撃墜女王は憂鬱






じゃまだなあ、と思ってしまう。
美術館に閉じこめられた時間は長すぎた。
いまとなっては美術館での記憶もぼやけているし、それ以前のことは、かけらだって思い出せない。
じゃまなものは片づける、壊す、消す。ほかのところに行くことも、新しいものを見つけることもできなかったから、そういう考え方が固まるのは当然といえば当然だと、メアリーは自分で思っている。自己弁護でもなく、ひねくれるのでもなく、受け入れている。


「撃墜王のおでましね」
「なにそれ」
待ち合わせのカフェで一人先にアールグレイなんて飲んでいたオカマに、第一声で失礼なことを言われた。メアリーは細い眉をおもいきりゆがめた。
「失礼。撃墜女王ね」
いらだちながらもそのまま正面の椅子に腰掛ける。イヴがくるまでの我慢だ。

メアリーが現れる前からも十分に注目を集めていたギャリーが、豊かな髪に金色のひかりをあつめて歩く彼女があらわれたことにより、いっそう店中の視線を独り占めすることになった。
相変わらず、見た目だけはいい男だ。鋭角的な頬と鼻のライン、長いくせにバランスのよい手足、妙な色気。口を開けばオネエのくせに。
「イヴからなんてきいてるの」
「メアリーがもてもてだってこと」
「それと?」
「振り方がひどいって。かわいそうに、あの子が心をいためて」
「…で、あたしにお説教ってわけ?」
そうでなければ、イヴぬきで二人でなんて過ごすわけがない。
今日のイヴは授業のあとに委員会。だからそれまで二人でこのカフェで待つことになっているのだが、「なにか」が無ければギャリーはそんなことはしない。
「イヴが優しいのは知ってるけどさあ、名前もよく知らないような男子なんて別にどうだっていいじゃん」
「…イヴが心を痛めているのはあなたのためよ。他人に冷たい態度をとり続けることは、あなた自身のためにならないと思ってる」
給仕が近づいてきた。なに飲む?と尋ねられ、レモンティーとレモンパイを注文する。黄色は好きだ。青も、まあ、青色は、好きだ。
「イヴがくるまでケーキは待ちなさいよメアリー」
「おそくなるみたいだし、先に一個ぜんぶ食べちゃえば平気だよ」
「なにが平気なのよ、ていうか二個食べるの?」
「なに?学年で、ていうか学校でいっちばんもててるこのメアリーと二人とお茶してるのにパイの一個もおごらないわけ?」
「おごらないとはいってないでしょ」
不本意そうである。ふたつ頼んでやればよかった、とメアリーは思った。
「…学年一なの?あんたって」
「なに、信じてないの」
「一番はイヴじゃないの?」
完全に真顔である。このロリコンが、とメアリーは顔にいっさい出さずにはきすてる。
「イヴはぜんぜん告白とかラブレターとかそういうのないよ」
「……あんたが周りを威嚇してるの?」
「失礼だなー。結果的にそういうことになることも、あるかもだけど。
なんかね、ちかよりがたいっていうか、ちかづけないのは、みんなわかるんじゃないかな」
レモンパイと紅茶が来た。ふうん、と気のないふりのギャリーの返事。安心半分、不満半分、というところだろう。
イヴに告白する男は、本当にいない。
思慕を寄せる男子は多い。
それもメアリーに告白してくる男子たちとちがい、あきらかにガチで、ピュアな純情ハートの恋心だ。
それだけに告白にはもともと至りにくいし、イヴはどこか超然とした高嶺の花感を出している。
それに、彼女のことを少しでも興味を持って調べたなら、年上の彼氏がいるということはすぐにわかる。
彼氏ではないことはメアリーは知っているが、とくに訂正の必要もないので、学校では誰にも言わずにいる。
「…男前もいたんでしょう?」
ギャリーの言葉は、メアリーのばっさりな振りっぷりへのもののようだ。
レモンパイを切るフォークの右手をとめ、メアリーはおおげさにため息をつく。
「あー、だめだめ。どいつもこいつも」
「だから」
「だからぁ、」
語尾をかぶせて、そこで間をおいて。笑って見せる。
メアリーが自覚している、子悪魔的、あるいは猫的な笑顔で。
この表情に一歩も引かない人間はまずいない。
イヴなら完全対応するかもしれないが、イヴにこの顔をする予定はない。
「だって薔薇もってないんだもん、あのこたち」
「……薔薇?」
「そう。こころにね、薔薇が。その薔薇が無い人は、あたしはいや」
「それ、比喩?」
「さあ?」
「ほんとに何か見えるの?」
「さあ?」
さらににたりとわらってみせれば、ギャリーはためいきひとつで追求をやめた。
もうあれからずいぶん経つというのに、ギャリーは未だ、メアリーをどこか警戒している。
いや、警戒、というほどのものではないが。気を許していないのは確かだ。
「まあ、断るのは悪いことじゃないわよ、しかたないもの。問題はことわりかた。
「無理」「パス」「間に合ってるから」ってあんた、相手は押し売りじゃないんだから」
「似たようなものだよ。あたしがほしくないものは、ぜんぶじゃま。一秒でもはやく視界からきえてほしいの」
「……相手はあんたのことが好きなのよ。
受け入れろとか、やさしくしろとかは言わないけどさ、きもちへの感謝くらいはしてあげましょうよ。
それがいい女ってもんよ」
「ときどきあたしにののしられたり蹴られたりして喜ぶ男子もいるよ」
「ああ、うん…ちょっとわかるわね」
「わかるんだ?」
「フォークおろしてよ。
あたしにはそういう趣味ないわよ、でもその手の男子にあんたがマドンナなのはわかるわ…そうねえ、あたしの理想は、おとなしくて引っ込み思案なんだけど芯は強くて、なにかあったら張り手で正気にもどしてくれて、それからそれから、ってぎゃああ!?」
間一髪。テーブルになげだしていた片手にすごい勢いでやってきたフォークを、ギャリーはとびのいてさけた。
「ちょっとメアリー!あんた今本気であたしの手の甲貫通させるつもりだったでしょ!風通しよくするつもりだったでしょ!」
「人とはなしてるときにニヤニヤしてるからだよー、きもちわるーい」
「ぐっ」
完全に図星をつかれた、という表情。
それから、ばつが悪そうな顔。
「…確かに礼儀に欠けてたわ。ごめん、メアリー」
まったく。
オカマのくせに、自分のことを嫌って…はいないとしても、好きでもないくせに、やたらに紳士なのだ。彼は。
そういうところに、ちりちりする。
「……わかればいいのよ。まったくこのオカマときたら」
「オカマじゃないわよ、別に」
「ああそうだったねえ、ロリコンだもんね」
「あのねえ」
「見た目だけはあたしの好みなのに」
あくまで軽口に混ぜて、普段はそんなことぜんぜんおもってませんけどついでに言った、というように口にした。
驚いたギャリーが、メアリーをまじまじと見る。まさか彼女から自分のなにかをほめるようなコメントが出るとはおもわなかった、と顔に書いてある。
ばっかじゃないの、と思うのに、自分の頬が熱くなってしまったのにメアリーは気づく。やっぱり言うんじゃなかった。
「…ツンデレ乙、メアリー」
「ばっかじゃないの」
「まあお互い様ね、…うん」
ひといきつくと、頬杖をついて、ギャリーは斜めの角度から、目線をこちらへ流してきた。イヴには絶対にしない、「男の色気」と自分の容姿が与える影響を自覚した表情だ。

「俺だって君の見た目は好きだよ」
「……え」
「ま、中身あれだけど、見た目だけなら、かなり好きだったタイプだわねー」

この、卑怯者が。卑怯者が、卑怯者が。あたしだって自分の魅力をよく発揮するとしっている表情をよく使う、さっきだってそうしてみせた、でもこの卑怯者め、あたしはそんなのに動揺したりなんてしないしない平然とクールに返してみせる!
そしてメアリーはクールに返してみせた。
「そ… そ、 そそ、 そう!? やだなあもう、ギャリーったら、やだなあ、やだなあ、やだなあ、やだなあ」
うわずった声、そして、赤い薔薇のように真っ赤な顔である。首まで赤い。
拳で握りしめたフォークでひたすらにざっくざっくとレモンパイを粉砕する。
一刺しごとにテーブルが揺れる。
メアリーファンの学校の男子ならば生涯の忠誠を誓うような図であった。
だが、ギャリーはただただどんびいていた。怖い。恐ろしい。やばい。やりすぎた。早く来てイヴ!と、青ざめた顔で祈っていた。

と、そこに、ふわんと薔薇の香りが流れた。いや、本当にはそんな香りはしないのだが、ギャリーとメアリーにはわかる。五感でないところで起きる、存在の察知とでもいうもの。
ギャリーの祈りに答えたのか、ちょうどそういうタイミングだったのか、鞄を両手で持った、栗色の長い髪を揺らすイヴが、とことこと走ってきた。
「こんにちは、ギャリー」
ぱあっ、とギャリーの顔が輝いた。ただでさえイヴコンの彼は、メアリーと二人きりという状況から脱したこともあって、その輝きはあたりをやきつくさんばかりだ。
ギャリーには、イヴの背中に天使の羽が見えている。強く抱きしめたら彼女の羽根をいためてしまいそう、と真顔で言われたとき、メアリーは無言で革靴を脱いで思い切り頭をはたいてやったものだ。

「こんにちは、イヴ。あいたかったわ、委員会おつかれさま。さ、座って」
ギャリーは立ち上がり、そうっとイヴの椅子を引いてやる。会いたかったもなにも、昨日も会っている。
イヴが座ると、ゆっくり椅子を押してやり、彼女の鞄を手にとって、ていねいに空席に置いてやった。
(あたしのときはそんなことしないくせに)
ちり、と薔薇が焦げたような気がした。
ありがとう、と笑うイヴにほほえみかえすギャリー。穏やかな気持ちがそこに通じあっている。
赤と青の薔薇、対のふたり。本人たちはお互いに、年令と相手のためといういいわけであと一歩を踏み込まずにいる。
でも、踏み込んでいなくたって、あんなにべったりくっついてればおなじことだ。
バカバカしくなって、メアリーはおもわずつぶやいた。
小さな声で、ギャリーにはぎりぎりとどくかどうかだ。
「カマロリコンが」
「!?」

すごい勢いでこちらを振り向いたギャリーに、やはりイヴには見えない角度にさりげなく移動したメアリーは思い切り侮蔑の目をくれてやった。
「…メアリー…あんたねえ…」
わなわなとふるえている。図星だからだろう。あと、イヴに知られたくないからだろう。
「えー、やだあギャリー、おもしろいおかおー」
イヴからはメアリーの表情が見えない。だからおもいっきりバカにしきった顔を維持したまま、声はいつものイヴ用の一番かわいい声でかえす。
「メアリー…あんたとはいつか決着つける必要がありそうね」
「はあ?あたしに勝てると思ってんの?むしるよ?(なにをとはいわないけど)」
じり、じりっ。互いに間合いをはかりあう。
そうしてにらみ合っていれば、
ぽつん、とイヴのことば。

「…いいな、ギャリーとメアリーは仲良しで…」
「「は!?!?」」
勢いよくイヴのほうに首をぶん、と向けるその動きも表情もそっくりだった。
「わたし、ふたりと、そんなふうにケンカできないもの」
さみしげなイヴの笑顔。言葉も現れる感情も少ないイヴだが、不思議なことに彼女は、言葉も表情も使わずにたくさんの気持ちを伝えることができた。
わたしもギャリーとメアリーがだいすき、もっとなかよくなりたいな。
そんな気持ちがギャリーとメアリーを包み込む。
「…イ」
「なにようもう!イヴったら!あたしの一番はイヴよう!そんなかわいいこといわないでかわいすぎるから!かわいすぎてこまっちゃうから!」
メアリーがそっとさしのべた手は、怒濤の勢いでイヴを抱きしめ、栗色の髪にやたらに頬ずりしつつ周囲へピンクのハートをまき散らしまき散らしまき散らすギャリーの前に、ひっこめるしかなかった。
イヴは恥ずかしそうにしていたが、そっと腕を延ばして背中のあたりをつかんだ。やかましくワンブレスで続くオネエ言葉はまったく耳に入らないのか、ほわほわとした幸せそうな顔でギャリーの腕の中を堪能しているようだった。
…まったく、もう。
「あたしイヴとケンカなんてしたら悲しくてしおれちゃうわ!」
「ああ、頭のワカメが」
「おだまんなさいメアリー!」
「ギャ、ギャリー」
「あらあらなあに?イヴ」
ぺちん、と、あいかわらずギャリーの腕の中のイヴが、かわいらしい音で彼の頬をはたいた。
「……みんな、なかよく」


この世のものではない美術館で、メアリーは時計にすらはかれない永遠のような時間を過ごした。
ここではないところへ行きたいとずっと思っていた。
今は広い世界にいる。何人も、何十人も、何億人だっているこの世界でなら、ここを離れてどこかへいくことだってあたらしいなにかを見つけることだってできる。
それでも、メアリーはどこにも行けない。
目の前の「それ」がほしいと、だから「これ」がじゃまだと、思ってしまうのは、やっぱり自分がおかしいからかもしれない。
やさしい視線とたがいをいたわることばでできている、ふたりの世界。
あたしの世界には、まだ、出会えていないのかな。それとも、やっぱり、■■うしか、ないのかな…

「そろそろ行きましょうか?」
ケーキの皿がからになってしばらくして、ギャリーが腕時計を見ながら言った。そう、今日の本題は、ギャリーがふたりのために本屋で参考書を選んでくれることだった。ケーキはあくまでもついでだ。
うなずいたイヴが鞄を持って立ち上がった。
なんとなく立たずに、メアリーはそれをぼんやりと見上げてしまった。
なにしてんのよ、とギャリーがきいてくる。
「…んー」
「行きましょメアリー」
「行こ、メアリー」

ここを出ようとしている二人が、座る自分を見ている。

「……うん」

いまはこうして何気なくさしのべられる手だ。でも、いつかはやっぱり置いていくのだ。きっと、そう遠くないうちに。

じゃまだなあ、じゃまだなあ。
すぐにそう思ってしまう自分の癖は、受け入れている。



でも、じゃまなのは誰だろう。











-------------
メアリーはたとえ無事にでられても異端として生きていく

2012/05/08
戻る


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -