とうらぶ公開用 | ナノ
403.

「物音がしたのは!?」
「こっちだ、早くしろ!」
「ともえ!」

真っ暗な弓道場に陸奥、獅子王、平、三日月の四人が入ってきた。血だまりの中にうずくまっているともえを最初に見つけたのは陸奥だった。土足で上がると、真っ先に駆け寄った。きつく目を閉じたまま、喉からの出血はまだ止まっていない。

「ともえ、ともえ!」
「無闇に揺らすな!」
「まだ息はありますね。ならば、こんのすけにお任せください!絶対に助けます!」

ともえの身体を揺らす陸奥の手をぴしゃりと前足で叩くと、こんのすけは処置に入った。傷と出血が前回よりも酷い。こんのすけは補助用の札をともえの身体に張ると、前足を傷口に添えた。柔らかい光が溢れ、少しずつ傷が塞がっていく。四人が見守る中、こんのすけは汗を垂らしながら懸命に処置を行った。

「かはっ!」
「動かさないでください。まだ続けます!」

ともえが咳き込み、口の端から血が溢れる。こんのすけによれば、この吐血は心配しなくて良いとのことだった。陸奥は自分の服の袖で血を拭い取る。ともえがゆるゆると瞼を開き、口を動かそうとした。

「喋らないでください。傷痕が残ってしまいます。」

ピリピリと電流が走るような痛みが続く。こんのすけがなぞる肌が、ゆっくりと繋がっていく。赤黒い傷痕の線も、こんのすけがふっと息を吹きかけると徐々に通常の肌色を取り戻していった。

「もう安心してええがか?」
「はい。ですが、身体は支えてあげてください。」

陸奥はともえの背中に手を入れて彼女の上体を抱き起こした。ともえが陸奥の名前を呼ぶ前に、彼の瞳がかっと開かれた。

「おまんは馬鹿か!」

予想していなかった陸奥の怒鳴り声にともえが肩を揺らす。他の三人、そしてこんのすけも驚いて目を丸くした。

「何でわしらを呼ばなかった!?一人で何とか出来ると思ったんか!大馬鹿者じゃ!わしらが間に合わなかったら、どうするつもりじゃった!?」
「ごめんなさい・・・」
「謝っても意味無いちゃ。もう二度とこんな事しないでくれ。」

陸奥の手がともえの肩に食い込む。ともえが痛いと思うよりも、陸奥が彼女に向ける表情の方が痛々しかった。もう何を言っても軽々しくて、しかしともえは陸奥に謝る他なかった。

「ごめん。」
「だから謝んなや・・・」

陸奥は項垂れると、そのままともえを抱きしめる力を強くした。陸奥守が言っていることは正しい。鯰尾に一人で来いと言われたが、相談もせずにただ勢いに任せて出てきたのは完全にともえの間違いだった。

「陸奥守吉行の言うとおりだな。だが、お前いつまでともえを潰しているつもりだ。さっさと離れろ。くっつき過ぎだ。」
「はっはっは、いいじゃないか許してやれ。口うるさい親父は嫌われるぞ。」
「それとこれは話が違う。」

平は陸奥とともえの頭を軽く小突くと、二人に早く離れるように促した。ともえはそこで初めて、自分の上半身があられもない姿になっていることに気がつく。目の前にいる陸奥もようやく気づき、顔を真っ赤にさせて固まってしまった。破れたシャツを寄せて胸元を隠していると、獅子王が着ていたパーカーをともえに貸した。

「・・・平さんが前に言っていた違和感って、粟田口先生、いや一期一振のことだったんですか。」
「そうだ。俺も三日月も気づくのが遅くなってしまった。」
「もしかして三日月さんも刀剣男士だったんですか?」
「平清峰に顕現され、殲滅戦で朽ちた。一期一振は俺たちと同じ本丸に顕現し、審神者源ともえの本丸へ移籍した刀剣男士だ。」

本丸間での刀剣男士の譲渡や移籍は時の政府が定める正式な手順を経て行われる。
これは公認の事であり、例えば家族で運営される本丸ではよく見られることだった。本丸の主である審神者から、次代の審神者へ継承される刀剣男士達。正式な手順を踏んで譲渡や移籍を行った刀剣男士達は、名実共に、その身体に流れる神気も新しい審神者のものとなるのだ。逆に言ってしまえば、正規手段以外を取った場合、例えば刀剣男士の誘拐などでは、刀剣男士は新しい審神者と本丸に馴染むことが出来ずはぐれ者として彷徨い続けることになる。

「移籍の契約は問題なく行われたが、どこかで綻びがあったのかもしれない。結果的に一期は俺の刀帳から消え、ともえの刀帳や拾得歴に残ることもなくはぐれ者になってしまった。だから、同じ本丸に居たはずの陸奥守吉行や獅子王もあいつを覚えていなかった。」
「一期一振が審神者を取り戻すと言っていたのは、はぐれ者であることから脱するためでしょうか。」
「その可能性はある。」
「私を“おひいさま”と呼んだんですが、どういう意味なんですか?」

陸奥と獅子王は疑問符を浮かべたが、平と三日月には心当たりがあるようだった。平静さを崩さなかった平が苦い顔をする。隣にいる三日月は一度目を伏せ、平の代わりに答えた。

「意味はお嬢様、お姫様と言ったところか。つまり、本丸の主であった清峰の息女であるともえへの敬称だ。」
「審神者のともえは、生まれたときはおっさんの本丸に居たって事か!」
「ああ。俺もともえのことを同じように呼んでいた。本丸に居たのはちょうど三つになるくらいまでだな。」
「一期一振を移籍させようと思った理由は?」

ともえは間髪入れずに平に問いかける。三日月はともえに教えるべきだと、平に目で訴えた。

「まずともえの本丸には一期一振が顕現されていなかった。戦力補強のためという口実で提案したが、それは建前だ。」
「平さんの本音は?」
「一期は俺の近侍を一番長く務めた刀剣男士だ。ともえを傍で守れと、それが一期に与えた最後の主命だった。」
「審神者のともえは、その理由を知っていたんですか?」
「知らない。言っただろ、俺とともえは前世でも親子関係だったが伝えることは無かったと。」

平はこめかみを押さえた。それまで黙っていた陸奥がぽつりとこぼした。

「一期一振は最後の主命を果たせなかった。」
「はぐれ者かどうかなんて関係無い。ともえを殺し、お前に繋がるあらゆる可能性を潰すことで歴史を変えて主命を果たす。一期一振は歴史修正を望んでいる。」

ともえから乾いた吐息しか出てこなかった。平は言い終えると、膝をついて頭を下げた。ぐり、髪が床に擦れる音が耳に届く。何度も何度も擦りつけた。

「申し訳も立たない。俺の自己満足がこの事態を招いた。」
「自己満足なんて言わないでください。平さんは自分の子どものために動いただけじゃないですか。今だって、私のために来てくれた。」
「すまない。」

平の声と肩が震える。三日月がそっと平の肩を叩き、彼は頭を上げた。ともえは傍に控えているこんのすけに問いただす。

「一期一振を歴史修正主義者から解放すれば、この騒動は収まるかな。」
「観測機構も同じ見解を示しています。ですがこれまで以上に危険でしょう。」
「ここまできたらもう進むしかない。それに、」

ともえは手の中に握っていた鈴を見る。赤黒い血が付いたままの鈴は、ともえの掌の中で小さく音を立てて転がった。

「助けてと泣いていた友達を放ってはおけないよ。」

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