ぶくぶく





「五ェ門、私のこと愛してる?」
「…何故、そのようなことを問う」

暑さも薄れ秋に近くなった日本は時折心地良い風が吹く。縁側で風鈴を取り外す小雪がおかしなことを問うものだから閉じていた目を開いた。小雪は何時でも丈の短いものを身につけている。視線に困る。

「私ねえ、人魚なんだよ」

元より小雪の頭はおかしな構造をしていると思っていたがとうとう沸いてしまったらしい。拙者の隣に腰をおろす小雪の横顔は夕日の所為か普段より大人びて見える。「人魚姫、知ってるでしょ」と思ったら普段の幼い笑顔を浮かべて此方を見た。「知っている、お主があの人魚であると言うのか」「うん」「下らん」茶番に付き合う暇があるなら修行に励みたいものだ。再び目を閉じた。「ちょっと五ェ門!」拗ねた様子の小雪の声が耳に入る。何も言わないでいると諦めたのか小雪の気配は去った。

三十分は経っただろうか。世辞にも淑やかだとは言えない騒がしい足音を立てて小雪は戻ってきた。「お風呂沸いたからね、一緒に入ろう」有無を言わせない様に拙者の腕を掴み引き摺る小雪。振り解けば後が煩いやも知れん、乗り気ではないものの共に浴室へ向かった。
何か体には巻いておけ。拙者の言葉はきちんと理解したらしい。てぬぐい(たおるとも言う)を身に纏った小雪が湯に浸かっている間に体を流した。小雪が再び問うてくる。「五ェ門、私のこと愛してる?」流れる湯の音に混じり小雪の声は微かにしか聞こえない。「煩い女は好かん」少しは黙るだろうとそう言えば「そっか」あまりにも気の抜けた返事が返ってきた。其れがあまりにも拙者の耳に鮮明に届き、怪訝に思ったが気には留めずにいた。
沈黙。本当に黙るとは思ってはいなかった。どんなに怒鳴ろうとしつこい奴であったのに。体を流し終わり小雪を見ると小雪は此方を見ない儘消え入りそうな声で言ったのだ。

「ほら、五ェ門がそんなこと 言う か ら」

小さな水音を立てて湯船に落ちたのは小雪の涙だったのかも知れん。先程まで小雪がいた場所には一枚のてぬぐいが浮いているだけだったのだ。思わず湯船を覗き込んでも何も無い。何と言うことだ、彼女は本当に泡になってしまったのか。




  

     








20100921




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