ストロベリーパイ






ある日のことです。
パパがギャリーとおしごとのうちあわせをするというので、ちいさなイヴもついていくことになりました。
ついていきたいというイヴに、パパはちょっと困った顔をしましたが、イヴがじいっと見つめると「わかった、よしいっしょにいこうな」とでれでれになりました。ちょろいものです。イヴはギャリーが買ってくれたうさぎのブローチをベレー帽につけて、パパと手をつないで出かけました。

打ち合わせをするカフェにあらわれたイヴを見てギャリーはおどろいたようでしたが、「まあまあ、イヴが来てくれるんならもっとおめかししておけばよかったわねぇ」とにこにこ笑ってほっぺをなでてくれました。
こうしてほっぺをなでたりキスしてくれたりするので、パパやママといっしょにギャリーに会うときは、きっちり髪を編んでもらうか、ぼうしをかぶることにしています。
としのはなれたおともだちのギャリーを、イヴは大好きです。かわいくてかっこよくてやっぱりかわいくて、とにかくだいすきでした。
あたたかな日差しのオープンテラスで、パパとギャリーのおしごとの話がはじまります。テーブルの上にしょるいや写真を広げての話はイヴには難しくてよくわかりませんでしたが、真剣な顔のギャリーはいつもより声も少しだけ低くて、です、ます、という、学校の先生のようなしゃべりかたです。
とてもかっこよくて、いちごのパイもおいしくて、イヴはだいまんぞくでした。
「あ」と、パパがギャリーの後ろ側のものに気づいて、そちらから目線を動かさなくなりました。
「? …あ」
つられてうしろを見たギャリー、そして、ギャリーのおとなりに座っていたイヴも、そちらを見ます。
ばいんばいんです。
おっぱいのとても大きなおねえさんが、からだにぴったりした服を着て、細長いピンヒールで歩いているのでした。
おねえさんはばっちりお化粧して、うすい黒のストッキングの足でお尻を揺らしながら、通りのむこうへ歩いていきました。
そのあいだ、このあたりの男の人たちは、いえ、女のひとも、ほうっとおねえさんをみつめて、みおくっていました。
イヴのパパと、ギャリーもです。
おねえさんが見えなくなると、なにかの催眠術がとけたように、二人がぼんやりした顔から返ってきました。
「…いや、いやいや、ははは」
「ふふ、うふふ。ええと、なんの話だったかしらぁ」
「昼ひなかに突然あんなにセクシーな女性が現れるといけませんな、はは、……は」
イヴのパパとギャリーは、青ざめました。
いつも愛らしい、ばらの天使のようなイヴが、それはそれは冷たい目で二人を見ていたのです。

「パパは、おっきいおっぱいすき?」
ギャリーは、パパの胸に大きな矢が突き刺さったのを確かに見ました。すさまじいダメージの矢です。パパはテーブルにつっぷさんばかりになって、がくがくとふるえだしました。しなないで、しなないでパパ!とギャリーは言葉にださずに応援しますが、愛娘に冷たいまなざしをむけられたおとうさんのダメージはちめいしょうにひとしいのです。
「…ママもおっぱいおおきいものね。だからすきなの?」
「イ…イヴ、あの、ちょっと、あのね、イヴ」
ギャリーはあわてて割り込みます。パパの安否も気になりますが、このままにはしておけません。ここはきちんと説明しなければならない、と、なにをどう説明するつもりなのかも決まらないままの割り込みです。
「ギャリーもおっぱい好きなんだ」
ギャリーにも大きな矢が刺さりました。ギャリーはイヴのおとうさんではないけれど、負けないくらいにイヴがだいすきだからです。だいすきだから、きずつくのです。それが愛です。
ですが、そこは一度、命をむしられながらも生還した男です。イヴとイヴのパパのために、もちなおしました。
「イ…イヴ、あのね、なんていうか、しょうがないのよ」
「うん」
「えーっと、やっぱりね、まあ、見ちゃうわよそれは」
「うん」
「でも!おおきいおっぱいがすきなのとそのおっぱいの持ち主が好きであることは必ずしもイコールではないの!わかる!?わかって!」
「う、うん」
この場に大人の女性がいたならば、それはそれでひどい言い分だとつっこんだことでしょう。でもイヴは、まだ9才です。
それに、なんだかだいすきなギャリーがイヴにいっしょうけんめいになっているので、ついさっきまでの冷たい冬のような気持ちはどこかへいってしまいました。
だから必死なギャリーに、たずねました。
「…けっきょく、おっきいおっぱいすきなの?」
「………………    すきです」


その日イヴは、おうちにかえってママにききました。
「ねえママ、どうしたらママみたいにおっぱいおおきくなるの?」
ママはにっこりと笑った笑顔の裏で、大混乱になりました。
よもや年端もいかない我が子からセクハラのテンプレのような言葉を受けるとは思わなかったのです。おどろくことすらできなかったというのがいちばん正確なところでしょう。
口数の少ない子ですが、それだけに突飛なこともわりと言う子でした。まず落ち着いて状況を分析しよう、とママは思いました。
「……イヴはおっぱいおおきくなりたいの?」
「うん」
「どうして?」
「あのね、ギャリーはおおきいおっぱいがすきなんだって」
嘘でもないけど本当でもないことです。ギャリーがいたら「ああああああちがうのちがうのよおかあさまちがわないけどちがうのおおおお」と大変なことになっていたでしょうね。
ママは、ぴくりとも動かせない頬の筋肉を意識しながら、
あらあらギャリーさんもそういうの興味あったのねえ男の子ねえ、などと現実逃避です。
「ねえママ、どうしたらママみたいになれるの?」
その言葉だけなら母親としてこれほど喜ばしいものもないでしょう。でも。けれど。
ママはゆっくりと話します。
「女の子はね、おおきくなるとおっぱいおおきくなるのよ。だからイヴもおおきくなるわ」
「ほんと?」
イヴはパパの家系の顔立ちをしています。そしてパパの家系は貧乳…いえ、スレンダーの家系であることをママは知っていましたが、かがやく笑顔で「もちろんよ」と言いました。これはむせきにんな発言にみえるかもしれません。でもちがいます。いまはイヴが納得することがいちばんだいじなのです。第二次成長期になって、パパの家系の血がフルに発揮されたとしても、かんぜんなまったいらの今よりは確実に大きくなるのです。そこまでかんがえて、ママは「もちろんよ」といったのです。これはおとなのずるさではありません、やさしさです。
「じゃあ、じゃあ、どうしたらはやくおおきくなるの?」
「…牛乳をのむといいっていうわね。あ、あと、好き嫌いしないでちゃんと食べること。にんじんも、よ」
ちゃっかり教育的な項目もおりまぜて、ママは言います。
「…う… にんじんたべたら、あしたにはおっぱいおおきくなる…?」
「あしたは…ううん…あしたは、どうかしらねえ…」
「どようびのデートまでならおおきくなる?」
「う…うーん…」
なれないのかあ、と、しゅんとしてしまったイヴに、ママは優しく微笑みます。これだという答えをみつけたのです。
「もっと、いろんなものをみて、いろんなことをしって。
おとなになれば、いつのまにかおおきくなっているものよ」
母性あふれる微笑みです。
いつの間にかというには存在感のあるママのおっぱいに、完全には納得できないながらも、イヴはうなずきました。

土曜日は、ギャリーとのデートの日でした。
いつものようにおめかしして、今日は一日中いっしょです。だから髪もさらさらに流したままです。
公園をおさんぽして、ちいさな美術展を見て、公園の中にあるみずうみのボートに乗るのです。
ギャリーは見た目よりずっと力があるので、ほかに浮かんでいたどのボートよりもきれいな動きで、水面と木陰がつくるいちばんすてきな場所までつれていってくれました。
長い腕とオールを握る手を、イヴはじいっと見ています。
行楽日和の公園はにぎやかでしたが、ボートに乗ってみずうみの真ん中にまで行ってしまえば、人の声も鳥の声も遠くからしか響きません。
みずうみの水鳥は人になれているようで、餌をほしがってボートに近づいてきたので、ギャリーといっしょに待ち合わせの前に買っててくれたおひるごはん、デリのサンドイッチのはじっこを少しわけてあげました。
地面の上とはちがう、水の上をわたる風がふきぬけて、薄紫の髪を揺らしました。晴れた日の水面はきらきらと輝いています。水鳥はギャリーの手のひらのすぐ近くでパンくずを食べていて、かわいかったのだけれど、イヴはギャリーの横顔から目が離せませんでした。
「……なあに?イヴ」
そのまなざしを流し目と呼ぶのですが、イヴは知りません。ただ、思わずぽつりと言いました。
「…………セクシー…………」
「…は?」

セクシー、と、ギャリーのことを話している人がいました。お手洗いに行って、戻るときのことです。
イヴは「セクシー」はおとなのおんなのひと、先日カフェで通り過ぎていったようなおんなのひとに使う言葉だと思っていました。でもこんなに女の人の話しかたが似合うギャリーだから、セクシー、もきっとあてはまるのでしょう。
かっこいい、や、きれい、かわいい、より、たしかにぴったりくると思いました。
すぐに駆け寄らずにこっそりと、イヴを待つギャリーを観察しました。長い手足のギャリーが柵にもたれているところはなにかのモデルのようです。イヴといるときはいつもくるくるとかわる表情の真顔を見るのは、そういえばとても久しぶりです。
そうしてイヴは、たしかに、と思ったのです。

「セクシー」
「な、なに、どういうこと…先日の巨乳ガン見事件を責めてるの…?」
イヴはすりすりとおひざで歩いて、ギャリーのおひざのうえに座りました。ギャリーのことをセクシーといっていたおねえさんたちもおっぱいがおおきかったことを思い出したのです。
それだけで、ギャリーがその人を好きになることがない、というようなことは、言っていたけれど。
イヴは、自分がどうしてこんなぐるぐるの気持ちになっているのかわかりませんでした。なぜおおきなおっぱいにこだわってしまうのかも。
今日の飲み物はミルクティーです。少しでも牛乳をのまなくちゃ、とイヴは思っているのです。
「…あのね、ギャリー」
「なあに?」
イヴはギャリーの胸元の服をつかんで、きらきらの赤い瞳で見上げて、言いました。
「わたしね、おっぱいおおきくないけど、ギャリーのことすきだよ」
それから、ほっぺにちゅう、とキスをしました。すきだけじゃたりないから、キスしたところから、すきよりもっとおおきなきもちがつたわりますように、と思いながら。
ずきゅん、とギャリーの胸に矢がささります。今度はダメージではありません。ハート型の矢です。
「…もう!もうもう!あたしだってイヴのことだいすき!だいすきよ!」
ぎゅううう、とイヴを抱きしめたギャリーが、頬に、額に、鼻に、たくさんキスをかえしてくれます。イヴは珍しくこどもらしい笑い声をあげました。
ギャリーにキスをしてもらったところは、ぱっとお花が咲いたようなあたたかさとひかりを感じます。すき、だいじ、っておもってくれるきもちがつたわるのです。もしからだじゅうにキスしてもらったら、すごくきもちいいだろうなあ、とイヴはおもいました。
腕の中は、あまいにおいと、たばこと、コロンと、かすかなギャリーのにおい。
胸がいっぱいになったイヴはしあわせでした。もう、おねえさんたちのことをきにするのはやめよう、そう思いました。だってこんなにすてきなキスをしてくれるギャリーは、イヴのことがだいすきにきまっているからです。
ひととおりキスして気がすんだらしいギャリーは、それでもぎゅうぎゅうとイヴを抱きしめて頭をなでながら「イヴ天使マジ天使」と繰り返しています。そしてイヴは、すごいことに気がつきました。

(そっか。こうして、好きが胸にたまるから、おとなのおんなのひとはおっぱいがおおきいのかも)
じゃあもっと吸っておこうかな、と、イヴはギャリーのコートの内側に収まって深呼吸をはじめました。
「はーイヴかわいいどうしよもうロリコンになっちゃおっかなー…ってなにしてるのイヴ」
「おっぱいおおきくするの」
「!?」








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それはからだのことかからだのいちぶのことか みたいな。
「おっぱい」という単語のタイピングがおもいのほか気持ちよかったのが悪い

2012/05/08
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