とうらぶ公開用 | ナノ
110.

ともえは息を切らして歴史修正主義者及び同田貫から溢れ出てくる泥から逃げていた。手にはこんのすけから渡された短刀が握られている。ともえは反撃できるかと試みたが、あくまでこれは傷つけることは出来ないらしい。実はこの短刀ではこんのすけが出したような魔術障壁を展開することも可能だが、ともえはその使い方を心得ていなかった。

「クソッ!」

行き止まりに追い込まれることを避けるため、校舎内を駆け回る。幸いにも真正面から向かってくることはなかった。しかし、ともえの体力が無尽蔵にあるわけではない。息が上がってきた。出来ればどこかに身を潜めていたい。もしも追い込まれても逃げることが出来る場所を考える。はっとともえは思い出した。部室なら、内側から鍵をかけることが出来るし、いざとなれば窓から逃げることも可能だ。ともえは廊下の角を鋭く曲がりきると、真っ直ぐに駆けだした。相手もともえを追う。階段にさしかかると、ともえは思い切って階段の手すりに手をかけて一気に飛び降りた。持ち前の運動能力の高さをこの時ほど有り難く思ったのは初めてだ。軽やかに着地すると、ともえは中庭を通り抜けて部室へ向かう。部室には鍵がかかっていたが、いつも鍵を隠してある場所に鍵を見つけることが出来た。

「良かった。」

思わずともえの気が緩む。しかしここで安心しきるのは早かった。ともえが鍵を開けようとしたその時、ともえの後ろからドアノブが破壊された。

「な!?」
「隠れるなんて間抜けな真似すんじゃねえよ。」

ともえが後ろを振り向こうとする前に同田貫がともえの脇腹を蹴り上げる。防御することも出来なかったともえは、そのまま吹き飛ばされるように地面に倒れ込んだ。不意打ちの攻撃に受け身が取れなかったせいで、全身を痛みが襲う。それでも逃げなければという気持ちがともえを突き動かす。だが、そんな彼女の想いを砕くかのように起き上がったともえに向けて同田貫は刀を滑らせた。

「あっ」

ぱっくりと口を開けたように割れた傷がともえの頬に刻まれる。燃えるような痛みが顔から全身に広がっていく。まるで火傷をしたようだ。ぼたぼたと流れ落ちる鮮血を見て初めて、ともえは自分が斬られたことを知る。うんともすんとも声が出ない。ともえは腰が抜けていた。

「俺の戦いの邪魔をするな。」
「っ、」
「俺の足を止めさせるな。」
「あ、あ、」
「邪魔をするなら主だって容赦はしない!」

ガチガチと奥歯が鳴る。同田貫の刀が振り上げられる。叫びたいのに声が出ない。こんな誰にも知られない場所で、同級生に斬り殺されてしまうんだ。焦る自分と対照的に頭の中でともえ自身が冷静に告げている。
どうしてこんなことになってしまった。何も分からない。自分の知り得ない場所で呪いが生まれ、私を殺そうと手を伸ばしてくる。分からない。知らない。分かりたくない。知りたくない。無知がともえを殺そうとする。

「ともえ!」

思考の渦にはまっていたともえの意識が戻る。目の前には同田貫の刃を受け止めている鳴狐がいた。ともえの肩にこんのすけが降り立つ。彼女の顔を覗き込んでいるのは、陸奥と獅子王だ。鳴狐の背中がともえの目に映る。剣戟が響く中、安心したせいで体の力が抜けてしまった。陸奥が咄嗟に支える。

「こんのすけ、止血してくれ!」
「はい!」
「ともえあんまり動くなよ。痛いだろうけど我慢してくれ!」

こんのすけの前足がともえの頬に触れる。ぴりっとした痛みと同時に、流れていた血がぴたりと止まった。こんのすけの処置を黙って見ていた陸奥が迷うことなくともえの頬に手を伸ばし、するりと指の背で撫でた。

「処置中は触れないでください!」
「同田貫がやったんじゃな。」

陸奥の目の奥が鋭い色を帯びているのが一目見て分かった。ともえが今までで一度も見たことが無い表情だ。陸奥はともえの頬に残っている血を自らの手で拭うと、ともえから離れて刀に手を伸ばした。ともえの血が陸奥守吉行に触れる。

「むっちゃん?」

陸奥が鞘から刀を抜くと同時に、今までになかった神気があふれ出す。陸奥は同田貫と鳴狐がいる方向へゆっくり向かう。途中で向かってくる歴史修正主義者達をいとも簡単になぎ払う。それは剣技によるものというよりも、神気で圧倒しているという方が正しかった。陸奥の姿に獅子王が言葉を失う。陸奥が強い力を発している一方で、ともえが胸を押さえ苦しみ始めた。

「うう、ああっ!」
「ともえ!一体何が起こってるんだよ!?」
「陸奥守殿が源殿の神気を吸い上げているせいです。このままではお二人とも危険な状態になります!」

同田貫と交戦していた鳴狐が異変を察知する。彼の目には、ともえの力を身に帯びた陸奥が映った。ぎり、と歯を噛みしめる。
陸奥の視界に同田貫が入る。彼と戦っている鳴狐には目もくれず、彼は一気に足を踏み込んで跳躍した。体を捻らせて真上から同田貫に斬りつける。鳴狐はその一撃を読んで同田貫から離れた。陸奥の刀が同田貫を押し込んでいく。

「そういやお前とこうして戦うのは初めてだな!」
「おまんがともえを斬りつけた!」
「お前が庇えば良かった話だ。初期刀のくせに、お前はあの時だって主を見殺しにした!」

陸奥の力が緩んだ一瞬を見逃さず、同田貫が陸奥をはじき返す。
生暖かい手が陸奥の頬を撫でる。それは実体を伴っていないはずなのに、まるで生きているかのように陸奥を後ろから抱きしめるようにまとわりついてきた。

『ねえ、もっと使って良いのよ』
「おまんは、」
『魂を引き寄せて、擦り寄せて、遠慮せずに私の力を吸い上げて』
「主―」
『陸奥だって私の力になりたいでしょ』

決して忘れることのない女の顔。審神者の源ともえが確かにいる。陸奥は刀を握る手を見つめ、ぐっと力を込めた。
陸奥は現在ともえの力を吸い上げている状態である。自ら起きることも出来なくなったともえを獅子王が支えていた。

「源殿と陸奥守殿には血液を介したパスが繋がっている状態です。これを切ります。獅子王殿、指示に従ってください。」
「分かった。」
「獅子王、」
「俺がついてるから大丈夫だ。」

獅子王はともえを後ろから抱きかかえるように体勢を変える。力が入らないともえの代わりに彼女の手に小太刀を握らせ、親指を刃に沿わせた。流れる血から目を背けたかったが、それが許される場合ではない。獅子王はともえの手を包み込むと、大きく息を吸った。

「剥離!解印!」

ばちばちと閃光が迸る。ともえは息苦しさが消えたのを実感した。痺れていた手足に感覚が戻っていくのが分かる。体が楽になっていくともえを見て獅子王も胸をなで下ろした。
陸奥はともえの神気が入ってこなくなったことで我に返った。獅子王に支えられているともえを見て、自分がともえの力を吸い上げて戦っていたことを知る。ともえは自分の足で立ち上がると、小太刀を握りしめて同田貫に対峙するように向かう。

「行けるか。」
「うん。ありがとう獅子王。鳴狐、むっちゃん、同田貫までの道を開けてくれる?」
「分かった。」
「ああ。」

まだ全力を出し切れる訳ではないが、長引いても良いことは無い。陸奥と鳴狐がともえに襲いかかる敵を倒し、同田貫までの道を切り開く。ともえの持っている小太刀は武器の役割を果たせない。そのため、ともえに降りかかる同田貫の刃は鳴狐が受け止めた。小太刀の刃に親指を沿わせる。チャンスは一瞬のうちにある。ともえの準備が整ったのを見て、鳴狐が同田貫の手を刀の峰で叩く。びりびりと痺れが走り、同田貫の力が抜けた。

「今だ!」

ともえの血が走る小太刀が同田貫の胸に突き刺さる。黒い泥が同田貫の背中から羽根のように広がり、ともえを包み込んだ。

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