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目が覚めると見知らぬ天井、消毒液の匂い、周りにはカーテンが引かれている。脇机には林檎が入ったカゴや、花瓶に飾られた花。
ああ、ここは病院だと寝惚けた頭でも理解出来た。
まあ3階から落ちたくらいで死ぬとは思っていなかったし、骨折ってとこだろうか。しかし手も足も動く。
ベッドから出て、どこが折れたのかと色々動かしてると、カーテンが開いた。
「……何踊ってんだ」
「あ、土方さん。おはようございます」
「元気そうだな。丸二日寝てたとは思えねェ」
「えっ!?丸二日!?」
そんなに眠っていたとは。
土方さんはベッドの横にある椅子に腰掛けると、懐からタバコを取り出そうとし、ここ病院ですよと言うとハッとして手を止めた。
「……ったく、オメーは人騒がせな女中だな」
「あの、近藤さんは?」
「無事だ。お前のこと心配してる」
無事で良かったと、ホッと胸をなで下ろす。
土方さんの話によると、飛び降りた私を近藤さんが受け止めようとするも間に合わず、私は頭を強く打って入院することになったと言う。
頭を触ると包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「もうあんな真似するんじゃねえぞ」
土方さんは大きな大きなため息を吐いてからそう言った。
「ごめんなさい、みんなに迷惑かけて……」
「屯所なんかお通夜状態だぞ。もう目覚めないんじゃねェかって」
「はは、私の遺影は超美人に修正しといてくださいね」
「縁起でもねェこと言ってんじゃねェ。打ちどころが悪かったら本当に死んでたかも知れねェんだぞ!」
「でもああするしかなかったし」
「アホ。既に屋上に別働隊を向かわせてたんだよ」
「え!じゃあ私飛び降り損じゃないですか!!」
「テメーが勝手に飛び降りたんだろーが!まあ無事で良かったけどよ、とりあえず暫く入院だからな。酒も禁止」
「そんなあ……」
飲酒禁止命令に項垂れていると、外でタバコ吸ってくる、と土方さんは病室を出た。
私、真選組のお荷物じゃないだろうか。
迷惑しかかけていない。
そんな自分が情けなくて目の奥がジンと熱くなる。
暫くしてカーテンの前に人影ができ、急いで涙を拭いているとゆっくりとカーテンが開いた。
「……総悟」
「目が覚めたって土方さんから聞いた」
「ごめんなさい、迷惑かけて」
総悟はカーテンを閉めると、さっきの土方さんとは違って椅子ではなくベッドに腰掛け、何も話さずにじっと私の顔を見てきて、大きな瞳に吸い込まれそうになる。
「な、なに」
「……あんまり心配かけるんじゃねェ」
そう言ってそっぽ向く総悟が可愛くて仕方なかった。あの総悟が心配してくれてるなんて。
「ありがとうね」
「……もう目を覚まさないかと思った。姉上みたいに顔色悪くなっちまって、冷たくて」
いつもは逞しい背中がなんだか弱々しく見えた。
総悟の姉上になるとか言っておいて、こんなに心配かけて、本当にダメだ私。
「……総悟、ごめんね」
「もうあんな思いするのは御免こうむるぜ……」
そう言って手を握られ指を絡められる。
びっくりして顔を上げると、睫毛の生え際が見えるくらいに総悟の顔が近い。え無理無理、私二日も寝てて顔もギトギトだし口も多分臭い。じっと見つめられて体は動かなくなってしまう。
あと数センチで触れてしまう。
あと数ミリで……
「名前さーん、検査の時間ですよー!」
カーテンが勢いよく開き、反射的にお互い距離を取る。
びびび、びっくりした!!!
けど看護師さんが来てくれて、胸をなで下ろしてる自分がいた。
あのままじゃきっと。
「あれ、顔赤いですね。体温測りましょうか」
看護師さん、違うんです。
顔が赤いのはあの男のせいなんです。そんなことを言えるはずもなく。
「じゃあ俺ァ帰るんで」
「あっ!ありがとね!」
総悟は目も合わせず手をひらひらさせて病室を出た。さっきの弱々しく見えた背中は、いつもの逞しい背中に戻っていた。
「じゃあ次心音聞きますねー」
「あっ、今はダメです!!!」
今聞かれたらきっとバレてしまうだろう。
心臓が破裂しそうなくらいドキドキしてることに。
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