とうらぶ公開用 | ナノ
513.

鋼がぶつかり合う鋭い音が空気を切り裂いた。その音がまだ陸奥の鼓膜を揺らす中、ともえが振り返る。むっちゃん、と呼ぶ声で我に返る。

「大丈夫じゃなさそう。鼻血出てる。」
「わしは平気じゃ。獅子王達は―」
「ちゃんと合流出来たよ。」

ともえが後ろを指さす。目線を向けるとともえの第一部隊六振が揃っていた。一期の目にも彼らの姿が映る。軋む音が鳴る程、彼は奥歯を噛みしめた。陸奥への怒りで熱くなっていた頭が冷えていくのを感じる。すっと一期は目を細める。口元が細かく動いているが何を言っているのかは読み取れない。

「ええ、もう全員要らないです。」

一期の瞳から涙の代わりに泥があふれ出す。一言喋る度に口の端からも流れ落ち、背中から羽を広げるように泥がともえ達に覆い被さろうとした。陸奥がともえの手を引いて後退するが、泥の先端にともえのスニーカーの踵が触れて煙を上げた。

「触れないでください!ともえ殿の神気と反応して火傷を負います!」
「一期、一期一振!」

泥の浸食がぴたりと止まるが、それは合図に過ぎなかった。歴史修正主義者達が泥の中から一斉に姿を現す。鈍く光る双眼は、奥にも連なっている。まるで一期一振をともえ達から隠すためのようだ。
言葉を失っているともえ達であったが、その中でただ一人は淡々と冷静に今為すべき事を口にした。

「ともえに喚ばれた以上やるべきことは変わらねえ。敵をぶった斬る、それだけだ!」

言うが速いか駆けだしたのが速いか。飛び上がった同田貫は敵刀装兵からの投擲攻撃を切り落とすと、落下の勢いに任せて敵を斬り伏せた。敵が立っていた場所の泥が、灰と共に消えてゆく。ともえ達が無事に一期一振の下へ辿り着くためには敵を倒し道を切り開かねばならない。その様子を見ていた鳴狐が前に出た。

「俺も行く。」

鳴狐が刀を抜く。ともえ達の前に立ちふさがる敵を両断する。返り血を振り払うと、鳴狐と同田貫は背中を合わせた。

「ともえと戦う―」
「未来へ進む―」
「「それが俺の約束だ!」」

行け!二人はともえ達が先へ進むと、行く道を防ごうと狙いを定める敵に向かって同時に動いた。目で追うのもやっとの速さで、二人は敵を斬り倒していく。銀色の煌めきが翻った直後には、二人はもう別の敵を斬っていた。同田貫は鳴狐の手を掴むと、遠心力に任せて彼を放り投げる。加速を得た鳴狐は敵の集団の真ん中へ飛び込み、まるで嵐の目のように取り巻く敵を斬り伏せた。
言葉を交わさずとも分かるのだ。こう思うことはともえに対する裏切りかもしれない。だが思わずにはいられない。胸に吹き込む涼風、涙が出るほど温かな想い出と喜び。それらを守るためにこうして力を奮えることが救いであり、決別の覚悟を固めさせることを。




先頭を獅子王と陸奥が走り、真ん中にともえ、彼女の後ろを鶴丸と山伏、蛍丸が固める。獅子王が五人に制止の合図を送る。待ち受けているのは敵薙刀兵や槍兵を含む数十部隊だ。ともえは鯰尾を抜きいつでも戦えるように身構えたが、刀を握る手を山伏が下ろした。

「源殿、ここは任されよ。」
「一期を助けるんだろう。」

戦闘態勢に入ったのは山伏と鶴丸の二人だ。山伏は姿勢を正すと、地面が抉れる程の力で踏み込んだ。宝冠の布が山伏から溢れる神気によって舞い上がる。

「行け!お前達の背中は―」
「我らが守る!」

轟音と爆風が敵を泥諸共吹き飛ばした。討ち漏らした敵を鶴丸が真正面から迎え撃つ。軽やかに飛び上がる白装束が敵の返り血で赤く染まった。着地を決めた鶴丸がともえ達が山伏が作った道を駆けていくのを確認する。新たに泥から出現した敵が咆吼を轟かせた。鶴丸と山伏が飛び出し、双方向から斬撃を浴びせる。山伏と鶴丸が背中を合わせ、次の攻撃のために刀剣を構え直した。
剣戟一つに想いが乗る。それは叶えることの出来なかった願い。胸の内に今も燻るそれは、手放したかったのに手放すことを惜しいとさえ思ってしまった。だから今度こそはと力が入る。どうか貴女が望むべき未来を掴めるようにと。



赤い閃光が幾本も迸り、ともえ達の行く手を遮る。敵大太刀が武器を振るうと空気を切り裂く音が重く響いた。四人を襲う攻撃を食い止めたのは蛍丸だ。蛍丸よりも敵大太刀の方が遙かに体躯も大きい。しかし蛍丸は怯むこともせず、力で競り勝って見せた。

「行って。部隊を守る殿は俺の役割だ。」

蛍丸に弾かれたことで出来た隙を獅子王が素早く間合いを詰める。懐に入り込んだ彼は、下から敵大太刀を斬り倒した。ずしん、と大きな音を立てて倒れる大太刀が身体の端から灰になって消えていく。

「一期を頼む。あいつだって大事な仲間だったことに変わりはないんだ。」
「うん。絶対に助けてくる。」
「おう!」
「くるよ獅子王!」
「ああ、行くぜ蛍丸!」

蛍丸の重い一撃が走る。敵が消える寸前、それを足場にして駆け抜ける獅子王が三体一気に斬り伏せた。
元々やり直しなんてものは望んでいない。あの日をやり直すことに意味はない。ただ不安だったのは、己の存在意義と期待であった。どうして自分を選んだ?もうどこにも居ない貴女にいくら問うても答えは返ってこなず、ただ心を摩耗させる。問いかけに逃げるのはもう止めにしよう。存在意義も期待も今生においては自分次第なのだから。

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