■ きっかけなんてそんなもの


「よぉ」

待ち合わせた駅前広場に着いた杉元はポケットから震える端末を取り出してメッセージアプリを開く。返信しながら待つこと数分、予定していた時間まであと5分、といったところで低い声がその男の耳に届く。
現れた尾形はジーンズにTシャツ、7分丈のジャケットといったカジュアルな出で立ちだ。指定した通りに動きやすい格好で来たんだな、と言葉を杉元が投げるが返答もなくそっぽを向く。相変わらずの様子に苛つきで杉元は顔を引きつらせたがこの後合流予定の友人に気を使わせてはいけない、と喉まで出かかった悪態の言葉を飲み込んだ。
言葉もなく人一人分の距離を空けて立つ尾形にチラリと視線を向ける。ぼう、と空を見上げている様子を流し見て時計を確認する、と高いクラクションの音が2回響いた。音の方へ振り向くと人懐っこい笑顔を浮かべて車の窓から手を振るなまえが杉元の名前を呼んだ。ひら、と手を振り返して視線を少し下げると運転席の女性と視線がかち合い会釈をされる。杉元が遅れて軽く頭を下げると車を降りたなまえへ柔らかな笑顔で何かを話して数秒、車を発進させた。
駆け寄ってくるなまえがファストフード店の袋を差し出して口を開く。

「ごめんね、遅れちゃった。これ、コーヒー、待たせちゃったお詫び」
「そんなに待ってないのに」
「だって、ほら、隣の人、でしょ?」
「あぁ!そうそう、こいつが…」
「…尾形百之助」
「うん、尾形さん。私はみょうじなまえです」
「難しい奴だけど仲良くしてやってね」

杉元のフォローの言葉になまえはこちらこそ、と短く返して暖かな笑顔で頷いた。
駅前広場から歩いて数分、本日の予定であるアミューズメント施設へ辿り着く。先に向かうように言っていた白石と明日子ももう着いているはずだ、と頭一つ分以上低い彼女へ言葉をかけると弾んだ声を上げた。

「明日子ちゃん!」
「なまえ!」
「おっ、きたきたぁ」

ガバッ、と効果音が付くくらいの熱い抱擁を交わす友人2人に微笑ましい目を向けていると間へ割り込もうとする坊主頭を視界に捉えた杉元がその頭を強めに叩く。クーン、と犬のような切ない声を上げた白石の頭を軽く叩いたなまえに堪えきれない様子で明日子が声を上げて笑った。
フロントへ人数とプランを伝えて支払いを済ませた男性陣と今日はたくさん遊ぶぞ!とはしゃぐ女性陣それぞれフロントから手渡されたバンドを手首に巻き付けロッカーへ荷物を預ける。扉が閉じる前にすかさずコインを投入するなまえに杉元が声をかけるとイタズラ成功とでも言うような笑みを浮べてそそくさと明日子の手を取って離れてしまう。

「えぇー?何、なまえちゃん車で送ってもらったの?彼氏?」
「ちゃうよ。飲み屋で仲良くなったお姉さん」
「何それ詳しく聞かせて?」
「だめだめ、お姉さんこの間クズ男と別れたばっかだから白石なんて紹介出来ない」
「ひどぉい…」
「なまえちゃんまた新しく友達できたの?」
「何かねー、この間友達と飲んでたらお姉さんが隣の席でベロベロに酔ってたから愚痴聞いてあげたらそのお礼にって朝カフェ連れてってくれたの」
「コミュ力…」
「さっきのコーヒーか」
「うん。約束あるって言ったら送ってくれるって言うからお言葉に甘えちゃったえへ」
「なまえは魅力に溢れているからな」
「明日子ちゃん…好き…」

膝をついてギュッと明日子を抱きしめるなまえに声をかけてバッティングルームへ向かう白石の背中を見送り黙りこくったままの尾形へ振り向いた杉元が口を開いた。

「お前、楽しむ気がないなら帰っていいんだからな」
「…別に何も言ってないだろ」
「そんな仏頂面でいたらなまえちゃんも明日子さんも気を遣うだろ」

語気を強めて言うと鼻で笑って白石の立っていたバッターボックスに入り込む尾形にケツを蹴られて床に転がる坊主頭を見て声を上げて笑った明日子となまえに安心したように杉元はホッと息を吐く。
一頻り屋外コートでのスポーツを楽しんでベンチでダラける白石となまえの2人はローラースケートしたい、と休憩もそこそこに立ち上がりフロアを移動する。スケート靴に履き替えて一足先に滑る明日子に追いつこうと産まれたての子鹿のように震えているなまえの手を引くが中々足が進まずその場にしゃがみこんで手を引いてもらおうと重心を落とした彼女に苦笑した杉元はぐい、と掴んだ腕を強く引いてスケートコートへ誘導する。

「あぁー!怖い怖い!滑れん!」
「いけるいける、白石だって出来てるし」
「白石ぃ、私より上手く滑るな!」
「理不尽ー、なまえちゃんも早くおいでぇ」
「なまえはスケートが下手くそか」
「うわーん、私の積み木のプライドが崩れたよう」
「元々積み上がってないじゃん」
「うるさいよ!」
「ははは!」

スケートコートを囲う壁に寄りかかりきゃらきゃらとはしゃぐ4人をぼんやり眺めながら尾形は誘いを受けた日のことを思い出していた。
大学の講義が終わり同じ授業を受けていた杉元が飲みに行こう、と尾形に声をかけた。気が乗らなければ帰るし向けば適当に参加するくらいのものでその時はたまたま気が向いて、素直に受けた誘いだった。

「んでさぁ、その時なまえちゃんがぁ」
「なまえ?」

耳慣れない名前が鼓膜をふるわせた。いつもなら我関せずと話を聞き流しタバコをふかす尾形が珍しく反応を示す。アルコールも回り上機嫌の白石はヘラりと歪めた唇からジョッキのビールを流し込むと人物の特徴を一つ一つ挙げていく。

「可愛くて、ノリが良くて、優しくて、おバカなんだけど要領が良くてぇ、文学部の子で」
「…ふーん」
「今度明日子さんと4人で遊びに行くんだけどお前も来る?なまえちゃんにも尾形の話時々してて会ってみたいって言ってたし」
「いいじゃん、尾形ちゃんもおいでぇ」

などと言う酔っ払い共の言葉に気まぐれでここまで来たが、自分は果たして来る意味はあったのだろうかと尾形は一人考える。ここ最近、杉元たちの口から出てくる名前に興味はあったが参加してみてどうだ、彼女はあいつらと馬鹿みたいに笑っているが数時間前の待ち合わせで見せた気を遣ったように尾形に寄越した視線も今では一瞬たりともこちらに向けられることはない。ため息を零し、一服しようと喫煙所へ足を向けた。
誰も居ないガラス張りのそこは数刻前まで誰かが居たのか白く淀んだ空気が重たく残っていた。火を点け1口目を大きく吸い込んで吐き出すと開いた扉から跳ねた髪を抑えたなまえが顔を覗かせた。

「あ、尾形さん。タバコ吸うんだ」
「…みょうじ」
「全然滑れないから諦めてこっち来ました。この後ゲーセン行こうって杉元言ってたよ」
「そうか」

箱から取り出した尾形のよりも細いそれに火を点けて浅く煙を吐き出したなまえは何度か端末の画面を叩いて手早くポケットにしまい尾形を見上げ淡く色づいた唇を開いた。

「尾形さんたのしい?」
「…あ?」
「知らん女がいるところに誘われて嫌じゃなかった?」
「…別に」

正直に頷く訳にも行かず短く否定の意を声にする。微妙に遅れた返事に言外に含まれた尾形の気持ちを感じ取ったのかなまえは杉元たちとの出会いを語り始める。入学から今に至るまで、明日子との関わりも含めて端的ではあるがどれ程の関係であるかは十分に伝わる内容だった。
てっきりどちらかと付き合っているか、憎からず思っているのではないかと尾形はどこかで思っていたのだがその可能性は否定された。あくまでも良いお友達であるらしい。
3本目になるタバコに火を点けて一息つくように紫煙と一緒に吐き出した言葉に短く相槌を打つと彼女は尾形の墨の様な瞳をじっと見つめる。

「…何だ」
「杉元も明日子ちゃんも白石も優しいですよね」
「…」
「だから、そんな優しいみんなが紹介してくれた尾形さんもきっと優しいんだろうなって勝手に思ってるんだけどダメでした?」

眉を八の字にして見上げるなまえにこんな顔は似合わないな、と何故か尾形はそんなことを思った。出会って数時間、言葉を交わしてたった数分、その間にまるで彼女の全てを知ったようなよくわからない気持ちになる。短くなったタバコを灰皿へねじ込んでそっと見上げたままの女の頭へ手を伸ばした。ふわふわ揺れている細い一束をそっと撫で付けてフッ、と小さく笑みを零し名前を呼ぶ。今度は尾形の方から掛けられる楽しいかとの問いに数時間前と同じ人懐っこい笑顔で大きく頷いたなまえの手を引いて喫煙所を出た。このまま杉元達の所へ戻るのは勿体ないな、と頭の片隅に浮かんだそれをかき消すように尾形は自身の髪を撫で付けた。
一先ずは彼女の笑顔をもっと見たい。尾形は自身らしくない感情の名前はこれから知ればいい、と楽しげななまえの表情を見つめ思った。

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