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「テレレレッテレー!けいたいでんわー!」


某猫型ロボットがポケットから便利な道具を取り出したときのような、そんなしゃがれた声で近藤さんは二つ折りの携帯電話を私に手渡した。


「携帯?」

「名前ちゃんにも携帯を渡しておこうと思ってな!」


携帯、昔キャバ嬢してた頃は営業メール用に持っていたけど、辞めてから使う頻度も減って解約したんだよね。懐かしいなあ、と思いながらパカパカと開いたり閉じたりを繰り返す。


「近藤さん、ありがとうございます。でも大体いつも屯所に居るからあまり使わないかもしれません」

「まあまあ、前みたいに何かあったときにすぐに連絡できるだろう?」

「ま、まあ……そうですけど」

「とりあえず何かあったらすぐに俺やトシに連絡するんだぞ!連絡先も登録してあるから!エッチなサイトは見ちゃダメだからね!」

「いや近藤さんじゃないんだから見ませんよ」


携帯の電話帳を開けば近藤さんの言った通り、二人の電話番号やアドレスが入っていた。
適当にボタンを押していると発信中と画面に表示され、慌てて切ろうとしているうちに土方さんが電話に出た。


『どうした?』  


電話越しの土方さんの声は、少し雰囲気が違っててなんか照れる。こんないい声してたっけ。いつも直接顔を見て話すから声なんてそこまで気にしてなかったのかも。


「え、えっと!」

『何かあったか?』


間違えて電話掛けちゃっただけなんだけどな。どうしようどうしようと頭の中でぐるぐる考えて思いついたのが、


「……あ、今日の夕飯は何がいいですか?」

『なんだよ急に』

「何もリクエストが無ければ宇治金時丼にしますが!」

『それだけは辞めろ。あーじゃあ肉じゃが、とか』

「肉じゃがですね、わかりました。楽しみにしててください!」

『お、おう、』

「じゃあ、この後もお仕事頑張ってくださいね」


そんなやり取りを終えて電話を切る。
ふと視線を感じたので目をやると、近藤さんが鼻の下を伸ばして指を咥えて見ていた。すごい、本物のゴリラだ。


「いいなあ、トシ……」

「何がですか」

「なんか新婚さんみたいなやり取りだった……いいなあいいなあ」

「は、はあ!?」


ぼうっと顔が熱くなる。そう言われると確かになんだかそんなやり取りだったけども!決して私と土方さんは!そういう関係では!ない!あー、熱い!


「俺もお妙さんとそういうのやりたいいぃ」

「やめといたほうがいいのでは」

「お妙さんに今日の夕飯は何がいいですかって聞きたいぃい」


いや、そっちかよ。突っ込む暇もなく近藤さんは「お妙さんに電話番号聞いてくる!」と走り去ってしまった。お妙ちゃんがすんなり連絡先を教えてくれるとは思えないけど、頑張って近藤さん。


それから私は買い出しついでに連絡先の登録数を増やそうと万事屋に出向いたのだけれど……


「おいおい、それ神楽には見せるんじゃねーぞ。子どもはそういうの欲しがるとしつけーんだよ。前も携帯拾った時知らねえおっさんとメル友になったとかで色々あったんだよなァ」


神楽がもうすぐ帰ってくるからと玄関先で追い返されてしまった。冷たくない?
まあ何か用事があれば直接出向くし、いつぞや貰った名刺に電話番号書いてあった気がしなくもない。けど、電話番号くらい教えてくれたっていいじゃないか。

むくれながらもスーパーに行き、肉じゃがの材料やら色々調達し屯所に戻った。
食堂に向かう途中、縁側でサボっていた総悟にばったり会ってしまうイベント発生。


「今日の晩何」

「メインは肉じゃが」

「あっそ」


晩ご飯だけ聞いておいてアイマスクを目の位置まで下げ昼寝再開。
中高生の息子と母親のやり取りか!ちょっとは母ちゃんの苦労を考えなさーい!!!

携帯のことは総悟にはまだ黙っておこう。なんとなくまた弱みを握られそうな気がしたのだ。まあ聞かれたらちゃんと答えるけど自分からは言わない。



そして夕方、肉じゃがやその他おかずを作り終えた頃に携帯の着信音が鳴り、ディスプレイには土方十四郎と表示されていたので急いで電話に出た。


「はっはい、名前です」

『悪い、夕飯の時間に帰られそうにない』

「立て込んでるんですか?」

『ああ。リクエストしておいてすまねえ』

「私の肉じゃが食べずに死ぬなんて、死んでも死にきれませんね」

『いや勝手に殺すんじゃねェ!』

「ふふ、まあ大丈夫ですよ。ちゃんと土方さんの分も置いておきますから」


なんか不思議。携帯持つ前はこんなやり取りすることも無かったのに、いつでも電話やメールが出来るってホッとするもんなんだなあ。

私は電話を切ったあと、携帯のカメラで肉じゃがの写真を撮り、"早く帰ってこないと私が食べちゃいますからね!"とメッセージを添えて、土方さんに送った。
その後返事はなく、余程立て込んでいたのかその晩は土方さんと顔を合わすことはなかった。




***




「おい起きろ、何時だと思ってんだ」

「……うーん、あと5分…」

「起きろってんだ!!」


勢いよく布団を剥がれ、肌寒さでダンゴムシのように丸まった。
手だけ伸ばして枕元に置いてあるいつぞや山崎さんに選んでもらったメガネをかけると、ぼやけた視界はクリアになる。そこには鬼の形相の土方さんが居た。


「あ、土方さん、おはようございます」

「おはようございますじゃねェ!ったくいつまで寝てんだ!早く起きて支度しやがれ」


そう言って土方さんはピシャリと戸を閉めて部屋を出ていった。
大きな欠伸をしてまだ起き上がれずにうだうだしていると、携帯のランプがチカチカと点滅していることに気づく。
確認すると一通のメール。差出人はさっきまでカンカンに怒っていた人で、本文には"美味かった"と。


「ふふ、直接言えばいいのに」


たった5文字。
たったの5文字なのに、私はたまらなく嬉しくなってそのメールを保護しておいた。


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