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秋風が心地良い季節になりました。
秋刀魚をつつきながらクイッと日本酒でも飲みたいなあ、なんて。

しかし唯一の飲み友達であった銀さんと、あれから会っていないのです。気まずいっていうか、どんな顔して会えばいいのかわからずにいる。

買い出しに行く途中、数分ほどずっと万事屋の前の通りを行ったり来たりしながら会う口実を考えていた。
周りに不審者だと思われてないだろうか。


「……名前さん?」


振り返ると、スーパーの袋を持った新八くんがそこに居た。袋からは長ネギが顔を出していて買い物帰りだと一目見て分かった。


「新八くん」

「お久しぶりですね。今日はお休みなんですか?」

「いやー、これから私も買い出しに行くところなんだけど」

「もしお時間あればお茶でも飲んでいきません?」

「えーっと」


煮え切らない返事をしながら目を逸らす。
ここに何しに来たんだ私は。銀さんに会いたいと思って来たはずなのにウジウジしてる自分に腹を立たせていると、突然新八くんが大きな声をあげた。


「あ、あー!!!」

「ど、どうした新八くん」

「僕、お豆腐買ってくるの忘れちゃったみたいで、急いで買って帰るので名前さんこれ宜しくお願いします!」

「え、ちょ、あの」


長ネギが突き出てる買い物袋を押し付けられ、走ってく新八くんの背中を呆然と見ていた。あんなに慌てなくてもお豆腐は逃げないよ……?

袋の中を確認するとアイスも入ってるし急いで冷凍庫に入れないとだよね。階段を上がり玄関の前でゴクリと生唾を飲み、万事屋の戸を開く。


「ぱっつぁーん、いちご牛乳買ってきてくれたー?」


銀さんの声がする。ソファーでジャンプを読んでいて、新八くんではなく私が入ってきたことに気づいてないようだった。

あまり音を立てないようにそっと近づき、袋からいちご牛乳を取り出しジャンプに夢中な銀さんのお腹にそれを置いた。


「おう、ありがとな……って、名前」

「……下で新八くんに会ってさー、お豆腐忘れたとかなんとかで荷物渡されて」

「そうか」


銀さんはまたジャンプに視線を戻した。
ちぇ、もうちょっと何か言ってくれてもいいんじゃないの。心の中でぶつくさ言いながら、袋から取り出した食品を冷蔵庫に入れていく。

お豆腐、ちゃんと入ってるじゃん新八くん。気を遣ってくれたのかな。
はー、ダメだな。素直になると決めたじゃないか。
袋の中の食材を全て冷蔵庫に仕舞い、銀さんの向かいのソファーに腰掛ける。


「銀さん、」

「んー」

「この前はありがとう、背中押してくれて」

「背中なんざ押してねェよ。拾った犬を飼い主の元に返しに行っただけだっつーの」


ジャンプから目を離さずに銀さんはそう言った。思わずふふっと笑ってしまう。銀さんのそういうところが私は結構好き。


「あ、そうだ。犬で思い出したんだけど、この首輪外して欲しいんだよね」


首輪をつけられて数日は慣れずに違和感しか無かったが、もうそれは体の一部のように馴染んでいて忘れかけていた。


「うわ、SMプレイでもしてんのお前」

「ち、ちがうわ!」

「どうせあの沖田くんにでも着けられたんだろ?もうそういう関係?」

「ちがーう!!」

「あーあ、南京錠なんか付けちゃって、こんなの簡単には取れねェぞ?」


そう言って銀さんが首輪にそっと触れた時、首に指が少し掠っただけなのに私の体はビクッと震える。


「……ひっ! 」

「え、何」

「な、なにも!」


ふーん、と言いながら銀さんは首輪をまじまじと見てるし、顔近いし、くすぐったいし。

首なんてあまり触られたこと無かったから分からなかったけど、この前からくすぐったくて仕方がない。


「お前、さっきから何クネクネしてんの」

「クッ、クネクネしてんのは銀さんの頭でしょうが!」

「何だとォ!?天パ舐めてっとまじ痛い目に合うかっな!?」


顔が近いのに大きな声を出さないでほしい。唾飛んでくるんですけど。


「……お前さ、」

「なに?……ひゃあ!」


首につーっと指を滑らされ、油断していた私は変な声を出してしまう。恥ずかしくて顔から火がでそう。熱い。


「やっぱ首弱ェんだろ」

「ち、ちが!」

「違うならこんな反応しねーよな」

「ひーっ!やめて!くすぐったい!」


鎖骨あたりから耳元へ、下から上へと優しく擽るように指先で撫でられる。鳥肌が立って全身の毛穴がパッカーと開きまくってる。気持ちがいいのか、それとも悪いのか、自分でも分からない。


「……なんてな」

「はあ、死ぬかと思った」

「迎え、来てんぞ」


銀さんの指が差してるほうへと視線をやると、総悟が立っていた。一気に背筋に恐ろしい戦慄が走り青ざめる。いつから見ていたんだろうか。


「おいおい、こりゃとんだバカ犬だ。自分のハウスも忘れちまったか?」

「ぐえっ」


後ろから首輪を引っ張られカエルの鳴き声のような声が出る。いやまじ首絞まるから、死ぬから。


「旦那ァ、うちの犬に勝手に餌とか与えないでくだせェよ」

「首撫でてやったら気持ちよさそうにしてたからな、猫みたいに」

「こいつを猫に例えるのは可愛すぎやす。例えるなら豚とかゴリラにしてやってくだせェ」

「総悟、それ悪口」


結局その日は首輪を外してもらうことは出来ず、総悟はその日一日機嫌が悪く、買い出しに付き合ってはくれたものの、着いてくるだけで荷物持ってくれたりだとかそういうのは一切無かった。一体何しに来たんだか。

今日は秋刀魚を焼こう。


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