さよならなんて云えないよ(西東)

※本編中、キュアパッションとウエスターの話
※空白の夏(西東的な意味で)を妄想しようプロジェクト第一弾





幸福を司る伝説の戦士キュアパッションは、公園の芝生広場に座っていた。視線の先には、管理国家ラビリンスの武闘派幹部ウエスターがいる。不幸を集めることが使命という、どう見ても人間の敵である彼は五匹の犬とたわむれていた。あんまり楽しそうにしているものだから、母親と公園に来ていた、ねこのきぐるみのようなジャンプスーツを来たこどもまで混ざってはしゃいでいた。こどもを高いところへ抱き上げてやったり、右足に犬たちをじゃれさせたり、全力で、体全体で遊んでいる。やがてこどもが大満足といった表情で母親のところへひきあげていくのを見届けて、キュアパッションも立ち上がった。
「よし、のびすけ、もさもさ、シロ、ハム、わんこ、お前らを俺の部下にしてやろう。メビウス様が直属の俺の部下だぞ、どうだ光栄だろう」
「なんなのその名前」
「俺がつけた」
「患畜に勝手に名前つけないの」
ブルテリア、アフガン・ハウンド、サモエド、ウェルシュ・コーギー、柴犬の五匹は、つやつやした目をウエスターにむけては、ちぎれそうなほどにしっぽをふりながらまとわりついている。キュアパッションが近づけば、そちらに体をむけて軽く吠えだした。
「あなたたちえらいわねー、このバカと遊んであげてたのよねー」
「訓練だ」
「さあみんなリードつけましょうねー」
「訓練だっつの」

同じご町内をテリトリーにしていれば遭遇率は高い。もとより徘徊率のたかかったウエスターは同僚の女幹部の離脱後にその頻度がますます増していたし、キュアパッションは仲間と出歩くこと、家で過ごすことが多かったが、最近は一人で散歩することが多い。
今日は友人の家業の手伝い、入院患畜たちの散歩の手伝いバイト。
「もう帰るのか」
「噴水むこうの広場にも連れてってあげたいの」
「そうか」
リードを握って歩き出したキュアパッションに、ウエスターは当然のように横に並んだ。ふたりを囲むように犬も歩き出す。
「…ふふ、あなた、芝だらけ」
「む」
「違うわよ、こっち。ちょっとじっとしてて」
やわらかく微笑んだ少女に、青年は居心地がわるそうに静止した。その体を、彼女の手がぱたぱたとはたいてゆく。犬たちはそんなふたりを、ふさふさとしっぽをふりながらおとなしくじっと見ていた。
「とれたわ」
「…すまん」
うん、と小さく返して、ふたりはまた歩き出した。青年が歩幅をあわせてあるくその二人は、まったくもって、はたから見れば仲睦まじい二人で、少し見ただけならば兄妹に見えただろうし、恋を知る者にはいっぺんの紛れも無く恋人同士に見えただろう。
「昨日ね、ラブと映画みたのよ。DVDなんだけど、野獣なの、王子様が」
「それは若い女の子がみちゃいけないようなたぐいのものじゃないのか」
「死ねばいいのに。ラブストーリーよ。野獣っていうのは、文字通りで、モンスターなのよ。野獣と、ヒロインがであって、恋をして、幸せになる話」
「野獣と、女が」
「そう。ある発明家が、狼に追われて見知らぬお城に上がり込んでしまって、お城のあるじである野獣に牢屋に閉じ込められるの。発明家の娘がヒロインでね、お父さんをさがしにきてそのままお城にとらわれてしまうんだけど…でもこのお城がすっごくかわいいの、お城のものはぜんぶ呪われているんだけど、召使はろうそくやティーカップや時計になっててね、歌って踊ってくるくるしながらヒロインの世話をしてくれるの」
「そういうパラレルワールドどっかにありそうだな」
「ありそうよね、ちょっと行ってみたいかな…お城にかけられた呪いは、あるじである野獣にかけられた呪いなの。呪いを解くにはね、魔法の薔薇が散る前に、…」
そこで彼女は立ち止まってしまった。気付かずに歩いていたからリードに引っ張られるかたちになった犬たちにつられて、彼も半歩うしろの彼女を振り返る。
喉の奥に、飲み込まなければならないものがある。そんな顔で、柘榴色の瞳を苦しげに揺らす姿に、彼は何もしなかった。身動きもせずに、穏やかなふりのできる風を待つことだけが、いまできることだった。
戦わなければならないふたりがこうして過ごすためには、触れてはいけないことがたくさんある。そのどれかに指先が触れたことを読み取ったのだった。

かつて、たくさんの言葉をぶつけあった。光だとか、支配とか、自由とか、愛とか使命とか、そういう、おおげさな弁論をひたすらに糸のように操って、互いを互いの思い通りにしようとした。けれどどれだけそんなやりとりを重ねても、糸は絡まるばかりでまったく相手に届いていないうえに、自分までごちゃごちゃに絡めとって、もつれあって、どうにも立ちゆかなくなってしまった。ふたりとも糸をなすりあうばかばかしさに薄々気づき始めて、やがて、どちらからともなくぱたりと、あれだけ振り回していた御大層な大義をひっこめてしまった。
そうしたら、あとに残ったのはどうでもいいようなくだらない話だけで、それでも二人は会うのをやめはしなかった。どうでもいいようなくだらないことを話すのがやめられなかった。
買い物を頼まれたから、街を下見しなければならないから、散歩したかったから、調査が必要だから、いろんな理由をつけては相手の現れそうなところへ出向くのだった。

「…薔薇っていえば、ふたつむこうの駅に薔薇園があるの知ってる?」
「いや」
「いま、見頃だそうよ。夏薔薇が。いろんな色のつるばらのアーチとか、植え込みが岸辺に並んだ人工池とか、迷路みたいな庭園とか。喫茶がすごくすてきなんですって、ちっちゃなお城みたいで、真っ白の椅子とテーブルが薔薇のお庭の真ん中にあるの」
「ナツバラねぇ」
「…わたし、土曜日に、行ってみようかとおもってて。学校ないし、ラブが補習で、ダンスレッスンもないから、ひとりで」
「…そうか」
「ええ、午前十時くらいに、駅前にいようかなって」
「そうか。土曜日の、午前十時くらいに、ふたつむこうの駅前に、ひとりでいるのか」
「ただのひとりごとよ、これは」
「わかってる、俺も明日になったら忘れてる。だからもし会っても」
「ええ、偶然ね」

無駄なことばかりしてるような気もするし、これがいちばんしたいことのような気もしている。言いたいことがたくさんある気もするし、なにもないような気もする。
幸福を司る伝説の戦士キュアパッションは、いつか自分を殺すかもしれない彼のとなりで、ずっとこの道を歩いていられたらいいのにとか、土曜日にどんな服を着ていこうかとか、ぬるい考えとモラトリアムの甘さの毒に浸っていた。






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ポケットの中で魔法をかけて


2010/01/27


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