とうらぶ公開用 | ナノ
508.

鯰尾の容態が落ち着いたところでともえ達は隠れていた部屋を後にした。彼らを一期一振の目から隠していた存在が無くなったことにより、安全ではなくなってしまった。ともえは外套の前を閉め直すと大きく息を吐いた。先ほどよりも空気が重く感じる。
ともえの前をゆく鯰尾は刀剣を握り、いつ敵が現れてもいいように構えていた。目指すは陸奥とはぐれてしまった部屋だ。だが、二人が見る景色、本丸の内部構造は進んでいく毎に変わっていくようだ。来た道を戻ることもままならない。鯰尾を見つけたように縁の糸が導いてくれれば話は簡単であったが、依り代になる物をともえは持っていなかった。

(いつも助けられてばかりだ。)

今更ながら口惜しい。陸奥はともえの危機にいつも駆けつけてくれたのに、ともえはそれが出来ない。ともえが視線を落とした理由を察した鯰尾は、偵察を止めることなくともえに話しかけた。

「助けられてるだけじゃ口惜しいって顔してる。」
「・・・」
「ともえにはともえにしか出来ない方法がある。まだその時でないだけで、焦ると俺みたいになっちゃうよ。」
「笑えないよ。」
「笑ってよ。いつか笑い話にするために俺達は今戦っているんだから。」

“俺達”と鯰尾は強調して言った。どんな方法であれ、前進しようとするならば戦っていることには変わらない。ともえは首肯する。ともえの返答に鯰尾は満足そうに頷いた。ピリピリと肌を撫でる冷気にともえも鯰尾も顔をしかめた。一期一振はともえと陸奥を引き離したいようだ。歴史修正主義者の一群が、とある部屋の前を占拠している。彼らを倒さねば陸奥に会うことは叶わない。

「ともえ、俺の後ろについていて。絶対に離れちゃ駄目。」
「はい!」
「敵短刀、来ます!」

こんのすけが叫ぶのと敵が斬りかかってきたのはほぼ同時であった。鯰尾は床を蹴って飛び上がる。銀色の軌跡が敵を破砕した。
鯰尾は刀剣を握る手を見つめた。今までよりも力の流れに澱みがない。無駄を省き、最適な箇所に力を分配することが出来る。鯰尾の中にあった呪いは確かに彼に力を与えたが、鯰尾が本来持っている刀剣男士の力と相反する性質を持っていた。刀剣男士の頃と違いともえから霊力供給を受けているわけではないが、彼女が近くにいることは力を振るうにあたり鯰尾に予想外の効果をもたらした。かつて魂を擦り合わせて戦っていたため、互いの波長が合わさることで力の増幅効果が生まれていた。鯰尾は戦いの最中に感覚として理解したが、根本的な仕組みとして理解していたのはこんのすけのみであった。
鯰尾が返り血を振り落とす。一部隊のみだった歴史修正主義者は、鯰尾の手によって全て倒された。息を整えてともえに怪我がないことを確認する。

「お二方、ご相談があります。」
「こんのすけ?」
「鯰尾殿、源殿に刀剣を預けてもらえませぬか?」
「え?」
「待った、それだと俺が戦えないじゃん。」
「いえ、お二人で戦えるのです。」

ともえは首を傾げたままだったが、鯰尾はこんのすけの一言で合点がいった。しかし、気になる点も残っている。だがうまくいけばともえを守る上でも一番良い方法である。鯰尾は刀剣を鞘に収めると、ともえに両手を差し出すよう頼んだ。ともえは困惑したままだったが、言われたままに両手を出す。鯰尾はかつてそうしたように、彼女に己の刀を収めた。微かな高い音を立てて、刀剣鯰尾藤四郎がともえの手に渡る。美しく見えた刀剣は、ともえの手に乗った瞬間その外見にそぐわぬ闘牙をともえに向けた。これが、審神者源ともえが命を預けた刀剣だ。

「これが命を斬る重さなんだね。」
「ああ。」
「源殿、貴方の意志をお聞かせください。」

遂にともえも理解する。こんのすけは鈴をリンと鳴らした。

「刀なんて振るい方も分からない。さっきのはまぐれなんだよ。」
「鯰尾殿の技術がそのまま貴方と共有されます。」
「鯰尾は良いの?」

ともえは鯰尾を見る。ここでは、刀剣鯰尾藤四郎は彼本人なのだ。命を素手で扱うに他ならない。そんなこと、覚悟が決まらなければとても出来ない。ともえの不安は鯰尾も理解した。しかし、鯰鬼はともえの気持ちよりも優先しなければならないものがある。それはともえの命と身の安全だ。ならば彼は最適解を選ぶ。
鯰尾はともえの手に自身の手を重ねた。言葉はいらない。ともえは鯰尾を拒まなかった。鯰尾が優先することも、今やらねばならないことも、出来ないや怖いを理由に拒むことはここまで来たら許されない。ともえも目を閉じる。こんのすけは再び鈴を鳴らした。

「源ともえによる鯰尾藤四郎の佩刀を承認。」

ともえが目を開けると、目の前にいたはずの鯰尾が消えていた。その代わり、手の中の刀剣が気配を帯びる。ゆっくりと鞘から引き抜くと、自分の鼓動と鯰尾の鼓動が重なり始めた。

「鯰尾。」
『ああ、この姿は久しぶりすぎて緊張してきちゃった。優しく触ってね。』
「刀剣男士だったときも、んな感じだったの。」
『秘密。』

くすくすと鯰尾が笑う様子が目に見えるようだ。これが魂を擦り合わせている状態なのだろう。鯰尾の声も鼓膜を振るわせている訳ではなく、ともえの意識に直接語りかけている。ともえが手を握ったり開いたりすると、ぴりぴりと静電気のような刺激が走った後に馴染んでいった。

「戦闘審神者そのものに比べれば限定的な権限ですが佩刀権限が付与されました。外套の腰部分に鞘を固定できるベルトがあります。慣れるまでは歩きづらいと思いますが、我慢してください。」
『ともえ、見よう見まねで良い。俺をしっかり握って、構えていて。』
「よろしくね鯰尾。行こう!」

意を決して扉を開ける。
ともえを待っていたかのように、中から吹き込んできた風がともえ達を包み込む。温もりを湛えたそれに触れたとき、ともえは懐かしさを覚えた。

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