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巷で話題になっている占い師がいる。
よく当たるのだとお妙ちゃんが話していた。なんでも、ストーカーに悩まされていることを当てられて、魔除の石を貰ったらしい。
その石を持っているとストーカーを近寄らせないように結界のようなものを張ってくれるのだとか……

最初は胡散臭いなと思って聞いていたのだが、近藤さんが最近お妙さんに近付けないんだ、と嘆いていたのを思い出して信憑性が増した。

私だったら一体どんな事を言い当てられるのかと好奇心を擽られてしまい、占ってもらうことにした。
人っ子一人通らないような暗い路地に、黒い半透明のベールで顔を覆った占い師が座っていた。


「あ、あの、占ってもらえますか?」

「どうぞ、お座りになってください」


占い師に向き合うように置いてあるパイプ椅子に座ると、水晶に手を翳した。


「……あなた、お酒でたくさんの失敗をしていますね?」

「……はい」


江戸に来てから、数えきれないほどの失敗をしているなあ。今までの過ちが走馬灯の様に頭の中を駆け巡った。二日酔いに効く石でもあるのだろうか。


「……そして今人生で最大のモテ期とも出ていますね」

「えっ……も、モテ期ですか!?」


あなたはもっと人の心に寄り添うべきです、と言われ石を貰った。お妙ちゃんが持っていた物とは違った色をしていて、どんな効果があるのかは詳しくは教えてくれなかった。
私がモテ期だなんて本当?この前幽霊に告白されたけども、あれもカウントしていいの?


帰りにふらっと万事屋に立ち寄った。
特に用は無いけれど、丁度通り道だったのでついでだった。万事屋には神楽ちゃんと定春くんしか居らず、銀さんはパチンコから帰ってこないと神楽ちゃんは呆れた顔をする。


「定春くんモフモフさせてよ」

「いいヨー」


前に定春くんに埋もれて寝たことがあって、ふかふかであたたかくて、時々癒されたい時にモフモフさせてもらっている。


「定春くん、元気してた?」


大きな体に抱きついた。定春くんがワウ、と小さく鳴いたと同時に突然脳内に知らない声が入ってくる。
お腹すいたなあ、と。


「ん?」

(お腹すいたよー、神楽ちゃんー!)


神楽ちゃんがアテレコしているのかと、彼女の様子を確認するも酢昆布をしゃぶりながらテレビで水〇黄門を観ている。え、何?誰なの今の声。

ワウー!と定春くんが小さく鳴くと、また声が聞こえてくる。やっぱりお腹が空いているようだった。


「……ねえ、神楽ちゃん。今日定春くんにごはんあげた?」

「あ、忘れてたアル。名前よく気付いたネ」


まじでか、ワンコが何言ってるか分かるようになっちゃった?石の効果なの?
神楽ちゃんが定春くんのごはんを用意している間にガラガラッと戸が開く音がした。銀さんが帰って来たようだ。


「おー、名前来てたのか」


私の頭をポンポンすると同時に、名前が来てるんならもっと早く帰ってくりゃ良かった、と聞こえてくる。


「私もさっき来たところだよ」

「えっ……あ、今の声に出してた?恥ずっ」


銀さんは顔を赤らめながら、手で口元を覆った。
え、もしかして、人の心の声も分かるようになっちゃったの?
試しに彼の手を握ってみる。


「どっ、どうした?」
(なんだよ、今日はえらい積極的じゃねえの。可愛いなコノヤロー)


本来聴こえるはずの無い心の声が、頭の中に入ってきてしまう。やっぱりこの石の効果なのか。こんな事があっていいのかと冷や汗が滲む。


「……今日のところは帰るね」

「待て待て、あのさ、近いうちに飲み行かね」

手首を捕まれ引き止められる。
そろそろ名前不足なんだよな、と聞こえてきてしまう。私はどうすれば良いのか分からなくなり、その手を軽く振り払った。


「う、うん、また今度行こっか!」


まじでか、銀さんの心の中あんな感じなの?まじでか……。
屯所に帰ってからも、ぽけーっと考えながら歩いてると、前を歩いていた人に背後からぶつかってしまう。


「んぶっ!す、すみませ」

「……おい、前見て歩け」
(何か考え事してんのか?珍しいな)


この声とタバコの匂いは土方さん。
どうした?と頭に手を置かれる。


大丈夫か、様子がおかしい、心配だ、疲れてんのか、放っておけねェ、俺になにかしてやれることはないか、と数々の優しい心の声が聞こえてくる。
まさかこんなに気にかけてくれているとは思わなくて、自分でも分かる程に耳が熱くなっていく。


「な、なんでもないです!!すみませんでした!」


逃げるようにその場を去った。
人の心の中なんて勝手に覗いちゃいけない、私だったら恥ずかしいもの。明日、石を返しに行こう。
自室に戻ろうとすると、部屋の前で居眠りしているやつがいるではないか。


「ちょっと……こんな所で寝てたら部屋に戻れないじゃん」


体を揺すろうと手を伸ばすが、触れてしまったら心の声が聞こえてしまうと思い、手を引っ込めた。


「おーい、総悟くーん?起きてー」


呼びかけるも呑気にすやすやと寝息を立てている。
どうしよう、木の枝でも拾ってきて突っつくか、と辺りを見渡すも良い感じのが落ちていない。ついこの間、枯葉や小枝を掃除したばかりだった。

ええい、少しだけなら、少し触れるだけなら大丈夫だよね?


「総悟、起きて」


そう彼の肩に触れた瞬間、ふいに腕を引っ張られてしまう。彼の目は獲物を見つけた獣のように光った。


(ぶち犯してえ)


え…………?
ぶち……、え、なんて?聞かなかった事にしよう。


「……腕、離してくれないかな」

「なあ、お前なんでそんな顔真っ赤なんでィ」

「う……うっさい!早く離して!私に触らないで!」


これ以上聞いてしまったら頭が、心がパンクしてしまう。私は総悟の手を振り払った。


「……なんでィ、傷つくじゃねえか」


ゆっくりと起き上がった彼は、片膝を立てて座り、膝に顔を埋めるように俯いた。良心が痛む。ちょっときつく言いすぎた。


「総悟、ごめん。触って欲しくないのには訳があって……」

「訳って?」


俯きながらも上目遣いで私を見る。
くっ、顔が良い。どうせ明日になれば石を返しに行くんだ。私はヤケになって、経緯を話した。もちろん誰からどんな声が聞こえたのかは伏せた。


「へえ、じゃあ今何考えてるか当てろィ」


そっと彼の二の腕あたりに触れると、とてもくだらない声が聞こえてくる。小学生か。


「うんこ、でしょ」

「おー、すげぇ、当たってらァ」


驚いたように目を丸くして座り直した。
じゃあ、これは?と今度は総悟が私の手に触れる。指先が触れたかと思えば、数本絡め取られる。

ふわっと吹いた柔らかい風が、総悟の前髪をさらっていく。綺麗な髪だと、つい視線を逸らせずにいた。


(おまえのことが、)


それ以上先の言葉は聞こえなかった。
何故なら総悟が指を離したから。


「やっぱやーめた」


続きはまた今度な、と彼は手をヒラヒラさせながら去っていった。
聞きたかったような、聞きたくなかったような。心臓が痛い。顔が熱い。なんだこれ、なんなんだこれ。


***


翌日、石を返しにあの占い師の元へ行った。


「これを持っていると心臓が持ちません。せっかく頂いたのに、すみません」

「そうですか、次は自分の気持ちにも耳を傾けてみてくださいね」

「自分の……」


暗い路地裏を抜け、日が当たる明るい道に出る。
かすかに春の匂いがして、鼻がむずむずと痒くなった。
春が、すぐそこまできている。



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