「おい。焼肉行くよ」
「えー……」
電話越しの面倒くさそうな声を無視し「連れてけ」ともう一度言う。
「1時間早く退勤した。明日私は休み」
「僕は変わらず仕事なんだけどー」
「最強なんだから別にいいでしょ。さあ準備して」
「はあー」
相手はため息をつき、「ちょっとまってて」と言って電話を切った。10分後、また電話がかかって来る。
「はい」
「今どこいんの?」
「◯◯駅の近く」
すると相手は場所を指定した。「南口ね」「おっけー」電話は切られ、私はるんるん気分で駅へと向かった。
「わーい。やっきにく〜」
「ほんと人遣い荒いよね」
「焼肉食べたかったんだもーん」
行きつけの焼肉屋さんへ二人で向かった。向かい合わせで座り、今は肉を焼いているところだ。
「では肉係は私が担当します」
「そう言って僕に肉渡さないつもりでしょ」
「五条には焼き加減が一番いいのあげるから〜」
にっこりと微笑むと、本当かなぁと呟いた。サングラスをかけ真っ黒な服を着た元同級生は、私の大切なお友達である。
「相変わらず仕事大変なの?」
「まーね。あんた程じゃないよ」
「分かってるのに誘ったわけね」
「ダメだった?」
「お前はいつも強引だよ」
へへ、と笑い肉を裏返した。いい焼き加減である。焼肉奉行とは私のことだ。
「1年ぶりじゃない?」
「忙しかったからねー」
「名前もすっかり社畜かあ」
「あんたと変わんないよ」
五条の皿に肉をぽいっと入れる。「ありがと」タレをつけて食べ始めた。
「昔から肉焼くのだけは上手いよね」
「その言い方棘あんな」
「料理は下手なくせに」
「ハッ。今はプロですけど」
「じゃあ今度僕にお弁当作ってよ」
「やだよ面倒くさい。作ってくれる女ぐらいいくらでもいるでしょ」
「仮にいたとしても僕がお前に言う意味わかんない?」
「わかんない」
断言すると、「フラグクラッシャーすぎ」と五条は笑った。焼肉を奢ってくれる友達としか認識していないのだからそれ以上のことがあっては困る。
「そんなんじゃ一生独身だよ?」
「いいじゃん。五条も一緒に貴族しようよ」
「それなら僕と結婚すべきだと思うけど」
「だからさぁ。その話何回目よ」
お前は楽でいいから結婚しろと言われたことが何度かある。楽でいいからなんて言う理由で結婚する女がどこにいるんだ。私は毎回断っている。
「いい加減他の女見つけな」
「僕はお前がいいんだよ」
「意外と楽じゃないかもよー。束縛とかするかもねー。あーダルそう」
「えっ束縛してくれるの?」
「なんでちょっと嬉しそうなの」
意味わかんないと呆れたように言うと「僕の気持ちはお前にはわかんないよ」といった。あんただって私の気持ち分かんないだろ。
「わかった。束縛してもいいよ」
「……あのさぁ肉の場でこの話やめない?」
「場所移したら本気で聞いてくれんの?」
「私は焼肉が食べたいの」
ケチという五条を無視して肉を投入した。じゅうじゅうと肉が焼ける音が食欲を掻き立てる。焼き上がった肉を五条の皿に入れた。
肉を食べながら、ふと思う。
――もっと違う言い方ないのかよ。
今年も結婚はしないな、と私はため息をついた。
20200409