足早にスタンドへ上がり席を探す友達の後を、ゆっくりと追って歩いた。
土曜日。
天気は晴れ。汗ばむくらいの今日は、絶好の観戦日よりだ。
「どの辺にいるの? 例の彼」
「やだぁ、まだ彼氏じゃないってば!」
……知ってますけど。
割とイイ勢いで肩を叩かれた。友達は浮かれに浮かれながら、外野なの、と双眼鏡みたいなものを取り出して首にかける。
「準備いいねぇ……」
「まあね。前回はっきり見えなかったから、学んだ」
ものすごい気合い。今回は相当な本気なのが見てとれる。少し安心したかも。
前も来てたんだ、などと笑いながら、私はグラウンドの中へ視線を向けた。守備についているのはうちの大学で、小柄な選手は多くない。割とすぐに見つけることができた。

そして試合の最初から小湊さんのところにボールが飛んだ。ととん、と地面を転がったボールを小湊さんは難なく掴みとって一塁へ投げる。アウト。
これで気づかれないはずがない。
「あれ? ねえ、名前、今ボールとったのって、」
「あー……ね。見たことある人だったね」
「……知ってたね、その顔は」
ぎく。
顔をそらしたい、けどあからさますぎてそんなことできない。
「ちょっと! え、なに試合のこと聞いてたの? 今日のこれも応援? 昨日のランチもだし、名前たち一体どうなってんの? 仲良くなったの?」
「あー、えっと……あ! 外野とんだ!」
「え!? どこどこ!」
ちなみにボールは本当に外野に飛んでいた。けれど、話をすり替えることは出来なかった。
なんで私が肩身の狭い思いをしてるのか分からないけれど、なんとなく申し訳ない気持ちのまま、私はグラウンドに視線を戻す。
「今日の私は付き添いなの。別に小湊さんの応援に来たわけじゃ、」
「ないって?」
「……そう」
「ふーん」
へーえ、ほーお、と続けられてどうにも落ち着かない気持ちになる。
ーーあ、また小湊さんのところにボール飛んだ。
彼はぱっと駆け出して走りながらボールを掴む、回転して、投げる。すごい。動きがとっても軽やかだ。簡単そうに見える動きほど難しいんだよ、って誰かが言ってたっけ。
試合は点をとってとられてと進んでいき、勝ったり負けたりを繰り返した。私たちもついつい入れ込んで見入ってしまう。
小湊さんは塁にも出た。ファールで粘ってのフォアボールで、ホームにまで帰ってきた。そのスライディングの鮮やかなこと。動きの一つ一つが洗練されてる感じ。見ていると喉の奥の奥の方がチリリと熱くなる。
「終わったー!」
「彼、活躍してたじゃん」
「今日はすっごくね。いいところ沢山見れちゃった」
「良かったね。さて……このまま真っ直ぐ帰る? どっか寄ってく?」
「え? いや、下行こうよ」
「え?」
「お疲れ〜って言いに」
「は?」
「『付き添い』なんでしょ〜?」
「…………」
実に楽しそうに笑う友達に、思わず口元を引きつらせてしまった。いや、確かに私、言ったけど。言いましたけど。

見事にやられてしまった。

……


彼女は彼を見つけるなり一直線に向かっていく。その同じ方向に小湊さんの姿を見つけた。
そうだよね、仲良さそうだったし、一緒にいてもおかしくないというか……
……どうしよう。
まるで言われるままに試合を見に来てしまったようで、何となく顔を合わせるのは気まずい。でも向こうも私がここにいるのに気付いてるだろうし、無視するのはもっと気まずい。
行くか、引くか、待つか。
頭の中で無意識に『ど、れ、に』を始めた瞬間−−気づいた。
目が合った小湊さんの口元が笑っている。そしてゆっくりと動いた。なんて言ってるかなんて分かるわけない。そのはずなのに『どうすんの?』と試すように聞かれた気がして、カッとなった。
あの余裕そうな表情がほんとにもう……!
私は真っ直ぐ小湊さんに向かって歩いて行った。
「お疲れ様でした!」
「……どうも」
余程驚きでもしたのか、小湊さんの声がいつもよりくぐもって聞こえる。口元に手とかあてて肩まで震えて−−ってもしや。
「わ、笑ってます!?」
「ははっ……そりゃ笑うでしょ。目が合うなり特攻してくるし、声デカいし」
「デカ……それは失礼しました」
元はと言えば目が合った小湊さんが上から目線なのが原因じゃないですか、とはさすがに言わないけれど。
「ま、わざわざ来てくれてどうも」
「……イイエ」
「野球のルール知ってた?」
「多少は。小湊さんのところ、よくボール飛んでましたね」
「そうだった? よく見てるじゃん」
「い、いえそんな……」
「付き添いの割に熱心だね」
「…………小湊さんも『なかなか』野球お上手でしたね」
「あれ? なんかトゲない?」
「気のせいじゃないですか?」
笑いながら聞いてくる小湊さんに、つい可愛くない返事をしてしまう。
「……あ」
ふと、視界に小湊さんの土に汚れたユニフォームが映った。スライディングとかしてたからズボンが見事に泥だらけだ。
「なに?」
「いえ、ズボンがすごい土まみれだなと」
「ああ。いつもこんな感じ」
「へえ」
「あんまり寄らないほうがいいと思うけど? 汚いし」
「別に汚くはないですよ」
小湊さんが足を一歩引こうとしたのが見えて、案外色々気にかけてくれる人なのか、と意外に思う。
「私には、あんな風に身体を動かすこと、うまく出来ないので。すごいですね」
「……まあ野球やって長いし」
「そうなんですか?」
「小学生の頃からだから」
え、それはもう人生の一部と言っていいのでは? 驚いて声をあげそうになったところで、小湊さんの名前が呼ばれる。どうやらチームの皆で移動をするらしい。
「あ、じ、じゃあ、私はこれで……」
「ああ。うん。それじゃ」
小湊さんは行動が早い。片手を上げて挨拶したかと思うと、パッと荷物を手に取って歩き出す。そりゃ、私の決断力のなさに苛立ったりもするわけだ。
−−さて私も友達を探して……と辺りを見回したところで、
「……名前」
呼ばれた。
小湊さんの声。
さっきの方に視線を向けると、小湊さんが私の方を向いて立っている。
「ありがと、今日。来てくれて」
「……、ど、どういたしまして」
なぜか分からないけど恥ずかしくなって、盛大に言葉を詰まらせてしまった。かっこ悪い。
そんな私のどこに満足したのか、小湊さんは一つ笑って踵を返す。その背中がどんどん遠ざかっていって、最後はチームの皆と混じって見えなくなった。

……なんかほんと、よく分からない人。

けれど、最後のああいう笑顔だけは、いつもの上から目線じゃなくて、まあ悪くはなかったかな、と思う。うん。

ソラ