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その日の彼女は顔つきが違った。
いつもニコニコしている彼女は、今日はやたらと眉間にシワを寄せ、不機嫌そうに歩いていた。こんな彼女を見るのは初めてで驚いた。

目が合ったと思うと、こちらへズカズカと寄ってきて鼻と鼻がくっついてしまうくらいに顔を近づけてきた。


「ちょっ、名前さんんん!?近いんだけど!」

「……その声は山崎さん?」

「うん?山崎ですが。てか近い!」

「あー、ごめんなさい。朝からコンタクト失くしちゃって丁度予備もなくて……もう皆モザイクかかったゴキブリにしか見えないんです、黒いから。その辺ゴキブリだらけなんです」

「そんなに目悪いんなら眼鏡とかないの?」

「眼鏡は前に住んでた家に置いてきちゃったみたいで……うっかりしてました」


なるほどな、だからこんなに近いのか。
こう話してる今も顔が近いし怖い。傍から見ると、名前さんが俺にメンチ切ってるような絵面だと思う。
ヤンチャだった昔の自分を思い出してしまって恥ずかしくなった。


「とりあえず今日はこのまま仕事します」

「えっ!?大丈夫なの!?仕事できるの!?」

「色や形で判別するからへーきへーき!」


本当に大丈夫なのだろうか。
名前さんはそのまま食堂へ向かおうとするので、心配で付き添った。


「名前ちゃん!おはよう!!」

「近藤さん?おはようございます」

「ヒ、ヒィイイ!トシ!今日の名前ちゃんなんかめっちゃ怖い!助けて!!」

「あ、こんな所にゴキブリが」

「イテッ!!ヤメテ!スリッパで叩かないで!!」


ちょっと!色と形で判別出来るんじゃなかったのォ!?
さっそく局長をゴキブリだと思ってスリッパで往復ビンタしてるけどォ!?


「名前さん!それ局長ォ!ゴキブリじゃなくて局長ォ!!」

「あっ、ごめんなさい」

「そっちは沖田隊長ォォ!!」

「何でィ、朝からガン付けやがって。余計ブスになんぞ」

「誰がブスじゃああい!!」

「痛っ!今叩いてるの沖田隊長じゃなくて俺ェ!!」

「……おい、山崎。何か知ってるなら説明しやがれ」


かくかくしかじか。
名前さんが今どういう状態なのか説明すると、副長がため息とともにタバコの煙を吐いた。


「そんな状態で仕事ができるか、休みにしてやるからコンタクト買ってこい」

「買いに行くっても、視界がぼやけて殆ど見えないんですが」

「俺が巡回がてら連れてってやらァ」

「え、総悟はなんか余計不安になるからヤダ」

「そうだな、総悟と行くのはやめといたほうがいい」

「なら俺がついていきますよ!副長!」

「俺はこの始末書を整理しねェとだし。他に誰か……」

「副長!俺が!」

「なら万事屋に頼むしかないんじゃねェですかィ?」

「ちょっと!!!なんで無視ィ!?」

「……居たのか山崎。モザイクかかったゴキブリかと思ってた。」


なんで名前さんだけでなく副長達も視力低下してんだァァ!!!

結局手の空いてる俺が付き添って行くことになった。
コンタクトをまた紛失すると大変なので、予備に眼鏡も買っとくってことでまず眼鏡屋に向かう。
二人で出かけるの久しぶりだなあ、なんて浮かれていた。


「すみません、なんか付き合って貰っちゃって」

「いやいいよ。俺今日は暇だったから!」

「今日はよろしくお願いしますね!」

「名前さん、こっち。それ俺じゃなくて電柱」

「ごめんなさい、本当見えなくて」

「……危ないから手でも繋ぐ?」


いやどさくさに紛れて何言ってんの俺!!恥ずかしい!!絶対引かれた!絶対引かれたよォ!!!


「じゃあみんなで繋ぐネ」

「え?」


手を握られて、なんか女の子の手にしちゃゴツゴツしてると思えば、右手には新八くん、左手には万事屋の旦那、旦那の左手にはチャイナさん、チャイナさんの左手には名前さん。

えっ、なにこれ。



「何してんすか……」

「何って、眼鏡と言えば新八、新八と言えば眼鏡じゃねェか」

「そうネ。眼鏡しか取り柄がないのが新八アル!」

「眼鏡のことは僕に任せてください」


クイッとかっこつけて眼鏡を直す新八くん。
誰にかっこつけてるのか分からないけど、この距離じゃ名前さんには見えてないからね!?
てかどこから聞きつけてきたお前らァ!!


「名前さんに似合う眼鏡はこの僕、志村新八が選ばさせてもらいますので!!」


大人が手を繋いで歩くという異様な光景に視線が集まり、非常に恥ずかしかったけれど、無事に眼鏡屋に着きショーケースにずらりと並べられている眼鏡に、こんなに色んなのがあるんだなあと感心。
俺も眼鏡かけてみようかな、なんて。


「名前さんはどんな眼鏡が良いとかってあります?」

「うーん、シンプルなのがいい!」

「じゃあこれとかどうアルか?」

「いやそれ鼻眼鏡!全然シンプルじゃないし!なんで眼鏡屋に鼻眼鏡が置いてるの!!」

「ジミーの意見は聞いてないネ。黙ってろ」


なんかキツくね!?当たりキツくないこの子!?
ちょっと旦那ァどんな教育してるわけェ!?


「じゃあこれなんてどうですか?」

「うーん、ちょっとエロ教師みたいで恥ずかしい」

「いいじゃねェか、エロ教師。色んな事教えてくれよ、先生」

「そんなに眼鏡女子が好きなら私が居るじゃないの!!」

「え?名前、今なんか言った?」

「いや、私は何も言ってない」

「じゃあ気のせいか」


いや旦那、背中になんかくっついてるんですけど!眼鏡かけた背後霊みたいなんくっついてるんですけどォ!!!


「いつもはドSな銀さんだけど、たまには眼鏡教師に責められたいのねっ!いいわよ、私そういうのも興奮するから!手取り足取り教えてア・ゲ……ギャァアア!目がぁあ、目がぁあ!!!」


なんなんだこのカオスな空間は。
もっとこう、俺が名前さんの眼鏡選んであげたり、名前さんに俺に似合いそうな眼鏡選んでもらったり、そういうデートっぽいのちょっと期待したのに。
俺、今日必要だった?


「山崎さんはどんな眼鏡が私に似合うと思います?」


隅っこでしょぼくれていると、いつのまにか隣に居ててびっくりした。
旦那たちとキャッキャしてたから地味な俺の存在なんて忘れてると思ってた。まあ、名前さんはこういう輪に入っていけない人を見ると率先して話しかけていくタイプだ。
こう見えて周りをよく見ている。

今日は違う意味でよく見えてないみたいだけど。


「名前さん、それ俺じゃないから。さっき旦那に目潰しされた変態だから!」

「あれ!?新八くん!?いつのまに多重影分身の術を!?」

「名前さんそれ新八くん違う!全部ショーケースに並べられた眼鏡ェ!」


早く眼鏡を買わないとツッコミ疲れてしまう。
名前さんに似合いそうな眼鏡を探す為、ショーケースを見渡す。
ふと目に付いた眼鏡が似合いそうだと思ったので手に取り、名前さんに渡す。


「これなんてどうです?」


彼女はそれをかけて鏡を見る。うん、やっぱり似合ってる。
眼鏡をかけていると雰囲気が変わって良いな。


「あ、この眼鏡いいかも。私、これ買ってきます」


俺の選んだ眼鏡を気に入って貰えたようで、眼鏡を外し手に持ってレジへと走る名前さん。

名前さん……


「そっちじゃないです!そのままだと外に出て万引きになってしまいます!名前さーんっ!!カムバーック!!!」







そして無事万引き犯になることもなく、眼鏡もコンタクトも買えた。
名前さんはその日一日、俺の選んだ眼鏡をかけてくれていてちょっとした優越感に浸れた。


新八くん、悪いけど今回は俺の勝ちだね。


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