この感情の名は | ナノ



「旦那のわからず屋!もう知らねェ!」

デイダラの声がアジト内に響く。サソリはデイダラに背を向けたまま、何も言わなかった。そのサソリの態度はデイダラをますます苛立たせた。

「旦那なんて大嫌いだ!何が永久の美だ!旦那なんか…旦那なんか、とっとと死んじまえ!!」

サソリへの精一杯の憎まれ口をたたき、デイダラはドアを乱暴に開け出て行った。バタバタとドアの向こうを走る音がだんだんと遠ざかっていく。サソリは微動だにせず傀儡のメンテナンスを続けていた。

発端はいつもの芸術論の相違からの言い合いだった。しかし今日はいつもよりヒートアップしてしまった。サソリは特別普段と変わらなかったが、デイダラがキレて喧嘩へと発展してしまったのだ。ここまでの喧嘩は二人がコンビを組んで初めてのことだった。

(フン…騒がしいのがいなくなって清々する)

普段からデイダラはしょっちゅうサソリの作業部屋へ来ていた。何度サソリが追い出しても訪ねてくる。「静かにしてるから」というデイダラにサソリが折れたのだった。

(オレはもともと一人で作業するのが好きなんだ…これでメンテナンスも捗る…)

サソリは目の前の傀儡に集中した。部屋には一人きり。何の気配も感じない。メンテナンスをするにはもってこいの環境…のはずだったのだが、サソリの集中力は思うように上がらなかった。

(…何故だ…何故だか気が散ってしまう…)

サソリは無意識の内に誰もいない背後を気にしてしまっていたのだった。いつもいるはずのデイダラがいないことがかえってサソリの集中力を散漫させていた。しかしサソリはそんな原因に気づいてはいなかった。

(仕方ねェ…オイルでも差すか…)

細かい作業は無理だと判断したサソリは、傀儡にオイルを差すべく、棚のオイルに手を伸ばした。その容器を持ち上げると、予想以上に軽く、もうあまりオイルが残っていないことを示していた。

「オイルの補充をしねェとな……おいデイダラ…」

デイダラの名前を呼んではっとした。デイダラとは喧嘩中で、今はこの部屋にいないと頭ではわかっているはずなのに無意識に口から名前が出てきてしまった。

サソリは何か買い足す必要があるときはいつもデイダラに行かせていた。引きこもりのサソリに対し、デイダラはよく自身の作品を爆発させに外へ出かけていた。サソリは、どうせ外へ行くならついでに買ってこい、と買い物を押し付けていた。そのことに対しデイダラは小言をもらしながらも素直に従っていたのだった。そのため、サソリはオイルもデイダラに買ってこさせようと、つい名前を呼んでしまった。

「…チッ、どうしちまったんだ…」

サソリは自分がわからなくなった。感情などとうの昔に捨てたはずなのに。

「オレは…」


そう誰にも聞こえないくらいの声で呟いた時、部屋のドアがゆっくりと静かな音を立てて開いた。サソリが振り向くと、ドアの隙間から長い金髪が覗いた。

「デイダラ…」
「旦那…」

デイダラはまるで叱られた子どものように、決まり悪そうに部屋に入ってきた。その様子をサソリは今度は正面からじっと見つめた。

「オイラ…さっき旦那に『死んじまえ』なんて言ったけど…でもあの後一人になって、ほんとに旦那が死んだらって考えたら…」

デイダラの声が少し震えているのにサソリは気付いた。そしてデイダラはうつむきながら、絞り出したような声で続けた。

「悲しくて…寂しくて…また一人になっちまうのかと思ったら、いても立ってもいられなくなって」

ついに涙が滲み、デイダラはそれを手で拭う。

「旦那…死んだら嫌だ…!だから…ごめんなさい…うん」

デイダラが言い終わるやいなや、サソリはたまらない気持ちになりデイダラを抱きしめた。突然の抱擁に驚いたデイダラは赤くなった目を見開いた。

「旦那…?」
「…馬鹿野郎が、オレがそう簡単に死ぬとでも思ったかよ」

サソリも何故自分がデイダラを抱きしめたのかわからなかった。ただ、目の前のこの不安そうな幼い相方を放っておけなかった。もう何も感じることはないと思っていた核がちくりと痛んだ気がして、自然と体が動いた。

「オレは傀儡なんだぜ?」
「そうだけど…」
「くだらねぇ心配してんじゃねえよ…まったく」
「くだらないとはなんだよ!ただオイラは…」
「あぁ?」

サソリの腕の中でデイダラが僅かに頬を紅潮させ、呟いた。

「オイラのなかで、旦那の存在がこんなにも大きいものだって気づいちまったんだよ…うん」

恥ずかしそうに目を伏せる子どもの言葉にサソリも気づかされた。自分のなかでも、知らぬ間にデイダラの存在が大きくなっていたのだと。部屋に一人でいる違和感と、無意識に名前を呼んでしまった理由、そしてこの核がじんわりと温まるような感覚の原因が今サソリのなかで明らかになった。

「そういうことか…」
「うん?どうした旦那」

ぽつりと呟くサソリをデイダラが上目遣いで見つめる。捨てていた感情を拾い上げたサソリは目を細め、サソリにしては優しい声で言った。

「なんでもねぇよ…それよりデイダラ、ひとつ頼みがある」
「なんだ?」
「…オイルを買いにいくのに付き合え」
「え…」
「たまにはオレも一緒に行ってやるよ」

デイダラはその言葉にぱっと嬉しそうな顔をしたが、次の瞬間少し眉をひそめた。

「…って本来旦那の買い物だろ!行ってやるよってなんだよ!うん!」
「細かいことをグチグチ言うな…ほら、さっさと行くぞ。オレは待つのは嫌いだ」


そうして二人はいつものように言い合いながらも、幸せそうな顔で買い物に出掛けて行ったのだった。









コンビ結成してしばらくしてからのお話ということで…デイダラちゃんはまだ子どもです。
旦那は気持ちに気づきさえすればあとはデイダラちゃんのこととてもかわいがってくれそうです。



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