フェイバリット

※ティルさんからのリク
※本編数年後くらいのイメージ、四ツ葉町にて
※一応西東。








クローバータウンストリート。個人商店の並ぶ、雑多だがあたたかみのあるその商店街を、二人の女性が歩いていた。空は夕暮れにそなえて、鈍い青と金色の混じった雲が輝いている。
桃園ラブは、そこかしこですれ違う知り合いに手をふりながらもにこにこと連れの女性に語りかけている。弾けるような、まわりを浮き足立たせるような朗らかさと瞳のきらめきは、成人しても失われることはない。
「うふふー、かわいかったなあ、せつなの生徒たち。ラビリンス人って美人ばっかりだからあの子たちもそわそわしてた」
せつなと呼ばれた彼女は穏やかに微笑んだ。香る花のようににじむ笑顔は、彼女の積み重ねてきた幸せな時間を思わせるに十分で、もとより美しい造形の彼女をさらに美しく、強くも穏やかな光で輝かせた。
「ラブの教え子たちもみんないい笑顔だったわ。今頃みんなでファミレスあたりに行ってるかしら」
「ダンスかもしれないね、カラオケとか? ねえ、せつな、嬉しいね」
「ええ、嬉しい。わたしとあなたがともだちになって、わたしの生徒たちとあなたの教え子たちもともだちになって、幸せって、つながるだけじゃなくて広がってゆくのね」

桃園ラブはボストンバッグを抱え直した。この中につまっているのは、ダンスレッスン用のジャージと教え子たちの練習メニューや気づきがたくさん書き込まれたノートであり、今の彼女の夢だ。
「学校、うまくいってるんだね?せつな先生。…イース先生か。あの子たちのこと見てればぜんぶわかる、いまのラビリンスも、これからのラビリンスのことも」
「あなたこそ。みんなコーチ、コーチ、って。ラブのこと大好きなのね」
こどもは未来をつくるもの。その彼らが笑顔でいるのは素晴らしいことだ。彼らは、自分が桃園ラブと出会った頃と同年代か、それよりひとつふたつ年下だ。当時は自分が子供だなんて考えもしなかったが、今こうしてみると、あの頃の自分はなんとかわいそうな子供だったのだろうと思う。そのかわいそうに、お釣りを乗せてさらに百倍に増やしたような幸せがあとで訪れるにしても。

「今日はほんとにありがとう、せつな。あのこたちに会わせてくれて」
昼でも夕暮れでもない、ほんの一瞬の黄金と青の混じる光、行き交う人々を背景に、一枚の絵のように親友が屈託なく笑う。ありきたりな光景だ。それだけで涙が出そうなほどに。だから、桃園家に着いてからにするつもりだったことを、今しようと決めた。
「あのね、ラブ、今日はあの子たちの遠足だけじゃなくて、もうひとつ話したいことがあってきたの」
「なに?」
「瞬がずっととりくんでた仕事がようやくひととおりのめどを迎えたのよ」
「へえ! よかったねえ、新婚なのにあいつったら仕事ばっかり、ってみきたんすねてたもんね」

この場にいないもう一人の親友には、悪いことをしたとは思っている。今や世界中を飛び回る、地球屈指の美女は、逆に自室からめったに出てこない自分の同僚にべたぼれなのだ。昨年とうとう結婚した(それはもう地球とラビリンス、さらにはスイーツ王国までもを巻き込んだ大騒動の末に)のだが、結婚するなり同僚はとあるデータの復旧と発掘作業に夢中になってしまった。そのデータというものが、どちらかといえば自分と恋人に深く関るものだけに、ゆっくりでいいから新婚生活を満喫しろと再三ふたりがかりで説得していた、それなのに。
「一日でも早く解析を完了させたいって、のめりこんじゃって。だけどようやく、目的を果たせるだけのデータは揃ったわ」
「…目的?」
「ええ。あの国の婚姻制度と、結婚式のしきたりを解析したの」

管理国家ラビリンスとはいえ、人類として発展してきた以上、文化も芸術も当然存在していた。合理性のない行為の理解ができなかったコンピューター、メビウスによってそれらは一度は失われてしまったが、同僚は解析チームを結成し、日夜その復旧に取り組んだ。
そうしてとうとう、ラビリンスにおける「結婚式」の概要と、再現に必要な資料を一式取り揃えたのだ。

「せつな、それって… それって、もしかして、もしかして、もしかしなくても!」
「愛も幸せもひとりじゃつくれないのよね。でも、好きあった相手どうしとだと、きれいなきもちがどんどんふくらんで、こぼれて、まわりにも伝わっていく。強くつないで、つながれるの。結婚って、すごいシステムよね。コンピュータのシミュレーションでは辿り着けないしくみだわ。やっぱり、あの国にも存在していた…」
柔らかな曲線だけでつくられたような彼女は、金色に輝く並木と、それよりも美しく見える、四ツ葉町の人々に目を細めた。
「いくら配っても尽きないものを手に入れたいから…いえ…ただ、そうすることが圧倒的にただしい、ずっとまえから決まってたことだって、どうしてかしら、そう思うのよ。教えられてもいないはずなのに、知ってたみたいに」
みるみるうちに、親友に言葉の意味が浸透してゆくのが確かに見えた。なにもかもをさらけだしてしまう、時に乱暴な太陽の光が弱くなり、ひとの心を強くあらわしてしまう、夜とのすきまの時間だから。

「ねえラブ、生まれ変わったあの国の、一番最初の結婚式を挙げられるのよ、わたしたち」

ひとの喜びをそのまま自分のものとして受け止められる親友は、指先にまで歓喜に震えながら、バッグを投げ捨てて彼女に抱きついた。

「おめでとう… おめでとうせつな!」
「ありがとうラブ」
「うれしい! いまわたしすっごくうれしい! そりゃ、そのうち結婚するんだろうなとは思ってたけど、ねえ、でも、せつなと隼人さんの結婚って、二人だけのものじゃないんだよね?もっともっと、もーっと、ふたりと、みんなみんなが、幸せになるものなんだよねっ? なんか、今、それが、すごく…やだどうしよう、なんで泣いてるんだろうわたし…」

あの頃より互いに手足も伸びて、丸みのあるラインにはなったけれど、こうして抱きしめ合ったときのやわらかさと震える心は変わらない。抱きしめかえすことのできる自分でよかったと思いながら、肩口を濡らす彼女に、ひたひたと自分が満たされる。その心地よさだって変わらない。

「ありがとうラブ…ひろがるわたしのしあわせの、一番最初のはじまりは、あなたがくれたクローバーよ。あのクローバーは砕いてしまったけれど、そのときいっしょにくれたものは、途切れずにずっとわたしを照らしているの。これからもそう。あの日のわたしを…愛してくれて、…ありがとう」

滲む視界を意識して、声が震えた。なにもなかったかわいそうなこどもに与えられたクローバーは、光になり、ふくらむ愛になった。そうしてあふれた愛は、どこかで誰かのクローバーになるだろう。そうして、ときどきは乱暴に踏みつけられながらも、故郷を塗り替えてゆくだろう。そのことを神託のように圧倒的に確信した。金色の光は優しく世界を染めてゆく。











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お題「数年後、ラブに結婚の報告に来る東、みなみき結婚済」でした。
個人的には、みなみきより西東のほうが絶対結婚早いだろうと思っていたので、この「みなみき結婚済」が鍵になって、自分の頭だけでは着地できないものができました。
ティルさんすてきなお題ありがとうございました。
どっぷりたのしんでかかせていただきました。


2010/02/03


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