とうらぶ公開用 | ナノ
406.

放課後、具合が悪いと言ってともえは部活を休んだ。陸奥と一緒に三日月神社へ向かう。神社には既に三日月と平が揃っていた。時刻は五時半。まだ日は高く、太陽が沈むまでには時間がかかりそうだ。
ともえと陸奥が居間に通されると、お茶と軽食を三日月が持ってきた。茶請けの菓子ならまだ分かるが、漬け物と卵焼き、おにぎりがいくつか皿の上に載っている。少しでも口にした方が良いと三日月はお吸い物も追加で持ってきた。

「まだ一時間くらいある。食いながら聞け。」

平はともえと陸奥の前に座ると、こんのすけに資料を出すように促した。こんのすけが差し出したタブレットには細かい字がびっしりと埋まっている。ともえと陸奥が覗き込むと、黒字で「消失」と書かれているものがいっぱいだった。

「本日未明より、源殿に関わるあらゆる未来が消滅しました。残っているのはここ、今お二人が居るこの時間軸のみです。」

こんのすけの前足が、唯一青い文字で表示されている箇所を叩く。そこは消失とかかれた時間軸の中で、本当に一つだけ残っていた。ともえに関わるあらゆる未来、そして可能性としての平行世界が一つだけを残して消滅したことにより、存在が抹消された者達が居る。その者達こそ、ともえと陸奥しか覚えていない仲間達だった。目の前に座っている平、そして三日月も彼らのことは一切分からないと言う。

「一期一振に取り憑いている歴史修正主義者を倒さなければ、源殿は魂ごと消滅してしまいます。存在する世界が一つしか無いというのはそれ程危ういのです。」
「それなら、どうやって歴史修正主義者を倒せばいいの。」
「刀剣男士の呪い、つまり歴史修正主義者側の力は日没後に働く。ともえが襲われているのも、決まって夕方以降のはずだ。」
「確かに言われてみればそうじゃのう。どんなに早くても、太陽が沈む直前じゃった。」

平が指摘するように、ともえが襲われるのはいつも夕方だ。朝に突然の襲いかかることは一切無かった。夕暮れの西日が一番強くなるタイミング、昼と夜の境目が曖昧になる瞬間に彼らはともえを襲ってきた。

「生きている者は皆、何かしらの加護を受けています。源殿は太陽に起因する加護です。故に昼間は手を出せなかったのです。異界と現世の境目が繋がりやすいのも夕方、源殿の加護が弱まり呪いを孕む結界に閉じこめることが出来るのも夕方以降なのです。」
「そこでだ。お前達は日没と同時に異界と現世の境目から、歴史修正主義者の本拠地へ殴り込みに行く。」
「でも、どうやって目的の場所へ辿り着けばいいのか・・・」
「道標なら既に持っているとこんのすけから聞いたぜ。」

ともえははっと思いだし鞄を漁った。ハンカチに包んでポーチに入れてあったのは、鯰尾から渡された鈴だ。

「まずは鯰尾藤四郎を救出しろ。そうすれば自ずと一期一振にも辿り着くはずだ。」
「分かりました。」
「どうすれば一期一振が解放され、呪いが解けるのか。こんのすけも調べているらしいが、確実な方法は無い。歴史修正主義者との戦闘も避けられないだろう。危険すぎる方法だが、ともえが消えないためにはもうこれしか方法は残されていない。」

ともえにはたった一つしか道は残されていない。ならば、進むだけだ。ともえは力強く頷く。迷いは無く、ただ真っ直ぐな視線が平と交わる。

「長丁場になる。明日の夜明けまでというと解決には短いが、体力的にはしんどい長さだろう。二人ともしっかり食べておけ。」
「明日の夜明け、ですか。」
「何か心配ごとでもあるのか?」
「お母さんに伝えなきゃと思って。」
「ああ。娘が朝帰りになるだけでも心配するだろう。一人で話しつけられるか?」
「大丈夫です。」
「陸奥守は?」
「連絡済みじゃ。友達の家に泊まる言うておる。」

ともえはスマフォを持って立ち上がると、居間の廊下に出た。障子をすっと引いて声が聞こえにくいようにする。頭の中で静香への言い訳をシミュレーションしたが、何度やっても怒られる結果しか見えない。ここは嘘をつかずに正直に話した方が良いかもしれない。意を決して静香の番号を押した。何回かのコールの後に、静香が電話に出た。

『ともえ、どうしたの。』
「今日も三日月さんとこでお世話になってくる。」

言い切ったともえが息を吐く。数秒の沈黙の後、ともえがフォローする前に静香が会話を切り出した。

『朝の約束覚えてないの?』
「どうしても今日じゃないといけないの!」
『ふらふら遊んでいるなら帰ってきなさい!』
「違うの!・・・お母さんは獅子王って分かる?」
『獅子王?聞いたことない名前ね。その子がどうかしたの?』
「友達が今すごく大変な目に遭ってて、それを助けられるのが私しか居ないの。だから、行かせて欲しい。ちゃんと帰ってくるから。」

お願いします、そう言ってともえは誰もいない方へ向けて頭を下げた。これからともえは危険な場所へ足を踏み入れる。静香にはとてもじゃないが打ち明けられなかった。しかし、絶対にここへ帰ってくる。その言葉だけは絶対に違えたりしない。

『ともえじゃないと駄目なの。』
「私じゃないと駄目なの。」
『頼れる大人は居る?』
「三日月さん達が手伝ってくれている。」
『今朝の男の子も一緒にいたら代わってくれる?』
「あ、うん。」

ともえは居間に戻ると、おにぎりを頬張っている陸奥の肩をつついた。スマフォの電話口を指さすと、彼は察したようでおにぎりをお吸い物で無理矢理流し込んで電話を代わった。会話を盗み聞きするのも憚られたともえは、陸奥と交代で居間に入った。

「初めまして、陸奥守吉行と申します。」
『ともえの母です。今朝は挨拶が出来なくてごめんなさい。』
「わし、僕もご挨拶せずすみませんでした。」
『ともえと仲良くしてくれてありがとう。ともえが我が儘ばかりで苦労していないといいのだけど。』
「そんなこと無いです。一緒に居てくれてありがたいのは僕の方です。」
『二人は付き合ってどれくらい経つの?』
「つ!?その、まだそういうのは」
『てっきり付き合ってるのかと思ったけど違うのね。』
「いやあの、その気が無いわけではのうて、追々・・・」
『ごめんなさい、ついからかっちゃった。』

電話越しで笑っていた静香が急に静かになる。陸奥守君、そう呼びかける静香の声は静かでありながらピンと細い糸を張ったような緊張感を含んでいた。自然と陸奥の背筋が伸びる。

『ともえを宜しくお願いします。』
「はい、必ず守り抜きます。」
『ありがとう。ともえに戻してくれる?』
「分かりました。」

陸奥がともえにスマフォを返す。ともえが代わったことを伝えると、静香はどこか楽しそうに可愛い彼氏ねとともえに言った。

「だから友達だってば。」
『ともえ、気をつけて行ってきて。約束よ。』
「うん、約束。それじゃあ、お休み。」
「この家で暮らしていたのは獅子王というんだな。

通話を終えたともえに話しかけたのは三日月だ。手に持っているお盆には、追加のおかずが載った皿がある。ともえが好きな青菜と油揚げのお浸し、そして獅子王が好きなじゃがいもの煮物が並べられた。

「暮らしていたことは思い出せるんですか?」
「何とかといったところだ。実際、気にしようとしなければ気づかなかった。ずっと一人で暮らしていたと言われたら、そうとしか思えない。」
「俺はともえと血縁関係にあったし、三日月じいさんは俺の刀剣男士だった。縁が近いから違和感を覚える程度は出来たんだろう。」

ともえは箸を持つと料理に手を付け始めた。お吸い物、おにぎり、卵焼き、お浸し、煮物。ほこほこと湯気を立てる煮物を口に運ぶと、慣れ親しんだ味が口の中に広がった。

「これ、獅子王が一番好きなんです。」
「どうりで俺の得意料理のはずだ。」

一口一口噛みしめて味わう。食べておかないと身体が朝まで保たない。若者の身体は正直で、こんな時でも腹は空く。ともえと陸奥がお腹いっぱいになり箸を置いたとき、既に出発の時間が迫っていた。

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