箱庭



つまり俺たちは何が欲しいんだろうか。何をしたいんだろうか。
人は結局本能によって、愛情とか優しさとか、そういうものを求めるように出来ていると言うことらしい。
でも、俺たちは?俺たちが求めているのはそんなものじゃない気がする。
そしたら俺と千歳はなんなんだろう。生き物ではないの?

夜中眠れないとき、何もすることがなくて、隣で寝ている千歳はこちらに背中を向けているから寝顔を見ることも叶わなくて(別にどうしても見たいなんて思うわけじゃないけど)、仕方ないからこういうどうしようもない空想に飲み込まれてしまう。
仕方が無い。いつものこと。
眠れるまでの暇つぶし。

千歳は酷い。酷い男だ。
俺たちは、たぶん付き合っているという部類に入るのだと思う。
しょっちゅう一緒にいる、抱き合う、キスをする、セックスもする。

けれど千歳は俺に愛の言葉なんて吐かない。優しくなんてしてくれない。
別に辛くあたってくるわけではないのだ。暴力を振るったり、酷いことをしてくるわけではない。
でも、千歳の態度はいわゆる「すきなひと」に対する態度ではないんだろうなあとなんとなく思う。
というか俺にあんまり興味が無さそうだなあと思う。なんとなく。
なんとなく、というのは俺もそのへんが分かっていないから。いわゆる恋する感情というやつが。
そして、俺はそのへんの態度を別段悲しいとかなんて思っていないから。だから、よく分からない。
だから、こうやって千歳に背中を向けられて寝ていたって、寂しいだとかいう感情も沸いてこないのだ。

なんで一緒にいるんだろう俺たち。
寝ている千歳の背骨をつつとなぞってみる。
大きくて綺麗な背中。この背中は嫌いじゃない。なんだか胸の奥がざわざわするような感じがして、触れたくなる。
千歳は起きない。もしかしたら起きているのかもしれないけど、多分俺のほうなんて向かないだろう。

ああ、なんで一緒にいるんだろう俺たち。
体目的なのだろうか?最初はそう思った。
体の相性がいいとか、男同士だから面倒で無くていいとか、そういうのだろうか。
でも違った。違ったのだと思う。
一度、こういう関係はやっぱりおかしいのではないかと思ってやめようと言ったことがあるのだ。
怨んでないし、辛いわけでもないけど、こういうのは色々(端的に言えば部活の風紀的に部長と部員がこういう乱れた関係にあるのが)だめだと思ってそれを千歳に伝えた。
体が寂しいんだったら、千歳に寄ってくる女の子でも適当にやっとけ、と。千歳のことを好いている女の子に対しては酷い言い草だけど。
そのときから別にお互い好きあっているだなんて思っていなかったし、普通に、普通のチームメイトに戻れると思って言ったのだ。
でも。

でも千歳は俺が欲しいと言った。
じゃあまた明日、と言って部室から出て行こうとする俺の腕を掴んで、言った。強い力で掴んで言った。
白石がいい、白石が欲しい、俺と一緒にいて、と。そう言った。
千歳の表情は困ったような焦ったようなものだった。自分のしていることをよく分かっていないような。分かっていてもその理由が分からないような。
そんなことを言われると思っていなかった俺のほうが困っていたのに。
反応出来ず立ちすくむ俺を千歳は抱きしめた。そして抱かれた。
今までないくらい優しく優しくしつこく体を重ねられた。
そして、俺は何故だか思ってしまった。
愛の言葉を吐かれたわけでもないのに。愛しいだなんて思ったわけでもないのに。

ああ、これを手放してしまいたくないなあと。離れたくないなあと。
ただぼんやりと。

「…白石」

気づけば千歳は起きていたみたいだった。
寝起きの低い声で話しかけられる。
千歳はこちらに背中を向けたままで、ああやっぱりなあと思う。どうでもいいけど。

「あ、ごめん、起こした?」
「ん…別によかとよ」

そう言って千歳は口を閉ざす。
もそりと大きく身じろぎして再び寝息をたて始めた。こっちを一度も見もせずに。
やっぱり千歳は酷い奴だ。

「なあ、なんであのとき俺のこと引き止めたの」

背中に向かってぽつりと呼びかける。
返答は特に望んでいなかった。
ただなんとなく口から言葉が転がり出てきただけ。
しかし、千歳はこちらを向いてきた。
驚いた。初めてだったかもしれない。こうやって事後とかに顔を向き合わせて寝転がる、というのは。
そして千歳は語りだした。これも予想外だった。

「分からんね、いつも白石のことそんな必要なんて思わんのに、でも白石がいなくなるって思ったら、すごく心の奥のほうがざわざわして、嫌な感じになっとった。それで気づいたら引き止めとったとよ」

千歳の言葉にオブラートに包む、というものはない。
ただ思ったことを吐き出しているという感じだった。
俺はそれに特に傷ついたりはしないけど。

「なんやそれ、ただ惜しくなったってだけかい」
「分からん、分からん、けど」

千歳の手が、指が俺の髪を撫でる。
こういうことをされたのは初めてだった。
髪を滑るその手はすごく優しいのだけど、千歳の表情からは感情がよく読み取れなくて、なんだか嘘を吐かれてるような妙な感じだった。
でも、止めないでほしいなあと思った。なんとなく。

「…結局、お前はなにが欲しいの、なにがしたいの」

俺が言えることでもないけれど。
こうやって千歳に大事にされなくてもどうでもよかったり、千歳のことで悩んだりしないのに、千歳から離れようとしない俺が言えることでもないけれど。

「しらいし」

千歳の顔がくしゃりと歪む。
ああこの顔は知ってる。あのときと同じ顔。

「分からんけど、でも、欲しいのは、白石」

千歳の声は嘘を吐いてるようなものじゃなかったと思う。多分。
困惑した声。道に迷った子供みたいな声。どうしたらいいか分からないようなそれ。
俺と同じように千歳も分かっていないのだ。本当に。

「いなくならんでね」

ああ、でも俺も同じだ。
分からない、分からないけど心の奥底で、自分の理性の及ばないところで求めていたのは、

「俺も、欲しいのは…たぶん千歳」

千歳は微笑んだ。優しかった。
そんな優しいの今まで欲しいと思わなかったくせに、俺は嬉しく感じた。どうしてだろう。
千歳の手は相変わらず俺の髪を撫でる。その撫でる強さとか速さはさっきと変わらないのに、さっきと同じような優しさなのに、千歳の表情が優しいからどうしようもなく胸の奥がうずく感じがした。
なんなんだろうこの変な感じ。

「不思議」
「…なにが?」
「別に、白石にそんな言われたいなんて思ったことなかったのに、嬉しか」

千歳も俺と同じことを思っているみたいだった。
似たもの同士?同じ感情を持っているのだろうか?
だとしたら。
胸がざわざわする。聞いていいのか分からない。
でも思ったときには既に口に出てしまっていた。

「なあ、千歳は俺のことが好きなの?」

傍から見たら、何を今更、という感じなんだろうか。
でも俺たちは今までそんなことまともに考えたことがなかったのだ。
相手のことを、自分のことをこうやって真剣に考えたことがなかったから。考えようとしなかったから。

「分からんね、けど、それが愛って言うんなら」
「…なら?」

千歳が言葉を紡ぐ。俺はそれを聞き漏らさないように必死に言葉を追っていた。
俺たちは似てるから。俺の答えはきっと千歳と同じもの。たぶん。
だから俺は千歳の答えが欲しかった。
自分で考えようとしないで、こうやって自分の答えを千歳に求める俺はすごくずるいと思うけど。

「俺のは、酷く身勝手なもん、ばいね」

千歳の言葉にずきりと胸が痛んだ。
千歳が身勝手というのならば、俺だって。

「いつも白石のことなんて必要としてないくせに、いなくなったら嫌だ、傍にいてくれないと嫌だ、とか」

構われなくてもどうでもいいくせに、自分だって千歳のことを分かろうとしないくせに。
引き止めてもらったときに感じたのが、離れたくない、だなんて。
嬉しかっただなんて、馬鹿げてる。

結局何がしたいんだろう。千歳だけじゃない。俺も。
千歳は俺が好き?そして俺は千歳が好き?心で欲している、みたいなのに。
どうしてこんなにややこしいことになってるんだろう。
どうして俺たちはこんなにお互いに対して大切にしようとしないんだろう。それを求めないんだろう。

「独りよがりなのかもしれんね、俺たち。きっと思われるのなんてどうでもいい。傍にいてくれて、自分が愛することが出来ればそれでいい」

千歳が続ける。優しかった表情は少しだけ影が差して悲しそうにも見えた。

「でも、ちゃんと愛せるようにならんと、いかんね」

ちゃんとした愛し方。
そんなのどこで学べるんだろう。どうやって身に付けるんだろう。
人の愛し方なんてきっと最初から誰もが持っているものだ、たぶん、でも俺たちはそれが分からない。
そんなのこれからどうやって身に付けていけばいい?
分からないんだ。そんなの。出来るんだろうか。これから。
さっきまでこちらに背中を向けていた千歳が?そんなの気にしていなかった俺が?
愛せるの?ちゃんと?

頭でどれだけ考えたって分からない。
どうやればいいの。俺には分からないんだそんなの。

「そんなん…、」
「なに?」
「どうしたらええの、そんなん」

俺はやっぱりずるい。全部千歳に答えを求める。

「分からん、けど、でも、分かりたい、分からんといかんね」

千歳も分からないと言う。二人ともそんなんじゃきっと変わらないままだ。そう思った。でも。
そんな愛しそうな悲しそうな表情をして俺の髪を撫でてくる千歳にはきっとそれがもう、分かりかけているんじゃないかなあと、なんとなく思った。
だって、今までこんなの見たことがなかったから。
胸の奥がちりちりと痛む。焦げているみたい。
じんわりと苦しくて目を閉じる。それでも千歳の優しい手の動きも胸の痛みも消えない。やめてほしい、でもやめてほしくない。

ああ、これが、想うっていうもの、なんだろうか。






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ゴミ箱行きと迷ったけどこっちに。
お互い本能で好いてるくせに色々とよく分かってない。

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