とうらぶ公開用 | ナノ
501.

あなたに生きていて欲しかった。
ずっとあなたの傍にいたかった。
例えば全てが叶えられたとして、あなたは私の知らない別の誰かだろう。
そんなこと私が一番知っている。



「源殿、具合はどうですか?」
「私は平気。むっちゃんは?」
「わしも大丈夫じゃ。いつものような目眩も無い。この上着のおかげじゃな。」

ともえ達が目を開けると、そこは現世と異界の狭間だった。ぼーっとしていると足下から沈んでしまうため、地面が踏んでいると意識するようにこんのすけが言う。目の前の景色は模様と色彩を様々に変え、ともえ達の眼前を流れていく。

「迷子になるって言われた意味が分かった気がする。」
「源殿、鯰尾殿の鈴を出してください。」
「うん。これだよ。」
「握って、鯰尾殿を頭の中に思い浮かべてください。」

こんのすけの指示通り、ともえは鈴を握り直した。ともえは息を吐いて鯰尾を思い浮かべる。昨晩のこと、弓道部のこと、初めて出逢ったこと。絡まった糸を解くように、一つ一つ記憶を掬い上げていく。お疲れ様です、というこんのすけの声で目を開ける。ともえの掌の中にある鈴から、ふわふわと細い糸が宙をたなびく。縁の糸を目にしたのは初めてだった。ともえが糸に触れると、糸は光となって霧散するがすぐに形を取り戻す。

「これが道標であると同時に、私たちの命綱です。ゲートをくぐってから既に三十分以上が経過しています。行きましょう。」
「今来たばかりなのに、もう三十分も経ってるの?」
「私たちの体感時間は絶対ではありません。逆もまた然り。」
「とにかく急ぐぜよ。わしらは鯰尾だけじゃなく、一期一振も助けなきゃならん。」

陸奥は鳩尾から自身の名を冠する刀剣、陸奥守吉行を取り出した。こんのすけはともえの肩に飛び乗ると、二人と一匹は糸を辿って進み始める。ともえが腕時計を見ると、秒針の進む速さが一定ではないことに気がついた。おまけに進んだと思ったら秒針どころか短針が戻ったりもしている。体感時間が絶対でないことがともえにも理解できた。

「・・・こりゃあ、」

突然陸奥が立ち止まる。ともえ達の前に現れたのは、とある屋敷だ。塀に囲まれて、門には表札がかかっている。ともえが辺りを見回すと、そこは今まで歩いてきた狭間ではなく青々とした山々に囲まれている光景だった。陸奥がかかっている表札を読み上げる。八七五、審神者の源ともえが率いていた部隊の名称と合致した。

「部隊名は屋号です。審神者源ともえの本丸で間違いないかと。」
「じゃが、静かすぎる。人の気配は無い。」
「これが鯰尾殿の作った結界である証拠ではないかと思われます。」
「ここにむっちゃんも鯰尾も、刀剣男士のみんなが居たんだね。」
「ああ。刀剣男士にとっての帰る場所が主の居る本丸じゃ。ともえ、」

陸奥はともえに向き直った。
命を賭けて守るなどと言ったら、彼女は怒るだろう。だから陸奥は、わざと遠回しな言い方をした。

「一歩中に入れば戦場じゃ。何が起こるか誰にも分からん。何があっても自分を優先するんじゃ。」
「それはむっちゃんもだよ。」
「っ、わしは・・・」
「守ってもらわなきゃ私には力がない。それでも、むっちゃんが自分より私を優先するのは黙っていられない。」
「言うのは簡単じゃ。」
「でも言わなかったら、死んでも守るとか言いそうで怖い。私が無事でも、むっちゃんが無事じゃなかったら意味がないよ。」

ともえは非力であり無力だ。戦い方も知らなければ、今まで身を守ってきた小太刀も手元に無い。唯一の防具といえるのは外套だけ。それだって、全ての攻撃を防げるわけではない。ともえはここで一番弱いのが自分だと理解している故に、そんな自分を守ろうと陸奥が無茶をすることが手に取るように分かっていた。

「生き抜くことを諦めない、って約束したでしょ。」
「ともえには敵わないのう。ほいじゃあ、行くか。」
「うん!」

陸奥が門に手をかける。ぐっと両腕で押すと、鈍い音を立てて門が開かれた。

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