表情で走って出て行く。


「ど、どうしたんですか!?」

「ターミナルの爆破予告が……!名前さんは屯所から出ちゃダメですよ!」


全員では無いが殆どの人が出ていってしまい、ぽつんと取り残された私はここで待つことしか出来ない。
このところ平和ボケしていたので頭が全く追いつかない。
どうか、みんな無事に帰ってきますように。

しかし日が暮れても彼らは帰ってこなかった。私は居ても立っても居られず、自室のテレビを付けると丁度ターミナルの様子を映した中継放送がやっていて、時々映る見知った顔、黒い隊服の集団と白髪頭。……ん?白髪頭?


「いやいや、なんで万事屋の皆もここに居るの」


テレビに問いかけるも、当たり前だが答えは返ってこない。皆に何かあったらどうしようと気が気でない。


『ターミナル爆破予告の時間まであと10分です!近隣のみなさん早く避難してください!!早く!』


テレビの中のアナウンサーが視聴者に向かって緊迫した表情で訴えた。その後ろで10分経たずとも爆発音が鳴った。中継はぷつんと途切れ、すぐさま別の映像へと差し替えられる。


「うそ…………」


突然現地の様子が分からなくなり、不安が襲ってくる。暫く落ち着けずに屯所中を行ったり来たりとしていたが、せめて生きているかだけでも確認したいと屯所の外へ出ようと、門へ向かった。


「名前さんっ!」


誰かに呼び止められる。
外はもうすっかり暗く、パッと見では誰なのか分からなかったが、声の主が近づいてきてやっと顔がハッキリした。


「山崎さん……無事だったんですか!?」

「俺は現場には行ってないよ。屯所を見張っとくように副長に言われて。こっちに流れてきてもおかしくないからね」

「そう、なんですね」

「……どこに行こうとしてたの」


山崎さんは私の目をじっと見る。
監察の仕事をしている彼には、きっと何もかもお見通しだ。


「山崎さん、私、私……」


山崎さんが無事だと分かり安心したのと、不安で堪らないのと、色んな感情が混ざって段々と視界が涙でぼやけていく。


「きっと大丈夫だから」


山崎さんの優しい手が、私の目からこぼれ落ちそうになる涙を掬いとった。
けれど、もう歯止めがきかなくなる。ぼろぼろと子どもの様に顔を歪めて泣く私を見て、山崎さんは眉を八の字に困ったような顔をする。


「名前さん、泣かないで」


ふわっ、と山崎さんの腕に包みこまれる。
きっと安心させようとしてくれているんだ。彼の跳ねた襟足が顔にかかって少し擽ったかった。

そんな時、屯所の門がギィと音を立てて開いた。
密着していた体を離す。煤で汚れた彼らが、すごい剣幕でこちらに向かって走ってくる。


「やーまーざーきぃー、何してやがるんでィ」

「ひっ、沖田隊長!!!」


大きな怪我もなく走り回っている彼らを見て、ひどくほっとする。
爆発したのはターミナルではなく、近隣の空き家で爆発もさほど大きくはなかったそうだ。重症者はいないと聞いて、着物の袖口で濡れた頬を拭った。


「オイ、まだ弁当腐ってねェだろうな?」


今から花見に行くぞ、と土方さんは風呂敷で包んだ重箱を持ってくるようにと山崎さんに命令した。


「え……腐ってはないと思いますけど、今からですか!?」

「でけー仕事を終えた後の酒は美味えだろ。それに、夜に見る桜も粋なもんだ」


土方さんはニヤリと悪い顔をした。
モタモタしてねーで行くぞ、と他の隊士にも聞こえるよう呼びかけた。

花見を予定していた場所に着くと、桜の木の下で万事屋の三人と一匹が場所取りをしてくれていて、彼らも煤で黒く汚れていた。


「全くよォ、定春の散歩してただけなのにあんな事に巻き込まれるなんて、とんだ一日だったぜ」

「銀さんたちもお疲れ様。来てくれてありがとうね」

「ばーか、お前との約束破れるかよ」

「……心配したんだから」

「あんなんでおっ死んでしまうほど弱かねェよ、俺らも、あいつらも。そんな顔すんな」


一体どんな顔をしていたのだろうか。左の頬を軽く引っ張られて、よく伸びるなあと銀さんは顔をほころばせた。


「オイ、イチャついてねえで早く酌しろィ」


総悟もやってきて、もう片方の頬に酒瓶をぐりぐりと押し付けられる。みんな私の頬っぺたをなんだと思っているんだ。


「総悟はまだダメだよ、大人になってからね」

「子ども扱いすんじゃねーよ」

「沖田くん残念でした、ここからは大人の時間だからガキは帰った帰ったァ」


口喧嘩をし始める二人を横目に、隊士たちにお酌して回る。もう既に出来上がってる人たちも居た。
活気に満ちた雰囲気に私も思わず笑みがこぼれてしまう。


「おい、オメーも呑むだろ」


貸しな、と土方さんに酒瓶を奪われお酌をしてもらう。
柔らかい春の風が一枚の花びらを運んできては盃にはらりと落ちて浮かんだ。私たちは顔を見合わせる。


「夜桜、いいですね」

「ああ、綺麗だな」


零れてしまわないように、そっと盃に口をつける。
食道を通って胃の腑に落ちて、じわじわと体が熱くなっていった。

もうすっかり酔っ払った近藤さんは、いつのまにかふんどし一枚になっている。
銀さんは土方さんと口喧嘩、新八くんは銀さんと土方さんの仲裁に入り、総悟は土方さんをバズーカで狙い、神楽ちゃんはお弁当を平らげ、山崎さんは隊士たちとカバディをしている。そんなカオスな光景を眺めながら、定春くんの体にもたれ掛かりしっぽりと酒を呑む。

幸せだなあ。私たちの毎日は当たり前のようで全然当たり前なんかじゃなかった。
本当に、本当に、みんなが無事で良かった。

桜が散って、雨が降って、花火が上がって、秋刀魚を焼いて、雪が溶けて、また春になる。
季節の移ろいを感じながら、皆と呑んだくれていたいから。

これからもどうか、平和な日々が続きますように。





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