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年が明け、忙しかった仕事も落ち着いてきた時のこと。
食堂できつねうどんを食べていたら名前さんが何やらもじもじしながら話しかけてきた。
「あの、山崎さんに相談があるんです」
山崎さんにしかこんな事話せなくて……と彼女は頬を染めながら隣に座った。
あまり周りに聞かれたくないのか、距離が普段よりも近くって彼女が動く度に女の子特有の匂いがする。
「なっ、何かな」
「あの私、私…………」
俺だけにしか話せない事……淡い期待を抱いてしまう。恥ずかしそうに目を伏せる彼女の言葉が出るのをじっと待つ。
一度はきゅっと噤んだ唇が開く瞬間、ゴクリと生唾を飲んだ。
「私、告白されちゃいました」
「こっ……!!?むぐう」
告白ううう!?と叫んでしまいそうになった瞬間に手で口を塞がれる。
ダメですよ山崎さん、絶対に他の人には聞かれたくないんです。面倒だから!と目で訴えてくる。必死さが何だか可愛らしくて笑ってしまった。
「告白って誰に?万事屋の旦那?沖田隊長?それとも副長?」
「なんでその人達の名前が出てくるんですか!違いますよ!」
お互い目の前にいる相手にしか聞こえない位のヒソヒソ声で話す。
思い当たる人の名前を出してみるも違うと否定する。
「隊士の人なんですが、話したことの無い人で…」
――つい数日前の事。
夜中に喉が渇き目を覚ました彼女は、水を飲みに台所へ向かった。コップに水を注いでいると男が一人やってきて、冷蔵庫からおもむろに卵を取り出しこう言った。
「卵焼きを作ってくれませんか」
言われた通り卵焼きを作って出してやると男は大変喜び、あなたの事が好きになりました。と手を握られたらしい。
突然のことに驚き、考えさせてくださいと答え部屋に戻ったのはいいが肝心な名前を聞き忘れていたそうだ。あまり見覚えのない顔だったと彼女は言う。
「私、食堂で会う隊士の人の顔と名前はちゃんと覚える様にしてるんです。けど誰なのか全然分からなくて……」
今日も食堂でその男がいないか探していたが見当たらなかった。
どうしてもまた会って話がしたいと彼女は言った。
「っていう話を聞いたんです、どうしましょう副長!!!」
副長は持っていたタバコをへし折り目ん玉をひん剥いた。
「……そのヤロー見つけ次第、士道不覚悟で切腹だ。局中法度にも社内恋愛は禁止と付け加えておく!!」
と怒りで体を震わせていた。
しかし副長、そんな局中法度は自分の首を締めるだけです。
「あの酔っ払い女に惚れるなんぞ、とんだ物好きでさァ」
盗み聞きしていたのか、いつの間にか背後に現れる沖田隊長。
隊長、それはブーメランですよ。凄い勢いでブーメラン返ってきてますよ。
「……あいつが来る前に集合写真撮ったろ、あれ見せりゃいい」
「あー、ザキがモヒカンの頃の」
「あの頃は若かったんです!!」
思い出話もほどほどにして、
名前さんにも写真を見てもらったけどピンとくる人は居ないんだそう。ついでにモヒカン姿の俺を見て腹を抱えて笑っていた。
そして今日から俺は、副長命令で台所の張り込みをする事になった。
夜中に腹が減って冷蔵庫を漁りに行くくらいだ、余程食い意地の張った輩かもしくは集合写真には居ない部外者の可能性があると副長は読んだ。
真夜中の食堂の隅で来るか来ないかも分からない人を待ち続けるのって結構辛い。こう暗いと霊でも出そうで何だか背筋がゾクゾクする。
「ザキ」
「ヒイィ!!…って沖田隊長!真夜中に背後から声かけんでください!」
「なんでィ、もしかしてチビったのか」
「チビってません!ていうか早く寝ないと明日に響きますよ」
「大丈夫でィ、俺はまだ若いからな」
さいですか。ちなみにチビってないって言ったけど本当は若干チビった。
「沖田隊長もやっぱり気になるんですね」
「なんの事だかさっぱり分かんねェな。小腹が空いただけでィ」
「またまた…」
「しっ……!誰か来た」
呼吸を抑えてじっと息を殺す。
足音と布の擦れる音が聞こえる。足音からして歩幅は狭く小柄な人物だと見た。
「なんか眠れないからビール飲もーっと」
現れたのは名前さんだった。
ふんふんと鼻で歌いながら冷蔵庫を漁り、ビールを取り出せばカシュッと缶を開ける良い音がする。
こちらには気づいていない様子だ。
いや何やってんだアンタ!と突っ込みたいが突っ込めない。
「ぷはーっ!……あれっ、あなたこの間の」
他に誰か来たようだが暗すぎて姿が見えない。
告白してきた輩だろうか。おかしいな、気配は全く感じなかった。
「そうだ!この前の返事、今良いですか?」
「あ、また腹ぺこですか?ふふ」
「少し座って待っていてくださいね、今作りますので」
沖田隊長と目が合う、怪訝な顔をして首を傾げた。
きっと同じことを思っているんだろう。先程から名前さんの声しか聞こえないのだ。真夜中のしんとした台所で一人で話している。
「あ、あの名前さん?酔ってる?」
「ひゃ!山崎さん!?いつからそこに」
思わず出ていってしまった。
突っ込みざるを得なかったのだ。辺りを見渡すもやはり誰か居るようには見えない。
「一体誰と話してるんでィ」
「総悟まで!?誰とって、そこに座ってるでしょ。この人が私の事をす、すす、好きだって」
彼女は手のひらを上に向けて、ここに居ると指し示すも、俺達にはただの椅子にしか見えない。そこに誰が座っているんだ…?
「……幻覚でも見てんのか?誰も居ねェよ。飲みすぎだ、はよ寝ろィ」
「名前さん一体ビール何本飲んだの!?」
「え、まだ今日はこの一本しか飲んでないし、二人こそ何言ってんの?」
「「え?」」
冗談を言ってる様には見えなかった。酔っ払っている様にも見えなかった。彼女はとても真剣だった。
「……え、あなた幽霊だったんですか?」
「奥さんが作った丸焦げの卵焼きを食べて死んだ?……それはお気の毒でしたね」
俺達には見えない誰かとまた話している。
どうやら卵焼きに未練があり成仏出来ずに彷徨っていたんだそうだ。もう一度名前さんの卵焼きを食べられれば成仏出来そうだと言っているらしい。
「なるほど、卵にタマ持ってかれたってことかィ。もっと美味い卵焼きを作る女をしってるぜィ。近藤さんの想い人だが」
「沖田隊長、それじゃ成仏するどころかまた昇天しちゃいますよ。もう美味しい卵焼きで成仏させてあげましょうよ……」
まあ私の卵焼きなんかで良いのならいくらでも作りますよ、と冷蔵庫から卵を取り出し片手で器用に割る。
カッカッカッと卵をかき混ぜる音が何だか心地よい。
暫くすると卵の焼けた良い匂いが漂ってきて、夜中だってのに思わず腹が鳴ってしまう。
「はいっ!できあがりました!」
五等分に切られた卵焼きの一切れがふと消える。
名前さんは卵焼きの霊が座っているあたりを見つめ、優しく微笑んだ。
「……私なんかに告白して頂いてありがとうございました。嬉しかったです。けどごめんなさい、私には大事な人がたくさん居てて今は一人になんて絞れません」
彼女はそう言って深く頭を下げた。
卵焼きはもう一切れ消えた。さよなら、と彼女は小さく呟いた。
「卵焼きの人、消えちゃった」
「あーあ、三切れも卵焼き残してらァ」
「三人で一切れずつ食べよっか」
卵焼きを一切れ口に含むとじゅわっと出汁が広がる。
真ん中の辺りの半熟具合が堪らない。確かにこれは成仏しそうな程に美味しかった。
「あ、山崎さんも成仏しかけてますよ!身体が半透明になってます!!」
「ええっ!?!?」
「嘘です」
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