あまのじゃくの憂鬱



鼓膜の振動ってこんなに強く体まで響くものだったっけ。
そうぼんやり考えて、ああ振動の根源は鼓膜ではなくて心臓だと気づく。心臓が大きく鼓動して、体を中から震わせているのだ。
とにかくさっきから体がぞくりぞくりと震えて仕方が無い。
少しでも落ち着けたいと思うのに、背中ではあはあと荒く息を吐く男はそれを許してくれない。

「はぁ、蔵、くら、好いとーよ」

ああ、また。
耳元でこんな風にずっと囁き続けるものだから、体がどくんと大きく跳ねた。
そしてまた熱い吐息。耳の後ろにぶわ、とかかってやはり俺の体に休む暇を与えない。そのすぐ後に耳の後ろをねっとりと這う舌も。
快感の波を少しでも逃がそうと、震える手で布団に爪をたてるとその上から手を重ねられた。千歳の大きな手。包み込むように握りこまれる。

「ん、蔵、すき、…は、あ」
「あ、も、ちとせ、っしつこ、い」

腰を緩く動かしながら何度も何度も同じことを囁く。
好きだとかなんだとか、そんなの分かっているから早くその腰を強く動かして欲しいのに。早く絶頂へと追い上げて欲しいのに。
けれど千歳はその緩やかな動きを止めてくれない。

「はあっ、も、ねえ、はやくして」

もっと冷たい声で言ったやったつもりだったのに混じる吐息と快感のせいで、すっかり情事に蕩けた甘い声になってしまった。自分の声に嫌気が差す。
結びきれない口の端からだらだらと涎が垂れてきて布団を濡らす。じっとり自分の唾で濡れたシーツが顎の辺りに触れて気持ちが悪い。早く離れたいのに。

「ん、もうちょっと」

なのにこいつはそうやってだらだらと腰を振る。いったい何がしたいのやら。
もう早くイって欲しくて(そしてもういい加減イかせて欲しくて)、仕方なく自分から腰を揺らして急かしてみる。
けれど千歳はそれにふっと小さく息を吐いて笑っただけで(顔は見えないけれど多分笑ったんだろう)、動きを速めてはくれない。
擽るような愛撫を繰り返しながら浅い律動を続けた。

「も、お前っ、なんなの」
「んー…だって」

だって?だって、何なんだ。何か思うことでも、妙な理屈でもあるのか。
穏やかな刺激のせいで意識ははっきりとしている。ちゃんと聞いてやろうと思ってどくんどくんうるさい心臓の音から千歳の声を拾い出す。

「久しぶりやけん」
「、は、あ?」
「蔵に触るの久しぶり、ついでに会うのもすごく久しぶり、やけん」

そうしてまた耳の後ろをべろりと舐める。さっきみたいにまた好き、好きとうわ言のように繰り返される言葉。
俺の理性はいたって冷めているのに、心臓だけは馬鹿正直に反応して大きく拍動する。
こんなに心臓が働かされたらしんでしまいそうだ。

「久しぶり、ってそんな、っお前が」

そもそもお前が学校に来ないからだろうが、と言ってやりたいのに千歳の指が口の中に突っ込まれて声を失ってしまう。
そうだ、千歳はまた学校も部活もサボっていたのだ。確か4日間。どこかに旅行にでも行っていたのだろうか。
千歳のサボり癖はもう今さら言うこともないけれど、こんな風に何日も連続で来なかったのは結構珍しかった気がする。
太くて大きな指が無遠慮に口の中を動き回って(上のほうにも下のほうにも銜えさせられてるなんて、なんかえろい)息がし辛い。

「寂しかったとに」
「ん、…ふあ、っはあっ…ん、なの、お前、来ないから」
「会いに来て欲しかったとよ」

は?と言ったつもりが、千歳の指がまだもぞもぞと口の辺りを擦っていたから、ふぁ?とかいうたいそう間抜けなものになってしまった。
つまり、なんだ、こいつは。
俺が会いに来なかったから、寂しかったと言っているのか。自分からサボっていたくせに。
会いに来て欲しかったのか、俺から。わざわざこいつの家まで。
簡単に言うと拗ねているのか。こいつは。
まるで子供みたいなことを言うものだなあと思う(でかい図体してるくせに)。
普段飄々としてて他人に依存したりだとか関わろうとだとかしないのに、まさかそんな甘えたことを言っているだなんて。


「寂しかった、って、…」
「好き、蔵、」

千歳の片手は相も変わらず俺の手の甲を握り締めて、そしてもう片方は俺の腹の辺りを抱きしめる。
ごつごつとした男の体同士じゃうまく隙間を埋めて抱きしめるなんてこと出来ないのに、千歳はそれを必死に埋めようときつくきつく抱きついてくる。
そんなの俺からもちゃんと抱きつこうとしないと埋められるわけが無いのに。男同士なんだから。

「だから、その補給、寂しかった分の」

それでも千歳は手の力を緩めない。
ぎゅうと抱き寄せたまま、そしてさっきから鼓膜と心臓を揺らす囁きと舌での愛撫をやめてくれない。
いい加減うなじやら耳の後ろが千歳の唾液でふやけてしまいそうだ。
補給するとか埋めるとか、そんな物理的にするのものなのか。馬鹿じゃないのか。
だいたい寂しいとか、そんな、お前が、そんなの。

「も、お前、ほんま、あほ」

そんなの言ってくれなきゃ分かるわけないじゃないか。
いつも一人でふらふらして、いかにも孤独が好きですみたいな空気を纏っているくせに。
俺に構って欲しかっただなんて、そんな。

「蔵、好き、ねえ」

それを嬉しいと感じてしまう俺も、大概だ。

「はあっ、俺も、好き、」

そして会いたかった、と喘ぎすぎて掠れた声で言ってやる。
そうだ俺だってそこそこ(しぬほど、というわけじゃないけど)寂しかったのに。千歳がサボって3日目の夜などはああ明日も来ないのかな、とちょっとばかりしんみりと思ったみたりもしたのだ。そしてそのとおりになったときがっかりしたりもしたのだ。4日目、やっと会えたときは嬉しかったりもしたのだ。
だから、お世辞なわけじゃない、ちゃんと俺の本音。

「あっ、ん、っああ、あ、ちと、」
「はあ、それ、聞けてよかった」

さっきまでのゆるゆるとした動きはなんだったのか、千歳はいきなり腰を引いて奥を突き上げる。
千歳も我慢してたんだかなんなんだか知らないけど、とにかく強い。奥までがんがん打ち付けてくるから俺の喉は悲鳴みたいな喘ぎ声を上げるばかり。
いくら俺がはやくはやくと急かしたからといってこれはちょっと、やりすぎだ。
がくんがくんと揺さぶられるたびに視界が歪むのが気持ち悪くてぎゅうと目を閉じる。

「あああっ、あ、っん、あ、う、ああ」
「蔵、くら、好き、好き」

体を強く揺さぶられて(ついでに心臓もその声のせいでばくばく働かされて)、あっという間に俺の体は限界に達してしまう。
ただでさえ俺の体は焦れていて、その強い衝撃を今か今かと待っていたのだ。
千歳が一際強く奥を突いた瞬間、俺の頭は強い快感で真っ白になった。下半身の熱がどろりと解放されて体中の力が抜ける。
はあはあと呼吸を整えていると、千歳の熱いのが俺の中をどろどろと濡らしていくのが分かった。
その熱い精液を更に俺の奥に送り込むようにぐっといったん腰を押し付けてから(何の意味があるのかは分からない)千歳は萎えたそれを引き抜いた。ずいぶん長い間圧迫されていたそこは、急にそのきついものがなくなって変にすーすーした感じだった。

「蔵」

まだ息の整わない俺をひっくり返して千歳は俺に圧し掛かる。おなかのあたりに千歳のふにゃふにゃになった濡れたものがあたって変な感じだ。だけど別に嫌な感じではない。
千歳はまたぎゅうぎゅうと俺を強く抱きしめようとする。何をそんなにさっきからくっつこうとしてるのか、ああ寂しいだとか言っていたな。

「…、ちとせ」

俺のほうからも体を寄せて、千歳の背中に腕を回して目いっぱい抱きついてやる。
体を傾けたりして、普通じゃ埋められないごつごつとした体同士の隙間を埋めてやる。出来るだけくっついてやる。

「蔵、好き、愛しとうよ、ほんに」
「うん、ちとせ、」
「好きって言って、蔵」
「ん、好き、愛してる、ちとせ」

千歳の感じた寂しさとやらがどれくらいだったのかが俺にはよく分からないのだけど(だって普段が普段だから)そしてそれがどれくらいで埋められるかは分からないけれど、とりあえず強く抱きしめてやった。それで千歳の気が済むのなら。
しかし、本当こいつは分からない。今さらだけど分からない。
孤独が好きなんだか、寂しがりの甘えん坊なんだか。
いやでも基本的にこいつは一人でふらふらするほうで、後者のほうは俺にしか見せない。
つまりは俺にだけそういう子供みたいになるのだ。たぶん。

「うれしか、蔵、好いとーよ」
「うん、ちとせ、…好き」

ああ、それが特別っていうものなのか、もしかしたら、なんて。
なんとなくそう思って嬉しくなったけれど、たぶんそれは自惚れなんかじゃないはず、だ。


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