とうらぶ公開用 | ナノ
404.

滞在最終日直前になっても雨は止まなかった。低気圧は大雨と風をもたらし、飛行機のダイヤにも乱れが生じた。ともえ達が出発する日の早朝未明になってようやく、雨はぱたりと止んで夏が戻って来た。
ホテルから出発し、空港までの道のりは往路と異なり別のルートで向かう。雨で空気の汚れが洗い流され、街の匂いが変わっている気がした。博物館以外の行きたかった場所は飛行機の時間に合わせて行ける場所にだけ行った。今日は雲一つない青空だから、きっとあのステンドグラスも綺麗だろうと想いを馳せる。
さて、順調に空港へ向かい、次の目的地への旅を進めようとしていたともえと清磨だったが、二人を予期せぬ事態が襲った。
数日間乱れに乱れたダイヤのおかげで、搭乗予定の飛行機が手配できない状況が発生したのである。ともえ達の次の目的地への便は、早朝と夕方の定期便が二本あるのみ。午前中に到着しているはずの機体がまだ到着していないのだ。
ともえ達はスマフォを所持しているものの、二人とも電源を落としている。ホテル出発時のニュースで言ったいた「一部欠航の便があり〜」の“一部”に該当するとは夢にも思わなかった。
時刻は二十時。空港のロビーはともえ達と同じく欠航の便に乗る予定だった乗客が、ちらほらとソファで休んでいる。欠航の可能性を考えて追加の宿泊場所をした客も居るが、それが叶わなかった者ももちろん居る。そういった乗客のために、空港はロビーの一部を休憩場所として開放していた。

「まさか空港で一晩過ごすことになるなんて……」
「こればかりは仕方ない。朝一の便なら空席があって良かったね」
「そうだね。空港に泊まるなんて滅多にない」
「僕は荷物番で起きてるから、ひい様は気にせず寝て」
「え、清磨も寝なくちゃだめだよ」
「一晩くらい平気さ」
「だめだってば」

ともえは食い下がらなかった。結局清磨の方が折れて、時間を決めて交互に寝ることになった。
航空会社からの配慮でブランケットが配布された。大きいブランケットはともえよりも身長が高い清磨がすっぽり包まることが出来るサイズだ。
幸いにもこの空港は広く、設備が整っている。二十三時まで利用可能なシャワールームが設置されているのも幸運だった。考えることは皆同じで受付には長蛇の列が出来ていたが、運営スタッフが整理券を配布してくれていた。ともえが異なる時間で二人分欲しいと伝えると快く配布してもらえた。順番は公平にじゃんけんで決める。清磨が先にシャワーを浴びに行き、次にともえがシャワールームへ向かう。ともえがシャワールームを出ると、二十三時を回っていた。
今日発着する便はもう無い。売店も明日の五時まで開かない。ともえは半分乾いた髪の毛をタオルで拭きながら、人気が無くなった通路に自動販売機を見つけた。コインケースには二人分のジュースを買えるだけの小銭が入っている。ともえは味の違う二種類のジュースを買ってから、ロビーへ戻った。既に眠っている乗客も居るため、ともえは小声でジュースを渡した。

「ただいま。ジュース買ってきた」
「ありがとう」

ともえは着替えや洗面道具を旅行バッグの中へ仕舞い込み、乾燥予防のために化粧水スプレーを吹きかける。清磨はともえの支度が整うのを待っていた。
静かなロビーで、ともえと清磨は並んで座る。ブランケットをかけて、飲みかけのジュースを持つ。ロビーの電子時計はともえ達のちょうど背中側にあり、今が何時なのかは分からない。

「夜更かししたいのかい?」

清磨はジュースを飲みながらともえに問いかける。正解だった。答える代わりにジュースを飲み始めたともえを見て、清磨は「何か話をしようか」と提案した。

「清磨ってトラブルに慣れてるの?」
「また唐突だね」
「空港に泊まるってなった時も冷静だったから」
「空調はよく効いてるし、屋根も毛布も明かりもある。敵はどこにも居ない。簡単な遠征の野営と思えば楽だよ」
「そんなもんなんだ。そういえば清磨の任務の話ってあまり聞いたことなかったかも」
「ひい様も知ってるかもしれないけど、野営任務の時は蜂須賀の作るご飯が美味しいんだよ」
「へえ〜意外。蜂須賀の料理って食べたことないや」
「彼は大体何でも出来るよ。大勢の部隊員も率いるから、努力したんだろうね。優しい味がする」
「清磨は本丸に来た時から、ずっと蜂須賀の部隊に居たんだよね」
「そうだよ。十七年間ずっと助けてもらった。彼と一緒に戦った時間が一番長いかもね」
「あれ、水心子もそうでしょ?部屋も同じだったし」
「水心子が来たのは僕が顕現して二年後さ。ひい様もまだ赤ちゃんだった頃だ。水心子はすごいんだよ」

清磨の顔がぱっと華やいだのをともえは見逃さなかった。清磨と水心子は仲が良い。それはきっと、どの本丸も同じだとともえは思う。第一一一八号本丸の源清磨と水心子正秀は顕現のタイミングこそ異なるが、ともえの目から見ても「親友」であった。
ともえには、清磨に聞くのをずっと躊躇っていたことがあった。
水心子と共に赴いた任務の話や、本丸で任されている役割について清磨が誇らしそうに語る。ふっ、と会話がひと段落付いた時、ともえは今なら聞けそうだと思った。

「私が清磨の中に入ったら、その後清磨はどうする?」

急に変わった話題に対して清磨は少しだけ驚いた顔を見せたが、すぐにいつもの調子に戻った。

「実はまだ決めかねているんだ。その時の自分の気持ちに従うよ」
「本丸に戻る可能性もあるの?」
「その可能性も無いとは言い切れないけれど。一人で旅を続けるかも」
「たった一人で?」
「ひとりで居ることには慣れているから。それに、ひい様が僕の領域に入った後なら本当の孤独とはまた違うからね」
「清磨は……」
「僕が、何?」

清磨がともえの顔を覗き込む。ともえは咄嗟に視線を外してしまった。

「清磨は……。清磨はどこか行きたいところがあるの?旅を続けるかもって言ったから」
「行きたいところはあるよ。なかなか難しい場所だけど」
「難しいのは行くのが大変なところって意味?それこそ海外とか……過去の歴史とか?」
「少し違うかも」
「哲学の話?なんだか三日月さんみたい」
「はは。彼とはぜんぜん違うよ」

からからと清磨が笑う。柔らかな紫色の髪の毛が揺れる度、ともえは先ほど飲み込んでしまった問いを投げかけたくて仕方なくなる。同時に、益々聞くことを躊躇ってしまう。
――どうして本丸を出て行くことを提案したのだろう。
話している内にともえの瞼が重たくなってくる。ともえはソファの背もたれに身体を預けるのと同時に、清磨の方にも頭が傾いてくる。
最初の荷物番は清磨だ。交代の時間になったら起こしてくれる約束になっている。また後で、と挨拶を交わして、ともえはブランケットを肩までかけて眠り始めた。

prev / next

[ 章へ戻る ]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -