19
「うえ………あつい……」
時が経つのは早いもので、江戸はそろそろ梅雨に入ろうとしている。
天気予報では明日から雨が続くらしい。
今日は朝からまるで風呂上がりの脱衣場の様に湿気が多く、湿気や暑さに滅法弱い私は、倦怠感に襲われながらも業務をこなしていた。
こめかみを汗が伝う。肌に張り付く毛が鬱陶しい。
こんなんでバテてたら夏とか死ぬよね。セミよりも早く死んでしまうよね。
朝からバタバタしていて、水分もろくに摂れていなかった。そのせいか、とりあえず水が飲みたくて仕方がなかった。
あ、やばいかも、と思った時はもう遅い。酷い吐き気からの目眩に襲われ、目の前が真っ白になった。
***
「……ん」
柔らかい風が頬を撫でて目が覚めた。
すーっと汗が引いていくのが気持ちいい。ゆっくりと目を開けると、毛深い男が団扇で扇いでくれていた。
「目が覚めたか、名前ちゃん!!」
「ゴ……リラ?」
「そろそろ近藤さんって呼んでくれない!?泣いちゃうから!ゴリラ泣いちゃうから!!」
「……考えておきます」
「考えることなの!?……まあいい、具合はどうだ?」
「お水、飲みたいです」
ゆっくり起き上がると、既に用意されてあった水を渡される。起きた時のために持ってきてくれていたのかな。
「ゆっくり飲むんだぞ」
言われた通り、ゆっくりとそれを飲み干した。
身体がじわじわと潤っていく気がした。
「もう大丈夫です、ありがとうございます」
残りの仕事をしなくては、と立ち上がろうとすると慌てて寝てなさいと止められる。
「いや、いいからいいから!今日は大丈夫!」
「でも」
「芳江さんにも事情は話しておいたから!ね!」
「……すみません、ご迷惑おかけして」
「いいってことよ!大事な女中に無理をさせるわけにはいかんからな!いつも美味い飯食わせてもらってるし!」
ゴリラはガッハッハ!と大きな口を開けて笑った。まるでゴリラだった。
まあでも、近藤さんって呼んであげてもいいかな。
初めて会った日の事は全部水に流そう。
「……近藤さん、ありがとうございます」
なんだか今更名前を呼ぶのが照れくさくって、聞こえるか聞こえないかの声で言った。
「え、今なんと!?」
「いえ、別に」
それからも近藤さんは扇いでくれていた。
涼しくて、気持ちよくて、またうとうとしていたら突然勢いよく戸が開いて目が覚めてしまう。
「近藤さん、こんな所にいやしたか。土方さんが鬼の形相で探してますぜィ」
「ああ、行ってくる。すまんが名前ちゃんを頼むぞ!」
「へい」
ああ、扇風機が行ってしまった……
代わりに総悟が扇いでくれたり……しないよね?
風が止むとやっぱり暑くて起き上がる気にはならなかった。ドS総悟が上から私を見下ろすように立っている。
近藤さん、帰ってきて。もうゴリラなんて言わないから。
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