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「えっ、総悟が風邪?」
今日はお休みだったが近藤さんに呼び出され、総悟が夏風邪をひいて寝込んでいるから看病してやってほしいと頼まれた。
「他に手空いてるやつが居なくてな……休みの日に申し訳ないが頼まれてくれないか」
そう言って酒瓶を出してくる。
近藤さん、それは反則です。
「……わかりましたよ」
「名前ちゃん……!!」
「別にお酒に釣られたわけじゃないですからね!」
まあちょっと釣られたんだけども。
けど総悟のことは普通に心配だし、近藤さんに頼まれなくても顔くらいは見に行ってたと思う。
まだ何も口にしてないらしいので、食堂でシンプルなお粥を作って総悟の部屋へ向かった。
「総悟、入るよー」
返事はないけどお邪魔しますよっと。
総悟はアイマスクをして寝ているけど、心做しか顔も赤いし息遣いも荒い。額に触れると思った以上に熱かったので、冷たいタオルでも乗せてあげようと立ち上がろうとしたら、
「あね……うえ……」
と苦しそうな声で発した。
総悟にお姉さんが居るなんて初耳だ。お姉さんの夢でも見てるのかな、相当なシスコンだな。
けど、なんでこんなにうなされてるんだろう。
あまりにも辛そうで見ていられなくなってそっと手を握ると、総悟のもう片方の手がアイマスクを剥ぎ、目が合った。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「何やってんでィ」
「看病」
「何で手なんて握ってやがる」
「い、今なら総悟に腕相撲勝てるかなって」
なんだか急に照れくさくなって、咄嗟に嘘をついて握っていた手を解いた。
「あっ、お粥食べる?」
「食う」
「食べさせてあげようか」
「…………」
無視されたかと思いきや、ゆっくりと起き上がって口を大きく開けた。
これって食べさせろってことだよね?
お粥をれんげで掬い、息を吹きかけて冷ましてから総悟の口元へと持っていく。
いつもの生意気な態度とは違って、大人しくお粥を食べる総悟に母性本能をくすぐられる。かわいいと思った。
「そういえば、寝言で姉上って言ってたよ。総悟お姉さん居るんだね!」
「……もうどこにも居ないけどな」
ハッとして総悟の顔を見ると少し寂しげに笑っていた。普段そんな顔しないくせに。
「……そんな顔しないでよ」
「悪いな、美少年で」
「そんな事は言ってない」
熱で辛いときにもう居ないお姉さんの夢を見るなんて、なんだかこっちまで心が切なく苦しくなってしまう。
「……私が総悟の姉上になるよ!」
「何言ってんでィ。姉上とオメーは月とスッポンのウンコくらい違うから無理」
「いやそこはスッポンで良くない?スッポンのウンコって酷くない?」
「スッポン以下ってことでィ」
「さっき少しでも可愛いと思ったこと取り消したい……とりあえずこれ片付けて、冷たいタオル持ってくるね」
食べ終わったお粥をおぼんに乗せ立ち上がろうとすると、総悟に腕を掴まれる。
「ここにいろ」
「またすぐ戻ってくるってば」
「嫌だ」
急に駄々をこねる子どもみたいになってしまった。
どうしたものかと考えていたら、そのまま腕を引っ張られ布団の中に引き込まれる。
体は密着していて、私のおでこに総悟の息がかかるくらいに近い。突然の出来事に心臓が痛いくらいに跳ねた。
「ちょ、なにどうしたの」
「俺の姉上になりたいならこれくらいしやがれ」
「暑いんだけど……」
聞こえるのではないかってくらい心臓がバクバクしている。
おかしいな……
総悟の顔がすぐそこにあって、息が上手に出来なくなり、目も合わせられない。
総悟のことは弟みたいだと思っていたのに。
いや、もしかしたら無意識にそう思うようにしていたのかも知れない。
「名前……」
総悟の手が私の額に触れた。
「顔あちーぞ。熱でもあんのかィ」
「え!?いや、これは多分違くて……」
「何が違うんでィ」
「わかんないってば!!」
とりあえず熱ではない!ドキドキして顔が熱くなってただけ!なんて言えるはずもなく、私はもぞもぞと動き総悟に背を向けた。
「……こっちのが抱き締めやすいや」
後ろからぎゅっとされ、暫くすると寝息が聞こえてきたので動けずにいた。心臓を何とか落ち着かせると睡魔に襲われる。
私たちは、このまま夕方まで寝てしまうのであった。
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