蠱惑のひと | ナノ
その日サソリとデイダラは任務でとある里のとある街に来ていた。小さな街だがそれなりに人の多い通りでヒルコの姿でいると目立つため、サソリは本体の姿でデイダラの隣を歩いていた。
今回二人に課せられた任務はそう難しいものではなかったためデイダラは余裕の表情を浮かべていた。
「なー旦那ー、やっぱり建物ごと爆破しちまおうぜ?それのほうが早いだろ?うん」
「リーダーに目立つ行動は慎めと言われただろうが…今回は隠密行動だ」
「ちっ、つまんねーな…」
「アートしてえ」などとぶつぶつ呟くデイダラを無視してサソリは歩を進めた。すると前から女が歩いて来た。
長く美しい黒髪をなびかせ、短めのスカートから覗く脚はすらりと長く、その白い肌に紅をさした唇がよく映える女だった。
サソリはすぐ横をすれ違う女に少しも興味を示さずただ通り過ぎただけだったが、ふと隣のデイダラの小言が止んだのに気がついた。
見ればデイダラはすれ違った女を目で追っていた。
「おい」
「旦那見たか?今すれ違った女すごい美人だったな、うん」
サソリはデイダラが本来異性に興味を持つであろう年頃だということを改めて思い出した。
「なんだデイダラ…お前、ああいうのが好みなのか?」
「好みっていうか…まぁ単純に美人だと思ったけどな、うん。ていうか旦那はそう思わなかったのかい?」
「オレは女になど興味はない…たとえ美しくても、それは一時に過ぎないからな…まぁ傀儡になるってんなら別だが」
「…」
こんな考えだと、いくらサソリの顔が良いといっても女からはドン引きされるだろうな…とデイダラは心の中で苦笑いを浮かべた。
しばらく歩いて、街角に見つけた宿に今晩は泊まることにした。小さいが趣のある宿だ。
「うーん、なかなかいい宿だな。爆破したらもっとアートになるぜ、うん」
「お前はまた…そんなののどこがアートだってんだ」
中に入ると若い女将が迎えてくれた。礼儀正しく挨拶をし、柔らかい物腰で二人を部屋まで案内した。
案内を終えて部屋から女将が去った後、サソリが口を開いた。
「デイダラ…さっきの女将はどうなんだ」
「は?どうって?」
「あれは美人というものなのか?」
デイダラは女将の顔を思い出しながら「うーん、美人まではいかないな、うん」と答え、サンダルを脱ぎ部屋へ入っていった。
そしていつしか街灯が灯り、街が夜の顔を覗かせる。デイダラは既に食事と風呂を済ませた。その間サソリは一人でずっと傀儡を弄っていた。
「…」
サソリは布団の上に胡座をかいて粘土をこねる相方をちらと見た。彼の背丈をいくらか大きく見せる存在感抜群の髷は今はなく、全ての髪を下ろしている姿はまだデイダラが幼かった頃を思い出させる。長い金髪は薄明かりの中でもよく映えた。
「…デイダラ」
サソリがぽつりとその名を呼ぶと、デイダラは「なんだい旦那」と言って振り返った。
「お前の感覚では、オレはどうなんだ」
「…なにが?」
デイダラが首を傾げる。サソリはじっとデイダラを見つめていた。
「お前の感覚では、人間にも美醜の差があるのだろう?ならオレはどうだ?」
デイダラは驚いた。サソリが自分のことを人に聞くなんて今までなかった。本気なのかわからないが、答えないわけにもいかない。といっても、デイダラの答えは決まっていた。
「…旦那はどっからどう見ても美人に入るだろうよ、うん」
正直な答えだった。デイダラの感覚でというより、大多数の人間はそう感じるだろうと思った。
サソリの顔のつくりは非の打ち所がなく、まさに完璧だった。人形だからと言ってしまえばそれまでだが、サソリのつくる傀儡、特に人傀儡はいつも本人そっくりにつくられる。だからきっとこのサソリ本体の傀儡も、生身だった頃と顔も体つきも同じなのだろうとわかる。
きっと元から人形のように整った顔をしていたのだろう。
「そうか…」
「でも性格は美人とは遠くかけ離れてるけどなァ、うん。ほんとの美人ってのは性格までいいもんだぜ」
ぽろっと余計な一言を漏らすと、気に障ったのかサソリがデイダラのそばまでやってきて、その美しい顔をデイダラの顔に近づけた。
また何か罵倒されるのだろうとデイダラは思った。
「…オレがお前のことどう思っているか知りたいか?」
「どーせ醜いって言いてェんだろ?自分でも顔が良いなんて思ってねェから勝手にしろよ、うん」
しかし、サソリが口にしたのはデイダラが想像していたものとは違った。
「オレは、お前も美しいと思っている」
「あーはいはい…ってええ!?」
そっぽを向きかけた顔を思わず正面に戻した。今までそんな言葉は言われたことなかったし自分がその言葉に値するとも思っていなかった。しかもましてやサソリからその言葉を聞くとは思っても見なかったのでデイダラの驚きは相当なものであった。
「イヤイヤイヤ…旦那、オイラをからかってるのかい?うん?」
「オレは自分の美意識には嘘は言わねぇ」
まあ確かにそうだろうとは思ったもののやはりおかしいとデイダラは感じる。
「でも…オイラは美人とかそういうタイプじゃないだろ…」
「まぁ、確かにそうだな」
「は?」
先程と言ってることが矛盾している。やはりからかわれたのかと思ったがサソリは続けた。
「…お前が美人だと言ったあの女とは違うな」
「?」
サソリはデイダラの顎を掴みデイダラの顔を引き寄せた。
「オレはお前のほうが好みだぜ」
デイダラは瞬間わけがわからず目を見開いた。しかしそのサソリの言葉の意味を理解すると、心臓が激しく波打ち出した。
「え…だ、旦那…それどういう…」
顎を掴まれたまま、声を絞り出してサソリに問いかけた。
「そのままの意味だ。あんな女より、お前のほうがいい…」
それにオレはあの女を美しいとは思わない、とサソリは続けた。
「フン、やはりお前の美意識とは相容れないな…」
「じゃあ旦那、オイラが旦那のこと美人だって言ったのも否定するのかい?うん?」
「それはそれだ」
「へっ、調子のいい旦那だ」
デイダラが笑うと、サソリもつられて笑う。そして一瞬の間のあと、サソリはゆっくりと顔を近づけ、その唇をデイダラの唇に重ねた。そのままサソリは体重をかけ、デイダラを布団の上に押し倒した。
「…その顔、最高だぜ」
「変態親父みたいなこと言うな…うん」
再びサソリは口付ける。
重なり合う二人を、ランプのぼんやりとした優しい光が照らし出していた。
旦那は人間の美醜については疎そうな…
デイダラちゃんは普通に美人のお姉さんが気になるお年頃!