とうらぶ公開用 | ナノ
516.

「――年度新卒採用で薩摩国第八七五号部隊に着任いたしました。本日は我が部隊との演練を受けていただき、ありがとうございます。至らない点も多々あると思いますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」

薩摩国審神者の濃紺の制服は、若々しく可愛げの残っている彼女にはまだ着こなせていなかった。頭を上げる彼女がにこりと微笑む。その表情には、若い頃の吾妻静香の面影がくっきりと残っていた。

「主、昼間の審神者殿はおひい様では―」
「俺の血が半分入ってるんだ。審神者になってもおかしくはねえよ。反対されただろうなあ。」

ぽつりと呟く平の横顔は、遠い家族団欒の日々を思い起こしていた。一期は無礼だと分かっていながら、平が父親だと明かすべきだと進言する。しかし、彼は強い口調でそれを断った。

「あいつには今の家族がある。いくら娘とは言えもう戸籍に記録も残っていない。余計なこと言ったらお前といえど許さないからな。」
「分かりました。」

巡り合わせというのはとても奇なるもので、審神者として成長していったともえは遂に平に師事を懇願した。戦闘審神者はその任務の特殊さ故、現職の戦闘審神者からの推薦がないと試験を受けることすら出来ない。最初は真っ向から拒否していた平だったが、何を言っても諦めないともえにとうとう彼の方が折れた。
こうして、ともえは平が実父であることを知らず、また平もそれを伝えぬまま、師弟として関係を築いていった。戦闘審神者のセンスが光り出したともえの活躍はめざましく、実父であることを除いてもともえは平にとって自慢の弟子であることが窺えた。隣で見守っていた一期もまた、成長したともえを遠くからでも見守ることが出来たのは幸福であった。
しかし、情勢は刻一刻と悪化の道を辿っていった。時の政府から発表された“特異点滅却式による敵勢力殲滅作戦”、通称“殲滅戦”と呼ばれる戦いに各国戦闘審神者の投入が決定されたのである。

殲滅戦に関わるあらゆる噂が届き始めた頃、一期は平に呼ばれた。執務室に入ると、そこには加州と三日月も座って待っていた。一期が近侍を務める前、近侍を担っていた二振だ。

「一期一振、主命を言い渡す。第八七五号部隊に移籍し、当該本丸の戦力増強に努めよ。」
「突然何を言い出すのですか!」

一期が声を荒げる。加州が彼を宥め、事情を説明し始めた。

「うちに殲滅戦招集の内示が出たんだ。」
「殲滅戦・・・尚のこと移籍など、」
「あそこの本丸の審神者がお嬢さんだって一期も知ってるでしょ。」
「それは知っていますが。」

平が椅子から立ち上がり深く頭を下げる。止めてくださいと言う一期に対し、平は続けた。

「俺の決断は審神者として失格だろう。今更父親面するつもりはない。だが、俺はあいつに生きて欲しい。一期一振、娘を守ってくれ。頼む。」
「一期や。主の言うとおりこれは間違った決断かもしれないが、大切なものを守りたいと願う想いは平等だ。」

三日月が穏やかな調子で一期に語りかける。加州や三日月は既に平からこのことについて相談を受けていたのだろう。その上で、他でもない一期に頼んでいるのだ。

「私でよろしいのですか。」
「一期だから任せたい。」
「拝命仕りました。」

数日後、平は一期と共にともえの本丸を訪れた。ともえの隣には、初期刀であり近侍を務める陸奥守が控えていた。

「私は反対です。」
「俺達の為すべきことは刀剣男士と共に歴史修正主義者を討つ。そのための提案だ。」
「だからって近侍である一期一振を手放す理由になりません。私の本丸に一期一振はいませんが、そちらの重要な戦力の一人のはずです。どうして戦力を減らすようなことをするんですか。」

ともえは早口でまくし立てた。平は頭を掻くと、興奮しているともえを宥めるように静かに話し始めた。

「殲滅戦参加が内示として決定している。来月には公表されるだろう。」

平は薩摩国の先頭審神者の中でも最上階級である特一級と変わらない実力を持つ審神者だ。こんな早期に殲滅戦への参加招集がかかるなんてあり得ない。ともえはそれを問い詰めたが、彼は頑なに首を横に振った。

「一期を選んだのは経験も豊富で実力も申し分ない。全体最適を考えれば、若い審神者の力になるべきだ。」
「でも、」
「俺が一番信頼する刀剣男士だからこそ、お前に預けたい。」
「一期一振は納得しているんですか。」
「はい。」
「・・・ならば、第八七五号部隊はこのお話を引き受けます。」
「恩に着る。」

立ち上がって背を向ける平の表情はともえからは見えなかった。一期を譲り受ける日は改めて設定すると残し、平はともえの本丸を去っていった。
一期が正式にともえの本丸の一員になったのは、二週間後だった。一期一振だけが身一つでやってきた。時期が時期だけに豪華な席は用意できなかったが、ともえをはじめ刀剣男士達が歓迎の宴会を開いた。資源枯渇による鍛刀制限令が出された今、新しい刀剣男士を手に入れることは難しい。ともえ本丸の新しい仲間というのが、彼らにとっても嬉しかったのだ。特に喜んでいたのは、彼を心待ちにしていた弟達だ。一期一振も、弟たちと出会えたことを喜んでいた。

「今日は政府と大事な話があるから、緊急時以外は部屋に入らないようにしてね。」

一期一振が来て三週間後のとある日のことだった。ともえは刀剣男士達にそれを伝えると、こんのすけを引き連れて執務室に入っていった。ともえの様子が気になって部屋の前を数名が見に行ったが物音一つしない。一期一振もたまたま執務室の前を通りがかったが、入ってはならぬと言われた以上、障子にかけた手を戻した。
執務室内は薄暗かった。パソコンの画面だけが青白い光を放ち、右下にある時計が時間を刻んでいく。ともえは手を合わせ、目を閉じたたまま微動だにしなかった。傍に控えていたこんのすけの尻尾がぴくりと動く。小さな前足で、ちょいちょいとともえの膝を叩いた。

「主様、戦闘終了の報告です。」
「どうなった?」
「室町時代戦線に参戦した十八部隊は全滅しました。尚、敵部隊も全滅の確認が取れた模様です。」

ともえが息を呑む。

「遺体回収はされるの?」
「いえ、回収部隊の編成が難しいため、回収はしない方向で動くそうです。」

ともえは立ち上がると、真っ直ぐに居間に向かった。ちょうど内番終わりの一期一振が弟たちとおやつを食べていた。居間に現れたともえを見て、男士達も安堵の表情を見せる。厨係に食事を後で持ってきて貰うことを頼むと、ともえは一期一振を手招きした。

「何でしょうか。」
「第一一一八号部隊が殉職しました。あなたにはきちんと伝えておこうと思って。」
「お気遣いありがとうございます。黙祷を捧げても良いでしょうか。」
「仲間を偲ぶのに許可はいらない。自由にするといい。」
「はい。」

ともえはそれだけ言うと一期の前から立ち去った。慰める言葉は一期には不要であった。ぽたぽたと流れる熱い雫が足下を濡らす。彼は唇を噛みしめて泣き崩れた。殲滅戦に参加するというのはこういうことだ。分かっていたつもりだった。一期は既にともえの本丸の一員だが、大切な想い出のある平の本丸だって紛れもなく一期の本丸だったのだ。その本丸はもうどこにも存在しない。快晴の予報に反して雨が降り始める。強い雨音は、一期の泣き声を静かに掻き消した。

「審神者殿、」

一期はともえの執務室の前に来ていた。目の赤みを抑えるために一度顔も洗ってきた。平の部隊がどのような戦い様であったのかを記憶しておきたかった。ともえが知っているとも限らないが、頼めば何か情報をもらえるかもしれない。一期がノックをしようとした時、部屋の中から嗚咽が聞こえた。その涙は、師匠の死を嘆き悲しんでいるだけなのか、それとも他の理由があるのか。今すぐにでも飛び込んで真相を確かめたかった。だが、それは出来ない。それは平が望むところではないからだ。障子の向こう側にいるともえに寄り添うように、彼は呼びかける。

「・・・おひい様。」

そうだ、この身を捧げて彼女をお守りするとかつて誓ったではないか。その誓いは未だ果たせていない。
ならば、主命を果たすため、尊き誓いを果たすため、私はあなたをお守りいたします。

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