いつかのティータイム(イースとウエスター)

※本編中、イースとウエスター



ほの暗く、つめたく湿った森の奥。ひっそりと佇む占い館に、イースは戻ってきた。手にはおなじみになった、ハートの穴のあいたドーナツ入りの紙袋。玄関ホールの扉をきちんと閉めてから、偽装を解除する。広間のソファには、大きなからだをぐたりと投げ出した同僚がいた。雑誌で見た、虎の毛皮の敷物を連想した。

「あー…おかえりイース」
「なんだ、もう戻ってきたの? 意外と早かったのね」
その横をすり抜けてキッチンへ向かう。ふわりと甘いにおいが漂った。
「んなことねーよ、すっげーすっげーフコーな時間だったよ。おえらいさんがたがまじねちねちねちねちと…」
サウラーの使うティーセットを取り出し、紅茶を煎れる。とはいえ、原子を動かして一瞬にしてぐらぐらに沸騰させたお湯に茶葉をつっこみ、ぐるぐるかきまぜて色をつけてから漉しただけ、という、お茶と呼ぶのもおこがましい、色つき湯とでも言うべきなんとも乱暴なものだった。が、彼女は紅茶なんて好きでも嫌いでもない。これは舞台装置の一種なのだ。
「あんたが悪いのよ、あれだけ遊び歩いてるばかりじゃ本部からの召喚だってかかるわ。いまだに消去しないなんてメビウス様はお優しすぎる」
「なあイース、そのドーナツおみやげ?俺の?」
「ええそうよ、おみやげ」
「マジで!? え、うそ、マジで!? イース最高!」
トレイに、きれいに盛りつけたドーナツと、華奢なティーカップにきちんとおさまった紅茶を掲げ、ソファの上でキラキラしたまなざしをむけてくる同僚に、イースはにっこりと笑った。習得した「東せつな」のやわらかな笑みで。
「これはわたしへのおみやげ。 叱責されてへこみきってるあんたの前で、ゆっくり、時間をかけて食べるために買ってきたのよ」
「…ま、またまたイースちゃんたら… そんなこといってー、俺をなぐさめてくれるために買ってきたんだよな?」
もう一度イースは笑った。今度は、フォルダから引っ張り出してきたものではない、彼女の本心からの笑みで。つまり、ニタリ、という、子どもが見たら裸足で逃げ出しその後大人になってからも夢にうなされることになりそうな、めちゃくちゃに邪悪な笑みで。
「んなわけないでしょ馬ー鹿、とうとうあんたが叱責されるってきいて嬉しくてそのために買ってきたんだから。ずっとおかしいとおもってたのよ、あんたなんかとあたしが同列だなんて。メビウス様はやっぱりわかってくださってたのね。向こう一週間外出禁止を言い渡されたのよね?つまりドーナツも食べられない。ああかわいそうねえウエスター、こーんなにおいしいものが食べられないなんて…」
とうとうとまくしたてながら、ゆっくりとドーナツを一口かじる。
「甘くてふわふわ、これだけはこちらの文化として認めてやってもいいわね」
「ああああイース… た、頼む一口だけでも、ていうか俺はいっつもお前らにおみやげにしてただろ!?」
「ハッ、覚えてないわねそんなもの。しっかし予想通りねえ、でっかいからだでちょろちょろとうごきまわって、おかしいったらないわ。そして予想以上に今日のドーナツは甘美だわ」
「こ、このドエス!」
「無能に何を言われてもどうでもいいわ。ほらもっとみじめに哀願してみなさいよほらほら、ああ紅茶と合うわねえこの新作イチゴクリームは」
「…こ、この…!」
もはや涙目になっている同僚の姿に、イース様はたいそう満足なさった。ここまで想像どおりだと、もう嗜虐心だけでなく全能感まで刺激されてくる。さんざんにでっかい猫をじらし、からかい、希望を与えては奪い取った。そうして騒がしくも時間をかけて、ふたつめのドーナツを食べ終わるころには、彼はこちらに背中を向けてうずくまってしまっていた。見ないことにしたらしい。まったくもって猫だ。
背中をむけられるのはつまらないわね。まだドーナツはあるんだからねばればいいのに。そうやって諦めるのは使命を帯びた身としてはよくない姿勢だわ。もっともっとねだれば、まあ、カケラくらいは与えてもかまわないかもしれない。
そうして彼の背中をながめているうち、ふいに自分の中に斬新としかいいようのない考えが降ってきた。
たとえば、このドーナツを、ほんとうにあげたらどうなるだろう。これは最後のひとつだけど、だから、まあ、ひとつでなくて、半分とか。

そのシミュレーションを実行したとたん、全身を襲った衝撃。メモリの少ないPCに高解像度の動画をつっこんだような衝撃に、すべての思考を一瞬忘れた。
それからあわてて我にかえって、今自分に何が起きたのかを考えた…考えようとして、本能的な危機を感じて、捨てた。みなかったことにした。なんだかとんでもないものに触れかけた気がした。まったくもって未知のおそろしいなにかだ。あのプリキュアといるときにもときどき前触れなくおそいかかってくる、あの、なにかだ。
もういい、このドーナツをさっさと食べてしまって部屋に… ……、

ばちん!と大きな広間に小気味いい音が響く。
そろそろとドーナツに伸ばしていた手を思いっきりひっぱたかれたウエスターは「いってえ!」と手の甲をひっこめて、逆の手でひたすらにさすった。
「いってー、おまえ、ハエかなんかみたいな叩き方したろ!」
「盗人なんてハエ以下だわ」
乱暴にドーナツをわしづかんで、ほとんど咀嚼もせず、飲み込むように食べてしまった。一口でいきたいところだったが、さすがに少女の小さな口では無理だった。
「あー…… ドーナツ…… おまえ、ほんと、ケチだなー…」
「なにがケチなのよ、もともとわたしのよ。なんであんたに恵んでやらなきゃいけないわけ?」
「仲間なのに」
「な か ま? あっはは、そんな考えだから使命を果たせないのよ、あたしたちは仲間なんかじゃないわ、協力しあう? そんなもんじゃない、踏みつけてのしあがる、奪っては抜きん出る、そのためにあたしたちは三人で派遣されたのよ」

そうだ、わけあたえてなんかやるものか。ドーナツだって、手柄だって、あのかたからの評価だって、すべてわたしのものだ。






それはまだ、ひとりじめの寂しさを知らない頃のこと。





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南は占い館で仕事中


2010/01/30


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