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「名前ちゃん、買い出しお願いね。」


今日はマガジンとマヨネーズ。これ土方さんの買い物だよね……自分で行けばいいのでは?と思いつつも重い腰を上げ屯所を出る。

この炎天下の中、買い出しに出かける私の気持ちも考えろってんだ。いやほんと暑い、干からびそう。

コンビニで立ち読みされてなさそうな綺麗なマガジンを購入し、次はスーパーへ。
なるべく日陰を歩くようにしていたら、いつのまにか普段通らないような路地裏に来ていた。

日の当たらないひんやりとした人気のないその場所が心地よく、少しだけ休憩することにした。

しばらくぼーっとしていると奥から真っ黒の猫がやってきて、喉をゴロゴロ鳴らしながら、私の足に自身の体を擦りつけてくる。……なんて可愛いんだ。


「ごめんね、食べ物持ってないんだあ」


しゃがんで猫に触れようとすると、怒った様子で背中の毛を逆立てて尻尾を何倍にも膨れ上がらせ、低い声で唸った。


「えっ、ごめんね!?怖かったかな?」


猫はそこでヴーッと唸りながらじっと睨みつけて動かなかった。びっくりさせてしまったのかと距離を取ろうと一歩後ろへと下がると何かにぶつかった。

振り向くとそこにはガラの悪い男が数人立っていた。
もしかしたら猫は私の後ろにいた男達に唸っていたのではないだろうか。


「す、すみません。あー、そろそろ戻らないとなー怒られちゃうなー」


わざとらしく踵を返そうとすると逃げ道を塞ぐように囲まれる。え、これやばいやつ?


「真選組の女中さんだよねェ?隊士達が入れ込んでる女って聞いたけど大した別嬪じゃねェなァ?」


男は私を舐めるように見たあとにそう言った。
前にもこんな事言われた気がする。すみませんね、大した別嬪でなくて。中の下で。

てかなんなのこの人たち。真選組がどうのって言ってたけど攘夷浪士とかいうやつ?


「あの、私真選組で働いてなんかないです。人違いです」

「あのなあ、俺達ァずっとアンタに隙ができるのを狙って見てたんだよ。なかなか人通りのない道歩かないから苦労したんだぜェ?」


ですよねー、やっぱこんな嘘通じないですよねー。
冷や汗がじっと肌にしみて、さっきまで暑かったのが嘘のよう。


「とりあえず来てもらおうか。お前には人質になってもらうからな」

「どうせならもっと可愛い子が良かったなあー」

「本当にこんな女を拉致ってアイツら動きますかね?」


なんだかとても失礼なことを言われているが、それどころじゃない。逃げなきゃ、逃げなきゃ。

じりじりと男達は寄ってきて、手がこちらへと伸び、私は思わず買ったばかりのマガジンを顔面めがけて投げた。ごめんなさい、土方さん。


「ってぇ…!!なにしやがんだブス!!!」

「とっとと捕らえろ!!」


逃げようとするもすぐに捕らわれる。
そうだ、私は足が速くないんだった。
鬼ごっこで鬼になってもなかなか追いつけず、ずっと走り回ってた幼少期を思い出す。半べそかきながら必死に追いかけてたっけな。

しかも相手は大人数、女の私が一人でどうこう出来るわけが無かった。

手を拘束され、首の後ろに衝撃が走り目の前が真っ暗になる。ああもうダメだ。








「ん…………」


目が覚めると、ギラギラと光る太陽が眩しくて何も見えなくて、ここは天国なのかと錯覚した。


「目ェ覚ましたかァ、これから真選組がお前のために駆けつけてくる。あいつらの目の前で殺してやっから安心しな」


え、私殺されるの?

辺りを見渡す限り、ここはどこかの屋上なんだろう。
拘束されたまま歩かされ、手すりのない屋上の端ギリギリに立たされる。
建物自体そんなに高くはなく、3階建てのビルとかだろう。落ちてもギリギリ死ななそうである。

しかし屋上で日に晒されてるからか、恐怖からなのかわからないが汗がひどい、喉も渇いた。このままじゃ殺される前に死にそう。


「……あの、なにか飲み物貰えないですか。」

「ア!?飲み物ォ!?」


ダメ元で聞いてみた。でもやっぱ飲み物なんて貰えないよね、人質だもんね。


「おい、お前なんか飲み物あるか?」

「いえ、さっき飲み干してしまって」

「ヤクルコならありやすが」

「おい、女ァ、ヤクルコでいいか」


お、意外と優しい?ヤクルコなんて余計喉渇きそうだけどこの際なんでもいいか。どうせ死ぬんだし。


「や、ヤクルコください!」

「おーし、じゃあ投げるから受け取れよォ」

「えっ、ちょ!」


うぉおおおい!!私拘束されてんだろうが!!
受け取れるかァ!!

無残にもヤクルコは下へ落ちて行き、落ちた衝撃で蓋が破れ中身が飛び散る。


「あー、なんか、スマン」

「元気だしなよ、またヤクルコ買ってあげるからさ」


肩をポンポンされ何故か励まされてる私。なんだこの状況。
そうこうしてるうちにパトカーのサイレンが聞こえ、真選組の車が到着し、車からぞろぞろと隊士達が出てくる。


「来たか真選組ィ!我々の要求は牢獄にいる攘夷浪士の釈放とお前達の解散だ。要求に答えられないのならこの女の命は無いぞ!!」


背後から男達に刀を向けられる。
あーあ、どうせ死ぬんなら貯金全部使っとくんだった。


「すみませーーーん!!!その子、女中じゃなくて!!!隊士が呼んだデリバリーヘルスの子なんですぅううう!!!解放してやってくださぁぁい!!」


………近藤さん、あとで地獄(ヘル)行き決定な。誰がデリヘル嬢じゃ。


「女中でもデリヘル嬢でも何でもいい。どっちにしろお前らは絶対見殺しに出来ないはずだ」


確かにその通りだと思う。私が女中じゃなくて全く真選組と接点のないただの村人Aだとしても、この人達は命かけて助けてくれる。
そういう人達なんだ、真選組は。


「今、目の前で近藤勲を斬ればこの女は解放してやろう」

「なッ……」

「10秒以内に斬れ。出来ないのなら10数え終わったと同時にこの女を斬る。10、9……」


そんなの出来るわけない。近藤さんが皆にとって、大事な大事な大将だってことは共に生活をしていて痛いくらいに分かった。
私だっていつもゴリラゴリラ言ってはいるけど、近藤さんの笑顔にたくさん助けられてきたし、尊敬している。


「いいぞ、お前ら来い!斬れ!」

「っ近藤さん!何言ってるんですか!!」

「俺は、俺らは、命かけてでも守らなきゃいけねェもんがあんだよ。さあ、お前らかかってきやがれェ!!」


なんでこういうときはかっこいいの。
でもね、近藤さんがいない真選組なんてダメだよ。

今私に出来ること、一つしか思いつかないけどやるしかない。


「4、3……」


もう時間はない。考えてる暇もない。
私は体を前へと倒し急降下する。3階だしきっと死にはしない、ちょいと怪我するくらいだ。大丈夫。
後ろの浪士達が何か叫んでいるが聞き取れない。
さっき落ちたヤクルコとアスファルトが近づいてきて私はぎゅっと目を閉じた。


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