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ひょんな事から土方のヤローと入れ替わってしまった。
「はあ……」
鏡に映るV字の前髪を見る度にため息が出る。
いくらセットしてもV字になる。どんだけ頑固な髪質してんだ!
痛いくらいに冷たい水で顔を洗って食堂へ行くと、女中として働く名前が居た。飯を取りに来た隊士達とそれはそれは楽しそうに談笑していた。
「おい、テメーらいくら昼休みだからってうつつを抜かしてんじゃねえ。今すぐ切腹しろ」
「ひっ副長、勘弁してくださいよ!」
「局中法度第一条、女中をエロい目で見てる奴は切腹!!!」
「見てないっす、見てないっす!!しかもそんな局中法度聞いた事ないですから!!」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねェ!」
「ヒィッ……!」
刀を抜くと名前を取り囲んでいた隊士が散った。
ふう、ひと仕事した。飯だ飯。
「土方さん……?」
「おー名前、いつものくれよいつもの」
「あ、はい、土方スペシャル」
「ちがーーーう!ホラッ、ホカホカごはんに甘い小豆が乗ったやつ!」
「ええ?小豆……?」
あっ、やべ。今俺は真選組鬼の副長、土方十四郎なんだった。
一連の流れを見て周りがざわつき始める。名前も何だか心配そうにこちらを見ている。
「土方さん?熱でもあるんじゃあ……」
名前のえらくヒンヤリとした手が額に触れる。
冷たくて気持ちが良い。うーん、熱は無いみたいですね、と自身の額の熱さと比べて首を傾げた。
「ここ最近、忙しかったですもんね。大体土方さんはいつも自分にも他人にも厳しすぎるんですよ。たまには息抜きしてくださいよ」
毎日ご苦労さまです、えらいですね、と名前は目を細めて笑った。
俺と居る時は、酒飲んで酔っ払ってしょうもねぇ下ネタ言ってアホ面で笑いかけてくんのに。土方のヤローには優しすぎやしないか?
「けど、今日くらいボケっとしてる土方さんも可愛いですね」
可愛いなんてこの体の時に言われたかねえ。いち早く元の姿に戻らなければいけないと思った。
***
ひょんな事から万事屋のヤローと入れ替わってしまった。
「はあ……」
鏡に映る下品な顔を見る度にため息が出る。
俺本体の中身は万事屋の野郎で、奴は今頃屯所に居るだろう。人の体で変なことをしでかさないか心配だ。
「銀ちゃん今日顔険しいヨ。腹でも痛いアルか」
「ああ、まあそんなところだ」
気を抜くと間延びした締まりのない顔になってしまうのが嫌で、常に眉間にシワを寄せている。
間延びしているとそれはそれで、
「何鼻の下伸ばしてるネ。エロい事でも考えてんのか天パ。キモいアル、私に近づかないで」
と汚い物を見るような目で言われるのだ。
いつもこんな仕打ちを受けているのかあの野郎は。こればかりは同情してやってもいい。チャイナ娘は、今日は仕事も入ってないしそよちゃんとこ行ってくるネー!と言い、バタバタと出て行った。
「…………はあ」
どうすれば元の姿に戻れるのだろうか。
一人になり、頭を抱えていると玄関のチャイムが鳴った。どんな仕事でも引き受ける何でも屋と謳っているくらいだ。変な依頼が来てもおかしくないと少し身構えて戸を開けた。
「銀さーん、煮物作りすぎちゃったから持ってきたよー」
タッパーを持った名前が立っていた。
俺、こいつの身体でどうやって接したらいいんだ?
「おーい、銀さん?何、ぼーっとして」
「あ、ああ、入れよ」
「……?おじゃましまーす」
不測の出来事にどぎまぎしながらも名前を迎え入れたが、二人きりで何を話せばいいのか分からない。
「……茶ァでも飲むか?」
「えっ」
「あ、あーー!名前はビール派だっけェ。あったかなあ、ビールあったかなあ」
不思議そうな顔をしている。やばい何か間違ったか。
慌ててビールを探したが冷蔵庫はもぬけの殻だった。
とりあえず冷蔵庫に唯一入っていたいちご牛乳をグラスに注いで持っていった。
「銀さん?今日なんかおかしくない?なんか目と眉の距離近くない?」
「ふ、普段からこんな顔だろうがっ!」
「そうかな……?」
やばい、めっちゃ怪しまれてる。めちゃくちゃ凝視されてる。
向かいのソファーに腰掛けて誤魔化すように自分のグラスに入れたいちご牛乳を飲み干した。あっま!
「……なんか今日私のこと避けてない?」
「えっ」
「いつも隣に座るのに今日は正面に座るんだね?」
そうなの!?いつも隣に座ってるの!?
フグみたいに頬を膨らませる名前の横に慌てて座り直す。こいつらの距離感がわからねえ。
「土方さんも今日何だかおかしいの。腑抜けた顔になっちゃってて……あの人、きっと疲れてるんだ。私何かしてあげられる事ないかな」
心配してくれているのか。
何だか申し訳ないな、と真ん丸な頭を軽く叩いた。振り返った名前にじっと食い入るように見つめられる。何もかも見透かされてしまいそうで思わず目を逸らした。
「今日、おでこ出てるんだね。寝癖?」
人差し指で額を軽く突き、いたずらっぽく笑う。
ああ、万事屋と居る時はこんな風に笑うんだ。こんな口調で話すんだ。少し胸がチクッとした気がした。
暫くして俺たちは元の体に戻ったが、自分には見せないアイツの表情を思い出しては、やり切れない気持ちになるのだった。
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