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※モブ子ちゃん視点のお話


――――拝啓、母上様。

本格的な寒さが身にしみる頃、風邪をひいていませんか。
私は相変わらず家とバイト先の往復で、最近の楽しみと言えば推しのお客さんのオーダーを取りに行くことくらいです。

その推しのお客さんっていうのは、江戸の平和を守っている真選組の沖田総悟さんと言うお方で、中性的な顔立ちで可愛いと格好良いが共存している素晴らしい殿方なのです。

時々休憩しに店に来て、陽の当たる窓辺の席で居眠りしているのをよく目にします。

推しと言っても恋愛感情はなく、手の届かないアイドルの様な存在で、お近づきになりたいとかは全く無く、ただただ見ていたいだけなのです。

そういえば、その沖田さんが女の人を連れてきた事がありました。



***



「あのー、ここペット連れて入ってもいいですかィ?」


今日は非番なのか袴姿の沖田さんが、赤い首輪をした女の人を連れて二人で来店された。


「誰がペットじゃ!」


沖田さんの彼女さん?……では無さそう。
お姉様……でも無さそう。
仲良さげに口喧嘩をしている。心做しか、一人で来る時とは違い表情が柔らかい気がする。
いつも沖田さんが座っている窓際の席が、丁度空いていたので二人を案内した。


「ご注文はどうなさいますか?」

「俺はコーヒー、こいつにはドッグフードを」

「ドッグフードなんてファミレスにある訳ないでしょ。生ビールでお願いします」


あれ、沖田さん今日はコーヒーなんだ。
いつもはオレンジジュースやメロンソーダなのに。少し背伸びしたい日なのかもしれない、と微笑ましく思った。

お連れさんはきっと沖田さんよりも年上の人で、接し方からしてとても親しい間柄だと思う。
嫉妬はしない。沖田さんの新しい一面が見られて、むしろお得だと思った。

カップにコーヒーを、ジョッキに冷えたビールを注いで二人のテーブルへと運んだ。
伝票を透明な筒に差そうとした瞬間、廃刀令の時代だっていうのに帯刀しているガラの悪い男たちが、ぞろぞろと入って来た。お食事をしに来たお客様には見えなかった。


「い、いらっしゃいませ。申し訳ございませんがただ今満席でございましてぇー……」

「アア?空いてる席あんだろうが」

「あ、空いている席は全て予約席でございます」


店長は震えた弱々しい声で、何とか男たちを追い返そうとする。

男たちに気付いた沖田さんは目付きが鋭くなり、腰に差した刀に手を添え、男たちの動向を伺っている。さすがにこの人数を沖田さん一人で相手するのは無謀ではないか。

緊張感が漂う店内の空気。伝票を持つ私の手もカタカタと震え始めた。
やめて、止まって。もう片方の手で震えを抑えようと手首を掴んだ。だが怖くて震えは止まらなかった。
頭が真っ白になってパニックに陥った時、ふと手が温かいものに包まれる。


「大丈夫だよ」


沖田さんのお連れさんが私の手を両手で包み込んで、目を細めて微笑んでいた。
沖田総悟が居るんだもの、絶対大丈夫だよ、と言っているかの様な余裕の笑み。手の震えは止まって、気持ちも解れていく。


「近藤さんたちにメールしとくね」

「頼まァ。あーあ、せっかくの散歩が台無しでィ」


お連れさんがメールを打つのに集中してる間に、沖田さんがボソッと呟いたのを私は聞き逃さなかった。
まるでデートを邪魔されたかのように不機嫌そうに口角を下げた。


「ボスが今すぐメロンクリームソーダ飲みたいって言ってんのが分かんねえのかよ!?」


荒らげた声に肩が跳ねる。
今にも刀を振り回しそうな勢いだった。


「今すぐメロンクリームソーダ用意しねえと……この店、トマトジュースの海になっちまうぜぇ」

「ヒィっ……」


男は刀を抜いて、店長の首元に突きつける。


「……っ!店長!!」


店長のピンチに思わず声が出てしまい、やってしまった、と全身の血の気が引いた。けれど男たちの視線は私ではなく沖田さんに向けられる。


「オッ、オイ……あれ真選組の沖田総悟じゃね」

「まじかよ。ボス、どうしますか」

「あんな化け物にかなうわけないだろ!今日のところは帰るぞ!!くそ、メロンクリームソーダが飲みたかっただけなのにィ!」


男達は沖田さんを一目見るなり帰って行った。
私は安堵感でその場にへたりこむ。沖田さんは何事も無かったかのように、冷めきったコーヒーに口をつけた。超クール、超かっこいい。


「店員さん、大丈夫?怖かったね」


お連れさんがまた手を差し伸べてくれて、今日は二度、この温かな手に救われている。


「名前は平気そうだったな」

「だって総悟がいるから、何があっても大丈夫でしょ?」

「…………そうかィ」


沖田さんは一瞬意表を突かれたかのような顔をして、頬杖をついて窓の外を見る。
とっくに温くなっているビールを、お連れさんは喉を鳴らしながら平らげた。私は隣のテーブルを片付けながらも、つい横目で二人の様子を観察してしまう。


「てか、あの人たち追いかけなくていいの?」

「いい、近藤さんたちが来るだろ。それに俺は今日非番なんでィ。あーあ、次は邪魔が入らねえとこにしねーとな」

「ごめん、最後の方あんまり聞き取れなかった、なんて?」


二人のやり取りに思わず頬が緩んでしまう。
沖田さんの想いに、この方はまだ気が付いていないのだろう。

この日、推しが一人増えた。
推しと推しがどうか、幸せに暮らしていけますように。



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