彼と同棲している家に着いた。
ここに帰ってくるのも今日が最後かも知れない。失敗すれば外に出られるのが最後かも知れない。


「……こ、ここがあの女のハウスね」

「いや、お前のハウスな。つーか緊張感ゼロかよ」


緊張はしている。緊張しすぎるとふざけて誤魔化してしまうのが私の悪い癖である。
とりあえず部屋で作戦会議でもしようと、銀さんを部屋にあげる。彼はまだ帰ってきてないはずだ。

……と思ったけども、どうやら何か勘づいてたのか既に玄関には彼の靴があった。作戦会議なしでアドリブでやるしかない。


「おかえり、そいつ誰?」


目の全く笑っていない笑顔でのお出迎え。
いつも私を殴る時と同じ顔をするもんだから背筋が凍り付いた。思わず銀さんの着物の袖をぎゅっと握る。


「テメーこそ誰だアン?」


銀さんはチンピラの様に顎をしゃくらせて、眉間にシワを寄せる。


「テメーが誰だオラ、おい名前説明しろや。こんな白髪のおっさん連れてきて何のつもりだよ!」

「俺ァ名前の彼氏だよアン?」

「はァ?どういうことだよオイ!!」


銀さんのこんな適当な演技でも彼には効いてるらしく、彼は壁を殴ってオラオラと威嚇する。声や音に動悸が激しくなり、足が竦んでしまう。


「あとは自分で言えるか?」

「…………」


銀さんは言いたいことは言っておけと背中を押してくれた。
怖かった。逃げ出したかった。けどもこのままでは一生この人に縛られて、自分の生きたい様に生きられない。弱いままではいられない。
銀さんの目を見てコクンと頷く。大きく深呼吸をした。


「……れて」

「あ?」

「私と別れて!私のこと縛って、家事だけさせられて、私はアンタのかーちゃんですか!?他の誰かに貢いでるのも知ってるんだから。ちょっと可愛らしい顔してるからって調子に乗んな!実家でママのおっぱいでも吸ってろ!私はこの新しい彼氏とやっていくから」


自分でも驚く程に、畳みかけるような早口で言った。


「……ちょ、待てよ!愛してるんだよ」


はは、愛してるだなんて思ってもいないくせに。
行くなよ、と彼はこちらに向かって手を伸ばす。私は咄嗟にぎゅっと目を瞑った。


「汚ぇ手で俺の女に触んな」


銀さんのドスをきかせた低い声。恐る恐る目を開けると、私に伸びる彼の細っこい腕を、鍛えられた逞しい腕が阻止していた。


「早くこいつの荷物全部持って来いよ。身分証もな」

「は、なんでお前に言われなきゃ……」

「早くしろ」


腰に差していた木刀を抜き、彼の鼻の先すれすれまで突き立てる。すっかり青ざめた彼はゴキブリのような早さで私の荷物をまとめて持ってきた。

幸い私の荷物はあまり多くはなかったので、スクーターの足元に置いて持って行けそうだ。荷物が全部あるか確認し終わると銀さんが肩に担いだ。


「行くぞ」

「う、うん!……じゃあね、ボクちゃん。二度と顔見せないでね」

「お、お前が二度と顔見せんじゃねえ!!ブス!」


私は荒々しくドアを閉めた。
部屋を出た途端、すべての肩の荷が下りたようにホッとしなんだか泣けてきた。意外とすんなり終わったな……
長い長い夢から覚めたようなそんな感覚でもある。
騙されてるのを分かっていても、行動する勇気が無かった私も私で馬鹿だった。これを機に強い女になりたいと思った。


「お前、よく泣くな。せっかくの綺麗な目が腫れちまうぜ」

「ふふっ、キザ。まだ演技モードですか?でもさっきの銀さんも演技とは言えちょっと格好良かったですよ」

「まじでか、惚れちまったかァ?」

「まさか!いくら傷心中でもそんなすぐには落ちません」

「そうかい。てかあんなんで大金貰っていいのかよ」

「私、今まであんな風に言えなくて。けど今日は一人じゃなかったから言えたと思うんです。正直もっと言ってやりたいことはあったんですが、すーっごいスッキリした!たからお金は貰ってください」


封筒を渡すと銀さんはそれを受け取り懐に入れた。
渡されたヘルメットを被り、彼のスクーターの後ろに跨る。


「さて、どこまで送りゃいい?」

「江戸で家を探そうと思ってたので、一緒に江戸に戻っていいですか」

「わかった」


もうすっかり空はオレンジ色に染まっている。銀色の髪が夕日に照らされ、キラキラしていて綺麗だった。

あいつも少しは私の事好きだって思うことあったかな?
付き合っていた時の色々な事を思い出して、解放感や虚無感でまた涙腺が緩む。不安定か。
私はまた銀さんの広い背中をびしょびしょに濡らしてしまった。


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