さらば面影よ





「どうしたらいいの」

母が頭を抱えて泣いていた。使用人のおじいさんが横でおろおろしながらそれを見詰めていた。私はと言えば扉のところで、息を潜めて、二人をじっと覗いているだけ。中に入らない私を不思議そうに見下ろしながら、青い服の大人たちが忙しなく出入りする。
母が困惑して泣いている理由は、少し前に届いた手紙…じゃなくて、予告状。「一週間後、あなたの宝を頂きに上がります」手書き、でもすごく綺麗な字だった。差出人はあのルパン三世。その予告状が、母をここまで弱らせる原因となった。
もう帰らぬ人となった父が生前に頑張ってくれたおかげで、私と母は二人で何不自由ない暮らしをしている。私たち二人と、使用人数人、それだけの人数には広すぎる家で、父の形見でもあるコレクションの宝を眺めて過ごしていた。母は父に依存していたから、宝を側に置いておけば父がいると錯覚できるらしい。いつだって宝のどれかに縋っている母。可哀想な人ね、と、最近やってきた使用人が言っていた。皮肉めいた口調で呟く彼女は母が愛する宝の様に美しかった。



学校から帰ってきてドアを開くと、茶色いジャケットを羽織ったおじさんがいた。おじさんは振り返って私を見ると帽子を軽くあげて挨拶をした。軽く会釈をして返した。銭形というらしいそのおじさんは、ルパン三世をずっと追い続けているらしい。すごく長い間。大丈夫君のお父さんの宝は必ず守ってみせる、胸を張って言う銭形さんのその言葉には信憑性がまったく無かったけれど、笑って返しておいた。早く会話を切り上げたかった。廊下の奥から私を呼ぶ母の泣き声がするから。

「お母さん、ただいま」
「小雪」

母の部屋のドアを開いて、ひょこと顔を出す。父から貰ったと言っていた大きな真珠のネックレスをつけて、母は泣き腫らした顔で私を見た。その横であの新しい使用人が苛立ちを隠しもせずに突っ立っていた。私に気付くと取り繕う様ににこりと笑って「今日の24時、明日の0時らしいですよ、予告の時間は」数回頭を撫でて部屋を出て行った。使用人の癖に笑顔なんて不謹慎だと思った。何か香水をつけているのか、良い匂いがした。

「小雪、どうしましょう、父さんの全てが奪われてしまうわ」
「大丈夫だよ、警察の人もたくさんいるし、銭形さんもいるし」
「警察なんて頼りにならないの…ああ…あなた…」
「お母さん」
「小雪、どうしてあなたは私に似たのかしら…」

また泣き出す母をどこか冷めた気持ちで見詰めた。そこらの宝の様に父の身代わりにされるのは真っ平御免だと思ったけど、ほんの少しだけ申し訳ない気分になった。父の姿を思い浮かべようとしたけど、靄がかかってうまく描写できなかった。



危険だから君は部屋にいなさいと銭形さんに諭されて、あれ以降私はずっと自室に閉じ篭っている。遠くから聞こえる喧騒を覗こうと思ってカーテンは閉めてない。ベッドに座って携帯を開いたり閉じたりして、寝付けないことを憂いた。

ボーン

ぼんやりした頭に時計の音がぶつかって、俯きかけていた顔をあげた。どうやらうとうとしていたらしい…携帯で時間を確かめると、丁度0時。予告の時間。僅かに肌が粟立って、ほんの少しだけ怖くなった。さっさと寝てしまおう、毛布に包まろうとした私の背後で窓が開く音がした。

「めーっけた」

知らない声だった。反射的に振り向くと、大きな手で口を覆われた。声はもっと離れた場所から聞こえたはずなのに、そいつは私のすぐ側まで迫ってきていた。
これじゃあ悲鳴のひとつもあげられない。細い手首を掴んで引き剥がそうとしても、案外力があって外れない。無意識に眉間に皺が寄って、それを見てそいつは笑った。

「可愛いお顔が台無しだぜえ?お宝ちゃんよお」

息苦しい。赤いジャケットの胸板を思い切り殴りつけると、ようやく手を離してくれた。と、息をついた束の間、次は軽々と抱え上げられてしまった。姫抱きとかそんなロマンチックなものじゃなくて、所謂俵担ぎ。ひゃあと声をあげるとまた笑われた。
そいつは私の重さなんてないかの様に窓まで駆け寄っていく。私が顔をあげると、そこに一台のヘリ。目を丸くする私の前に、帽子の男が運転席から顔を出した。

「ルパン、よくそのお嬢ちゃんの部屋が分かったな」
「不二子の潜入のおかげよ、っと…五ェ門、頼む」
「承知。掴まれ」

ルパン。聞こえた名前に体が硬直する。半ば流されているけど、これは誘拐じゃないか。急展開についていけなくて、差し出された手をただ凝視するだけ。ごえもんと呼ばれた男は私の様子を見て、怖がらなくてもいいと言った。ほら、とルパン(恐らく)に促されて手を握ると、そのままヘリに引っ張り込まれる。うまくごえもんが受け止めてくれたおかげで顔面強打という惨事にはならなかった。
一体どうなっているやら。暫くぼうっとしていた私の下から声がする。「すまぬ、降りてもらえるか」はと気付いて見下ろすとごえもんが赤い顔をして私を見上げていた。ずっと跨ったままだった。慌てて降りるとルパンが冷やかしの様な口笛を吹いた。
状況が理解できない私を置いてけぼりにして、ヘリは急上昇する。私を呼ぶ声が聞こえた気がしてヘリの窓に寄って見下ろすと、手錠を振り回す銭形さんの横で母が泣き叫んでいた。此方を見上げて。「小雪ーっ!」真っ白だった私の脳に母の声が響いて、思わず叫んだ。「お母さん!」それを帽子の男が鼻で笑った。

「本当の宝に気付かなかった哀れな女だ。父親が遺したのは金銀財宝だけじゃなかったろうによ」
「小雪殿、座っていた方がいい。揺れる故危険だ」

窓に張り付く私を、ごえもんがやんわりと引き戻した。呆然とする私に、助手席のルパンが振り返って笑んだ。人懐こい笑顔。

「俺の名はルパン三世。今回の獲物は君だったんだよなあ、小雪ちゃん」
「ほ…宝石とか、美術品は」
「俺たちは盗っちゃいないさ、不二子はどうだか分かんないけどね」

ふじこって一体誰だ。私どうなるんだ。何で私なんだ。多くは語ってくれない三人には何も言えず黙った。もう一度窓から下を覗きこむと、母の姿がもう砂粒の様に小さかった。



さらば面影よ








(誘拐!)
20101113




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