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このタバコを吸い終わったら話を切り出そう、そう決意してもう何本目だろうか。万事屋の野郎が帰ってから、息が詰まるような沈黙が続いていた。
気まずそうに俯く名前に、何て声をかければいいのか分からない。恐らくこいつもそう思っているのだろう。
最後の一本もそろそろ吸い終わる。先延ばしにするのはもうやめにして、灰皿に先端を押し付け火を消し軽く深呼吸をして声を絞り出した。
「「あ、」」
被ったァァァ!!!
なんでこのタイミングで被んだよ!余計気まずいわ!!!!
「ごめんなさい、土方さんがタバコ吸い終わったら話そうと思ってたんですけど……被っちゃいましたね」
へへっと困ったように笑うと、名前はそのまま話を続けた。
「……私、本当に一人暮らし始めようと思ってて。けど、このままお別れするのは嫌だったし、一度きちんと話し合わないとって思ってたんですけどなかなか勇気が出なくて。
でも銀さんに強引に連れられて良かったのかも」
今までに聞いたことの無いくらい早口でそう話した。チクリと心が傷む。何やってんだ俺は、情けねェ。
万事屋は逃げんな、とこいつに言い残して帰ってったが、あれは俺に対しても言ってるように感じた。俺も逃げていた。あの朝、逃げるあいつを引き止めることも、追いかけることも出来なかったヘタレなのだ。ヘタレはもうやめだ。
「……あー、今女中不足で困ってんだ」
やっとのことで絞り出した第一声がこれだった。
「え?」
「……女中経験者なら即採用だ。バカでも酒飲みでも、」
「……」
「しかも住み込みだ」
「……」
「どうだ、その、また、働いてみねェか」
なんで俺ァ素直に戻ってこいの一言も言えねェんだと、狂ったように頭を掻きむしりたい衝動に駆られた。
「嫌です」
名前の予想外の返事で呆気にとられる。
「……あ?」
「言ってください、ちゃんと。」
「ハァ!?」
名前は立ち上がり俺の隣まで来て座り直した。丸くて吸い込まれそうな目がじっとこちらを見ている。
「……」
「早く」
「……ま、まあ、その、戻って、こい」
自分でも思った以上の情けない声に顔が熱くなる。思わず目を逸らすと、隣から大きなため息が聞こえた。
「……まあ、それでいいです」
「なんで上から目線なんだよッ!」
「……私も、ごめんなさい。ずっと、銀さんの言うとおり逃げてたんです。怖かったんです」
俺の肩にこつんと額を預け、次は小さくため息をついた。
何をどうしたらいいのか分からず、目の前にある旋毛をじっと見つめていた。
「本当は、戻って来たかった。土方さんの戻ってこいが欲しかった。私なかなか素直になれないから土方さんに迎えに来て欲しかったんです」
「………すまなかった」
名前の声は微かに震えていて、片方の手を頭後ろに添えてポンポンと軽く叩くと鼻をすする音がした。
「泣いてんのか?」
「泣いてないです」
「そうか」
暫くそのままで居るとすうすうと寝息が聞こえてきた。頭は変わらず俺の肩に乗っているので動けないでいると、戸の向こうから気配を感じる。
「山崎、静かに入ってこい」
そっと音を立てないように戸を開けて入ってくる山崎。名前の寝顔を見るなりホッとしたような表情を浮かべた。こいつも心配してたんだな。
「このバカ部屋に運ぶぞ」
「はい!副長!!!」
「バッ!!!静かにっつってんだろォ!!!」
「しーっ!副長のがうるさいですよ!」
結構うるさくしてしまったにも関わらず、軽いいびきをかいて間抜け面で寝ている名前を見て山崎と静かに笑った。
おかえり。
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