「姫!
早く逃げろ!!」


前方から声が聞こえた。
男の子の声だった。
森の向こうから白い着物がこちらにやってくる。


『いや!』


反抗するのだが、男の子は強引に手を取って、森の中に引きずり込む。


「静かにしろ。
敵が追って来る」

『いやだ!
お父様とお母様のところに帰る!』


無性に帰りたい。
どこかわからないけれど、大好きな場所に胸をかき乱されるほど、帰りたい。
全速力で走る男の子の手をはぎとろうと必死になる。
けれど手を引く力はやまない。
むしろ強くなったような気がする。
いつもつんとして、表情が読み取れないが、今日は眉間に深々としわが寄っている。
相当機嫌が悪い証拠だ。


「今は自分が生きることだけを考えろ。
お前とおれが死ねば一族は滅びる!」

『…やだ、やだっ!
お兄様のバカ!
はしてっ!
お父様とお母様のとこへ帰る!』


駄々をこねる。
涙があふれてきて、袖で乱暴にぬぐった。
こらこら、と困った顔をしてハンカチを差し出してくれる母はいない。
しびれを切らしたのか、とうとう私を抱き抱えた。


「もうすぐ出口だ。
そこに行けば少し休める
それまで我慢しろ、な」


おでこにそっと唇が触れる。
普段はなかなかしてくれない、行動。
私をあやすために、必死なんだ。
ぐずる私をぎゅっと抱きしめてくれる。


「大丈夫だ、また会える。
だから今は俺の言うことをきけ…いいな?」

『………うん』


きっと椿も怖いに違いない。
これ以上不安にしてはいけない。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を見られないように着物で隠した。

と、目の前をクナイがすれすれでとおった。
椿が振り落として、近くの枝にとまる。
私を木の枝に座らせて、敵の気配を探っているようだ。

…近くにいる。
椿が舌打ちした。


「姫。
いいか、よく聞け。
俺は敵を食い止める。
だからお前はここをまっすぐ進め」

『…お兄様は?』

「俺は敵と戦う。
大丈夫だ、あとでお前を追う」

『いや!』

「大声を出すな。
…まっすぐめば、人が待っている。
その人についていけばいい」

『いや、お兄様と一緒にいる!』

「姫。
お願いだ、いうことを聞いてくれ」

『いや!いや!』


とたん、ぎゅっ、と椿の体温でくるまれた。
姫の大好きな匂いが鼻孔をくすぐる。
椿の必死の思いが伝わってきた。
そうだ、困らせたら、だめだ。


「いいな」

『…』

「…いい子だ」


椿がほほほほ笑む。
ほとんど初めて見る笑顔だった。
握っている手を強く握って、椿の顔をじっと見つめた。
大好きなお兄様の顔だった。


「さぁ、いけ」


背中を押され、空中にほおりだされた。
自然に足が前へと進む。
途中、振り返えって、兄を探したが、いなかった。
もしかしたらもう、戦っているのかもしれない。
…でも、お兄様ならきっと大丈夫だ。
だって、一族も自慢する、強い忍だから。

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