45
「うーん、薄い」
病院食は薄いだの美味しくないだの聞いていたが、本当に薄めの味付けがしてある。
少し物足りなさを感じ、売店で買った塩を振りかけては口に運ぶ。咀嚼して飲み込めば次はため息が出る。
入院してから時間を持て余しすぎて余計なことを考えてしまう。この前の事と、これからの事。
私また真選組に帰ってもいいのだろうか。
ほとんど病室に篭もりっきりってのもあるのかネガティブ思考になってしまう、よくないよくない。
「名前さーん、診察の時間ですよー」
という声と同時にカーテンが開いたと思えば、白衣の銀さんがいて一瞬思考が停止した。
まっ、眩しい!上から下まで真っ白だ!
「なにしてんの」
「お医者さんごっこ?やっぱ男の夢っつーか。とりあえず心音聞くから脱いでくんね?」
「馬鹿なの?……ぷっ」
この歳になってお医者さんごっこて。堪えきれず笑ってしまう。さっきまで考えてたことが一気にどうでもよくなる。
「あ、これ差し入れな」
片手に持っているのは一升瓶。
お登勢さんのところからパクってきたとかなんとか言ってるけど、病人にお酒差し入れってどうなの。
「私禁酒を命じられてるんだけど」
「オメーが禁酒なんてするタマかよ。飲め飲め」
そう言って、病室に置いてあったグラスにドボドボと日本酒を注いで渡される。
そういうことされると我慢出来なくなっちゃうんだよなあ。少しだけ、いいかな。
「ほれ、乾杯」
チンと音を鳴らして一口。
あ、これ良い酒だ、すごいフルーティで飲みやすい。
「美味しい!!」
「一応高い酒だとよ」
「飲みやすいからガバガバ飲めちゃうよ!」
はーっ、こんな美味しいお酒はいつぶりだろうか。
銀さんにはまた借りができてしまった。退院したら何か甘いものでもご馳走様しよう。
そんなことを考えていたら、ちょっと酔ってきたのかいつもよりもトロンとした目の銀さんは窓の外を眺めながらボソッと呟いた。
「……お前の浴衣姿が見てぇ」
「はいぃ?唐突に何!?」
「明日祭りあんじゃん?」
「えっ!お祭りあるの!?行きたい!」
お祭りがあるなんて知らなかった。
お祭りといえば焼きそばにたこ焼きにイカ焼きに冷やしきゅうりに……ビールが飲みたくなる屋台がズラっと並んでいる。
江戸に来てから初のお祭りなのに、きっと私はこの病室で過ごすことになるんだろうと思うと憂鬱な気分になる。
「行くか?」
「え、でも私入院中だし土方さん達に怒られそう」
「そんなの銀さんがどうにかしてやらぁ」
なんだろう、銀さんがそう言うと本当にどうにかしてくれるような、そんな気がしてしまう。
けどもう心配かけられないし、一応許可は取らないとね。そんな事を考えていたらまたカーテンが勢いよく開く。
タイミングが良いのか悪いのか、さすがの私でも顔が引き攣るくらい鬼のような形相の男が立っていた。
「……テメー」
「ひっ、土方さん!いつから……?」
瞳孔が開いてるし右手に持っているタバコの箱が潰れるくらいに手に力が入っている。
まじで怖い。逃げたい。
「禁酒しろって言ったよな?」
「はい……」
「心配かけるなって言ったよな?」
「……はい、ごめんなさい」
「あのー、土方くん?酒飲ませたのは俺だからさ?そんな怒らないでやって?」
銀さんが仲裁に入っても、まるで聞こえてないかのように私だけを真っ直ぐ見てこう言った。
「自分の身体も大切に出来ねェ奴はいくら女中であっても、真選組には要らねェ。祭りだろうがなんだろうがもう好きにしろ」
要らねェ、この言葉で思考が停止して何も言えなくなり固まっていると、土方さんはさっさと病室から出ていってしまった。
「おい、お前追いかけなくていいの?」
「ちょっと待って今思考停止してる」
確かに身投げしたり、入院中にもかかわらず飲酒したりと自分の身体を大事に出来ていないけども……
そんなに怒ること!?
「私女中クビなのかなあ」
「さあな、テメーで確かめろよ」
「嫌だ!もう帰らない!家出する!」
「……ガキかっての」
銀さんの言う通りガキなのかもしれない。
私は真選組の皆に、土方さんに、甘ったれていた。それに、私が真選組に居たら多分また迷惑かけてしまうだろうと、辞めることは視野に入れていたし丁度良かったのかもしれない。
けど自分から言うのと言われるのは全然違った。
「はー、しゃあねえな。残った酒は万事屋に置いておくからよ、退院したら万事屋に来ればいい。だからそんな顔すんな」
「私はもう人に甘えて生きていかないと決めたの!!!ダンボールに住むの!!マダオになるの!」
「……今新八が家の道場のことで忙しいからよ、家事してくれるやつ募集中なんだよ。神楽も卵かけご飯しか作れねーしよ。ちゃんとした飯が食いてえ」
「…………」
ぐぬぬ……銀さんのそういうところ、ずるい。
そんな言い方されると断れない。
「また明日来るから」
「わ、私明日はお祭りやめとくから!」
「わかったよ。けど来るから待ってろ」
銀さんは大きな手で私の頭を軽くポンポンし、また一升瓶片手に病室を出た。本当はまだ一緒に居てほしかった。
一人になった途端、寂しさで胸が苦しくなる。
毎日真選組の誰かが来てくれていたけど、明日は誰も来てくれないかもしれない。
けど明日は銀さんが来てくれる、自分にそう言い聞かせて横になると、アルコールが入ってたせいか5秒で眠りに落ちた。
[*prev] [next#]