謙也は誰にでも優しい。それは分かりきっている。最初はこいつ計算してるんじゃないか
とか疑っていたけれど、誰にでも分け隔てなくフレンドリーで優しい謙也に惚れていた。
そんな奴に惚れるのは、もちろん私だけでは無い。
ただでさえ、テニス部はイケメン勢揃いであるのに、謙也は優しいときた。部長の白石くんほどではないけれど、告白の回数もバレンタインデーのチョコレートの数も、人並み以上である。

『謙也のあーほ』

「突然なんやねん。数学のテスト、俺の方が上やったぞ」

『違うよ数学のテストじゃないよばか』

「ばかっていう方がばかやねんで!」なんてぎゃあぎゃあ騒ぎ出した謙也を軽くあしらう。
そう、私たちは仲の良い友達である。このポジションは誰にも渡したくない。想いを伝えてこの関係が無くなるなんて私にはきっとたえられないから、絶対に言わないし言えない。ただ、たまにものすごくもどかしい時があるのだ。伝えられたならどんなに楽だろう。



「あの、忍足くん、ちょっといいかな」

いつの間にかそこにはそれはもう可愛い女の子がいて(確か、A組みの子だ)
謙也も女の子にびっくりしたのか、「あ、はい」なんて敬語を使い出す。
これは、きっと、いや絶対告白だ…
女の子に呼ばれて後ろにすごすごとついていく謙也を私は黙って見送った…のだが、


「みょうじさん、行くで」

どこから現れたのか、白石くんがいて私の腕を引っ張る。

『え!ちょっと、』










『…人の告白シーン、盗み見するなんて悪趣味だね、白石くん』

「うるさいわ、みょうじさんが焦れったいからやろ」

『は?焦れったいとかなに』

「しっ」

なんなんだよ、白石くん。
謙也と女の子のやりとりを見るためひっそりと校舎の裏側から告白を見守る。

「私、忍足くんが好きです」

ああ、私もこんなにストレートに言いたいな。女の子の声は震えていて、きっとどれだけの勇気を振り絞って伝えたのかとか考えてしまう。

「…ごめん、君の気持ちは受け入れられへんわ。ありがとうな」

「…なんで…?」

後ろから見ているから、謙也の顔の表情は分からない。けれど、想像はつく。謙也は優しいから、きっと少し困った顔をしているのではないだろうか。女の子の気持ちには答えられない、けれど、勇気を持って自分のことを好きだと言ってくれたのだから。謙也は自分のことに関しては、鈍感なくせに人の気持ちには敏感だ。

「うーん、今はテニスに集中したいからな」

これで、告白タイムは終わり、覗き見していたことをバレる前に、教室に帰ろうと踵を返した。

『白石くん、帰ろう』

ところが、女の子は諦めがつかないようだった。


「…みょうじさんが好きなの?」

歩き出そうとした足が重りをつけたようにぴたりと止まった。
ちょっと…なんで、そんなこと聞くの。やめてよ。

「そんなんやない」

「じゃあなんで…!?」

聞きたくない。聞きたくない。
一瞬沈黙が流れ、謙也は口を開いた

「なまえは大事な友達や。それ以上は何もない」


それを聞いた瞬間、私の心はドクリと棘が刺さったように苦しくなった。
分かっていた。分かっていたけれど。本人の口から聞きたくなかった。本当に謙也は私のことをただの友達としか思っていないのだから。白石くんは「ちゃう、あいつは」とかフォローを入れてくれようとしてくれるけれど、私はたまらず走り出す。


あれが謙也の本音なんだ。
謙也は優しいから。もしかしたら、内心、私と一緒にいたら迷惑だったのかもしれない。
期待してしまった私も馬鹿だ。もしかしたら、謙也も私のことが好きなのかもしれない、って。


ああ、優しい人は厄介だ。







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