『何卒、よろしくお願いします』

深々と礼をすると、おばさんは笑って、「そんなにかしこまる必要なんてあらへんよ。今日からあなたも家族なんやから」と言ってくれた。
本当にあの財前光の母なのだろうか。確かに整った容姿は似ているが、雰囲気はとても柔和な感じで、どちらかと言うとつっけんどんな財前光とは正反対のように思う。

しっかし、よりによってなんで結婚相手が財前光の兄なの、お姉ちゃん。
初めて聞いた時は本当に驚いた。こんな偶然があるのか、いやあっていいのか。まさか、あのテニス部の天才とか言われちゃってる(笑)財前光のお兄さんと結婚するなんて。
いや、もうそこはとりあえずどうでもいい。お姉ちゃんが良いと決めた相手なら私は反対する気なんて微塵も無いし。
問題は家のことなど、私自身の環境のことだ。大阪に親戚はいないとなると、兵庫には確かおじさんが住んでたはず。このまま四天宝寺に通うのがそのまま残るのか。まずは金銭面だなと、考えていると、姉は爆弾を落とす。

「なまえも、一緒に住むのよ」

にこにこと笑う姉に、『は?』と間抜けな顔して出たこの一言。
いや何言ってんのこの人。新婚夫婦ほやほやの二人の家に一緒に住むとか邪魔者でしかない。普通におかしいだろ。

『いやいや何言ってんのよ、お姉ちゃん。私明らか邪魔者でしょ』

「そんなことないわよ!あ、勘違いしてるかと思うけれど、私たち3人で住むわけじゃないのよ?財前さんのところに一緒にお世話になるの」

『いやいやいやいやそれはだめでしょ。あちらのお宅にも迷惑かかるし、だったら私は兵庫のおじさんとこ行くか一人暮らしするわ』

「ダメよ、中学生が何言ってんの。まだなまえは中学生でしょう?大学生になってからならともかく。私たちもお金を貯めてから二人で暮らそうって話してるし、それに向こうの財前さんのご家族が一緒に住もうって言ってくれてるのよ」

財前さん家ってものすごく大きいのよ〜なんてのんきに話す姉に溜息をついた。
姉はいいだろう、財前の家族がどんな人達かは知らないが、嫁として行くのだから。じゃあ、私は?
姉のただのおまけである。下手したら厄介者じゃないか。

両親が遺してくれた遺産は高校、大学に行くまでの学費は余裕である。あとはアルバイトをして生活を切り詰めれば……

「ねえ、なまえ。私は絶対あなたをおじさんとこにもやらないし、一人で暮らさせたりなんてしないから」

いつもはのんびりした姉が、ここまできっぱり言い切るのは珍しい。しかしここまで言い切る姉に反抗するのはもうどうあがいても無理なんだろう。内心溜息をつきつつも、『わかったよ』と一言言うと、姉はパッと嬉しそうな表情になる。
まったく、もー…

そして、話は冒頭戻るわけだが。


「光ー!なまえちゃんの荷物運ぶの手伝ってー!」

早くも私は後悔し始めている。
あの財前光と一つ屋根の下で暮らすとか、色々有り得ない。
一つ屋根の下、と言っても財前家はかなり広い。しかし、私に与えられた部屋は何故か財前光の近くの部屋。何故。思春期の私たちを何故、近くの部屋にしようと思ったのか。

「俺、ゲームしてたんやけど。てかほんまに来たんや」

この声は、財前光。

「光、なんやその言いようは。ほら、そこのダンボール持ったって」

「俺、箸より重いもん持てへんねん」

「ほらふざけとらんと、さっさと持ったって。ついでに部屋も案内したって。私は夕飯の準備しなあかんから」

「へぇへぇ…ほら、ボーッとしてやんと行くで」


言われるがままに、財前光の後ろを歩く。
はあ気が重いな。姉の反対を押し切って、一人暮らしは無理にしろ、おじさんのところに行かせて貰えば良かったな。
明らか、わたし、お邪魔虫じゃないか。螺旋階段を上るたびに私の気持ちはどんよりしていくように思えた。やっぱり、中学生活も残りわずかな訳だし、高校生になったらバイトして、お金を貯めて、一人暮らしをしようかな。

「なあ」

『あ、なに?財前くん』

「…気になってたんやけど、なんで標準語なん?」

『ああ、私こっちに引っ越しして来たの小学生の時なんだよね。だから、ずっと標準語なんだよ』

「ふーん」


…会話が続かない。まあ別に良いけど。
元々、私は口が達者な方でも無いし人見知りの部類に入る。別に無理に話す必要もないと思っているし。
たくさん友達がいればそりゃあ楽しいっていう人もいるだろうけど、私には一人二人の友達がいれば充分。いやむしろ一人でも全く苦にならないタイプだ。きっと、それは両親を幼い時に亡くしたせいもあって家で一人でいたことが多いのも影響してると思う。

「ほら、ここがお前の部屋や」


部屋は普通に広かった。持ってきたものは、ベッド、タンス、本棚、机、椅子ぐらいなものだからそれを置いても充分なくらい広い。

『ありがとう』

「おん、お礼くれ」

『は?…何が欲しいの』

「冗談や。あと俺の部屋は向かい側やから。なんかあったら、また」

ほな、と出ていく財前光の腕を思わず掴んでしまった。

『ほら、手伝ってもらったし、あめちゃんあげる』

「…あめちゃんって。すっかり大阪のおばちゃんやん」

ふっと笑う財前光の貴重な笑顔を見て、なるほどなと思った。これはモテる訳が分かるな。じっくりとその整った顔を眺めていると、ふいっと目を逸らされて出て行ったと、思いきや…

「あ、あと、財前光ってフルネームで呼ぶのやめてな。かと言って、財前もやめて、うちの家族みな財前やから。ほな、また後でな」

それだけ言い残して今度こそ自分の部屋に戻って行った。
何故、私がフルネームで呼んでいるのが分かったのかは、謎だけれど、じゃあもう光って呼べってって言われてるようなもんじゃないか。


へんなこだわり。


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