happy ever after/3

※リクエストもの 第三回 二回目はこちら
※最終話後、西東です。リク内容は後ほど








実家に帰る! と言って息巻いて会議室を飛び出したイースは、走りながら東せつなに変移し、そのままの勢いで本部に用意された自室へ駆け込んだ。
かつて桃園家で使われていた家具一式を運び込んだインテリアは、赤を基調とした少女らしい部屋だ。親友と、おとうさんと、おかあさんがいるあたたかな家庭で自分のためにあつらえられた家具や道具。ベッドの上に倒れ込んだ。
桃園家の思い出は、彼女をいくらか落ち着かせてくれた。全力疾走と怒りでぐらぐらしていた頭と荒い呼吸を鎮めようと、クッションをむしりとるように握り締めながら大きな深呼吸をくりかえす。

自分はとても怒ったのだ。逆上した。見とれることも少なくなかった彼の顔を、思い切り打った。あんなに怒りをぶつけたのは、記憶にある限りはじめてだ。なぜ怒ったのか?許せなかった。あんな、どっちでも、どうでもいいみたいな言い方。結婚するってこと。わたしと。バカだ、でもそのバカが好きだ。そうだ、わたしはほんとは怒ったんじゃない、傷ついたんだわ… もう少しくらい、わたしのこと、おもってくれてるって、勝手に信じてた。

涙で顔中が濡れていた。横になったまま涙を流し続けたので、広がりかたがすごいことになっている。袖でこすってみたもののまったくもって足りなかった。タオルを冷たい水でしぼって顔を拭いたほうがいい、美希にもらったアロマオイルはまだあったはずだ、それも使って落ち着こう。

(国王になるって、意味、ほんとにわかってんのかしらあいつ。わかってないような気がしてきた。それに、わたしと結婚するってことも。きっとわかってない。だからあんなふうに軽く言ったんだわ。おゆうはんの献立を聴くような気軽さで。傷ついたわ、わたしは傷ついた。それを知られたくなくてあんなふうに攻撃してしまった。でも、もし、ほんとにわかっていないなら)

青いボトルから一滴、琺瑯のボウルにオイルが落ちて。ふわり、甘い香りが満ちる。

(…これは、チャンスじゃないの?) 

囁く声は、着色料だらけの甘い甘いあざやかなキャンディのような、毒々しくも魅力的な誘惑。

(わたしは… あいつにとって、仲間とか、妹とか、そういう存在で…きっとこの先もそうなんだわ。その席は確保されてるし大切にもされてるけど、そこからは動かしてもらえない。そのうち、わたしのいちばん欲しい場所には、まだ見たことのない誰かが座ることになる。今のうちに、あいつがその意味をわかる前に、何食わぬ顔でそこに座ってしまっては)

いけないだろうか。

そこまで考えて、扉をノックする音に気づいた。むろん、本部の中なので基本的には自動ドアだったりなにかだったりするのだが、手動で扉を開けるという行為を気に入っていた彼女は、自動扉の奥にもう一枚の壁と木製のドアをとりつけていた。そこは小さな玄関のようになっている。タオルで顔をぬぐい直して、鏡で顔を確認する。多少瞳が、白い目のところが赤くなっているけれど、他はおおむね、大丈夫だろう。応対しないわけにもいかない。手櫛で髪をととのえながら扉を開けた。

「! …ウエスター… いえ、隼人」
西隼人の姿をした彼は、あろうことか薔薇の花束を持っていた。真っ赤な薔薇のむこうで、彼女の薄く腫れたまぶたを見て息をのんだ。が、意図して真顔を作り直した。彼の頬も腫れていたのだが、それでも、何かを決意して引き締めた表情のその彼は、惚れた欲目を抜いたとしてもどうしようもなく凛々しく、男前であり、そしてせつなは元より彼に恋をしていた。なんかもうなにもかも全部許すわ、叩いて悪かったわ、と言いそうになってしまい、いえこれはいつものようにおやつをこっそり食べたとかそういうレベルで許してはいけないことだったと思い直し、戦うためにかつての「イース」の仮面を被った。あまりこれを使うのは好きではないが、何よりも自分の心を守ってくれるのだ。特に、彼からは。
「なにしにきたのよ」
予想以上にドスの効いた声に隼人が怯んだのを感じ、やりすぎた!と焦ったものの表面にそれはまったく現れない。
「…話をしにきた。部屋、入ってもいいか。せつな」
消沈したその顔も、憂いを帯びて色気すらあるように見えるから手に負えない。わたしによくないことをしたと思って、いつもニッコニコの彼がこんな顔をしている!イースもその奥の彼女も高揚感に震えたが、あくまでもそれは表に出さない。彼が見たのは、冷え切ったまなざしで尊大にベッドを顎で示す、せつなの姿のイース様である。
「ありがとう… これ、受け取ってくれ」
「…なにこれ」
「薔薇だ」
「見ればわかるわ」
「議員連中が…とにかくこれを持ってけって」
困惑しきった彼に、悲しみがこみ上げる。赤い薔薇の花束なんて、愛を捧げる女性に贈るものだ。正直、扉の前でそれを見たときは、もしかしてわたしを女性として扱って、プロポーズとかしてくれるのかもとちらりと考えたのだが、まったくもって勘違いだった。自分のおめでたさに泣きそうだ。
「そう、受け取っておくわ。花は悪くないものね」
「俺は悪いのか」
「どうかしらね」
花瓶はなかったので机の上に置いた。シングルベッドで、大きな体で居心地が悪そうにしている彼の隣に座る。見上げたら目を逸らされた。
「…なんなの?話があるならわたしが聞くつもりがあるうちにいいなさい」
「え、あ、えーっと、すまん」
「なにが」
うー、とか、あー、とか、彼にしてはめずらしく言葉を選んでいるようだった。やがて再び表情を引き締め、青い瞳がこちらの目と心臓を真っ直ぐに射抜いた。
「せつな、さっきはすまなかった。俺が適当に見えていたなら謝罪する。そうじゃないってことを聞いてほしい」
「…」
「この国に指導者が必要だってのはわかるよな?独裁者に支配されてきたからってのもあるが、わかりやすい目印のリーダーが、今のラビリンスには必須だから。どうすればいいのかみんなわかんねーんだよな。いちばんえらいやつが一目でわかる王政ってのはいいと思う。っても、これはあの後で考え直したことだけど」
「ええ…そうね。 あんまり唐突だからとっさに拒絶してしまったけど、言われてみれば、そうかもしれない…」
「国王ってさ、まあ、俺かサウラーのどっちかだよな。プリキュアって言われちまってるし。サウラーに国王むいてると思うかお前」
「無理ね。どうしようもなく悪者サイドの国王顔よ、明日にでもパラレルワールドの侵攻を開始しそう」
「だろ!? 俺あのツラが他国の王様として挨拶にきたら戦闘準備に入る!」
「…ふふ、そうね、たしかにあいつ、怪しいわ。悪いけど、怪しいわ」
「なっ、なっ。…俺さあ、なんも考えないで国王引き受けたように見えたかもしんねーけど。確かに深く考えなかったけど」
「やっぱり」
「だけどさ、楽しいか?って聞いたら、サウラーが「もちろん」って言ったから。だったら大丈夫だなって思ったんだよ」
「…隼人」
「やっぱなんか企んでそうな笑い方とかするし、初対面のやつにはまず信用されねーだろーなーって顔だし、折れそうなほどキツいイヤミ言うやつだけどさ、俺、あいつのことけっこう信じてっから。あいつがあの顔でああ言ったなら、楽しいことなんだよ、しんどいこともあるかもしんねーけど、楽しくしてくれるんだよ。だから国王やる。向いてるかどうかは、あれだけどさ。精一杯がんばるってやつだ」
そう言って照れ笑いした隼人は、すっかり仮面をはずしてしまった彼女にはまぶしかった。

(あなたは悪くない国王になるんじゃないかしら。為政者が備えるべき風格と、力強い容姿がある。こどもや老人は、あなたのなかの思いやりといたわりの心、同じ目線で話を聞く心ばえを確かに感じてあなたを好きになる。男は自分の上に立つものとして、根拠がないだけに尽きることのない楽観主義とエネルギーに太陽を見てあなたを慕うでしょう。
女だって、この人は絶対に自分と自分の親しい人を守る、そう信じることのできる男の目は、見ればわかるようにできている…)

ほんとうのことは、頭が理解できなくても心が理解する。

(あなたは国王にふさわしいかもしれない。けれど、わたしは? …王妃ですって?)

「それでさ、王妃のことなんだけど、せつな」
イースでもせつなでもないまなざしで、彼女は国王になる男を見上げた。彼は膝に置かれていた彼女の小さな手をそっと取った。互いのからだのちがいをいやでも感じてしまう手だ。この手はよくわたしに触れていたけれど、こうして手をとられるのは、もしかして、初めてなんじゃないかしら。
「俺が国王になるなら、王妃にしたいのはお前だ。プリキュアだったからとか、英雄の二人だからとか、いろいろ、みんなにとって都合がいいからってのもあるけど…」
「…あるけど?」
薄いレースのカーテンから、やわらかな風が吹き、強い光が降り注いだ。彼の金色の髪がきらめいた。
「お前は、この国を誰よりも好きだから。ラビリンス中の人間に愛されて、ラビリンスで一番幸せになってほしいんだ。クリスマスツリーのてっぺんとか、ホールケーキのチョコのプレートとか、そういうところにお前を置いてやりたい。そのために俺は協力を惜しまないつもりだ。後悔はさせないし、俺に惚れろとも言わないから、だから、結婚しないか。その…ラビリンスのためにも」

なんという、誠意と優しさに溢れた残酷な提案だろう。もう枯れ果てたつもりだった涙が再び頬を濡らした。愛されている、それは疑いようも無い。ただ、恋をしていないだけ。でも、もう、それでもかまわない。彼の博愛への裏切りに他ならないけれど、誰にも渡したくない、自分のものにしてしまいたい。恋とはそういうものだから。

「わかったわ… わたし、…ラビリンスのために、あなたと結婚する。ラビリンス王妃になるわ」

濡れた睫毛でどうにか微笑んだ。とたん、西隼人の真摯な顔が、ふわーっと、厚い雲の晴れた太陽のように満面の笑みになって、太い両腕が東せつなを肩ごと抱きしめた。
「そうか…うん、そうか! 幸せにするからな、せつな!」
「きゃあ!ちょ、ちょっと!」
勢いづいてそのままベッドに倒れ込んでしまい、せつなは本能的な危機感と期待で身がすくんだのだが、西隼人はといえばぬいぐるみをぎゅうぎゅうするときとなんらかわらない態度で鎖骨のあたりに額をすり寄せてごきげんである。
(え、あの、これ、胸に… まるっきり気にしてないの!?こいつ!)
「そうだせつな!」
「はい!?」
がば、と彼女の顔の両側に手をおいて起き上がった彼は、笑顔の化身ホホエミーナもかくやの笑顔で切り出した。
「研究中のオリジナルドーナツのレシピがかなりいいかんじになってるんだ、試食してくれ。な!」
全身の力が抜けた。 それから、笑えてきた。彼がわたしにあげたいものは、真っ赤な薔薇の花束じゃなくて、ドーナツなんだ。つまり、そういうことなんだわ。だけど、もう決めた。国のためという大義名分と、彼の優しさを利用してやるのだ。悪いことは今まで何度もしてきた。いまさらもう一度増えたってかまうものか。これが最後のはずだから。






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見えないのに見えるものもあるし 見えているのに見えなくなるものもある

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2010/02/09


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