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年末、忘年会シーズン。
酔っ払いの喧嘩やら事件やらで隊士の皆も忙しいらしく、クリスマスパーティの後からしばらく皆とゆっくり話せていない。
女中の仕事も大忙し。
広い屯所の隅から隅まで掃除して、正月はスーパーも休業だからいつも以上に買い出しに行ったりして身体がバキバキで疲労が溜まっていた。
「名前ちゃんー、掃除は置いといて買い出し頼まれてくれる?用意しておいたこんにゃくの数が減ってるのよ」
一番古い女中の芳江さんは最近膝を痛めているらしい。
真冬の寒さでやられてしまったのかもしれない。他にも何人か女中さんは居るけども、誰も買い出しは行きたがらず、そんな時は一番下っ端の私が率先して行かなくてはいけない。
「それは大変!買ってきますね!」
雪の中せっせとスーパーに向かってる途中、通りがかったパチンコ屋から銀髪のもじゃもじゃが出てきた。
いつにも増して間抜け面だった。
「お、名前じゃねェか。……なんか見ない間に老けた?」
「コラ、レディーに老けたなんて言うんじゃありません。銀さんはパチンコ負けたの?」
「分かっちゃった?ボロ負けだわ。ったく、年末だってのによォ」
年末ジャンボでも当たらねェかなとマフラーに顔を埋めながら白いため息を吐いた。
このあと時間があれば甘味屋で温かいおしるこでも奢ってあげたかったけど……
「ごめんね、ゆっくりお話したかったけど私急いでこんにゃく買って帰らないとなの。最近よく消えるらしいんだ、こんにゃく」
「それってゴリラが良からぬことに使ってるんじゃねーの」
「こんにゃくなんて何に使うの」
「そりゃあ穴開けてヌルヌルにして……」
「おえー」
ほんの数分だけど歩きながら話をして、また今度飲みに行く約束をして別れた。
帰り道に携帯が鳴った。家出中に少しお世話になったキャバクラのオーナーからの連絡で、繁忙期に女の子が一人辞めてしまい困っているので手伝って欲しいと言う内容だった。
正直夜寝ないといつ休むんだと思うがお世話になったので断れず、少しだけ手伝うことにした。
***
女中の仕事とキャバクラの掛け持ち三日目。
忘年会の二次会や三次会とかで来る客が増えていて、現場は毎日てんてこ舞いだった。
睡眠時間はほぼ無い。エナジードリンクやコーヒーでカフェイン摂取して誤魔化してきたが中々にキツい。
寝不足だからか悪酔いしやすく少量の酒でも辛かった。
「……ちゃん、名前ちゃん聞いてるう!?」
ほんの一瞬だけ意識が飛んでいた。
お客さんに名前を呼ばれハッとする。あー危ない。店の照明が暗めなのもあって寝るところだった。
「ごめんなさい。少し酔っちゃったかもー」
「名前ちゃんってば!そんなんじゃドンペリおろせないぞー?」
「もう、そんな意地悪しないでよお。ちょっと御手洗行ってくるね」
目を覚まそうと思い席を立った瞬間、目が回る。あ、やばいかも飲みすぎた?
「おっと、」
体のバランスを崩し、倒れた先には何やら人がいて胸板に飛び込むような形になった。慌てて顔をあげるととても見知った人が居た。
「ご、ごめんなさい!……って、銀さん」
「おー、名前じゃねーか」
「何してんの」
「お前こそ何してんだよ」
「ちょっとお手伝いを……」
厚い胸板から離れようとすると大きな手で手首を掴まれる。
顔をまじまじと見つめられて最近おデコに出来たニキビだったり、シミがバレるのでは無いかとヒヤヒヤした。店内が暗くて良かったと心底そう思った。
「お前、疲れてんだろ」
「へ……」
「ここのオーナーと知り合いでよ、いつでもタダ酒飲ませてくれるって言うから来たんだが……銀さんが指名してやっから、そこ座んな」
そう言って銀さんはオーナーに話してくると行ってしまった。
ぽつんと空いた席に座っていると銀さんが戻ってきて、店に入るまでは巻いていたであろう赤いマフラーを私の首に巻いた。
銀さんの匂いが鼻腔をくすぐる。
「お前、ちゃんと寝てんのか?」
「大丈夫大丈夫!ちょっと飲みすぎちゃって!」
「なーにが大丈夫だ、クマができてんだよ。今日は俺がお前のこと貸し切ったから、せめてここでゆっくりしとけ」
ほら、銀さんの膝貸してやっからよ。寝な?と膝をポンポンと叩く。
どうして銀さんは、いつも気づいてくれるのだろうか。
「……じゃお言葉に甘えて、膝借りるね」
「おー、名前の寝顔を酒のあてにすらぁ」
「ふふ」
銀さんの膝に頭を預けると、自分で思ってる以上に疲れていたのかすぐに眠ってしまった。
「……い!おい!起きろ名前!おーーーい!」
「んー、まだねむい……」
何時間眠っていただろうか、もう殆どオーナーや男性スタッフしかおらず閉店後の店内を掃除していた。
「銀さんもう帰っからマフラー返してくんね」
「やだ……返したくない」
はっ、しまった。
思わず本音をポロッと出してしまっていた。だって銀さんの匂いがして何だか落ち着くんだもの。
「……ならそれやる。銀さんだと思って大事に首に巻いてろ」
ポンポンと頭を撫でて帰っていく銀さんの背中が見えなくなった途端に恥ずかしくなってしまい、マフラーに顔を埋めて悶え苦しんだ。
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